三成


おい、と呼べばすぐに来る。溜め息をつけば茶を持ってくる。よく気の付くあの女中は名を何と言ったか。まあ、そんなことは良い。城下に行く用事を思い出し立ち上がると、外は寒うございます、と上掛けを渡された。

「…行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ」

やんわりとした笑顔に見送られ、左近を連れて外へ出た。確かに少し肌寒いか。前を合わせるように上掛けを引っ張ると、左近が笑った。

「何がおかしい」
「いやね、珍しいこともあるもんだと」
「どういう意味だ」
「あれ、自覚してないんですか」
「だからどういう意味だと聞いている」

ほら、あの娘さんですよ。どの娘さんだ。あんなに長く続いた子、初めてじゃあないですかい。そう言われてやっと、あの女中のことだと気付く。

「それがどうした」
「どうしたって…まあ」

だからどうした。それがどうした。長く続いたというならそれはあの女中が有能だということだろう。ただそれだけのことではないか。

「たまには労ってやったりだとか」
「…労う?」
「…殿がしたくなければ、別に」
「名前も覚えておらぬやつにか」
「え」

呆れたように息を吐いた左近はそれきり何も言わなくなったので、さっさと用事を済ませることにした。外は寒い。
帰りに、小物屋の親父がひとついかがですかい、となにかきらきらしたものをすすめてきたが、ちらと一瞥して、すぐに帰った。俺は早く帰りたいのだ。左近はまだどこか不満そうな顔をしていた。

「帰ったぞ」
「おかえりなさいませ、三成様」

お部屋に火鉢を用意しております、と言いながら荷を受け取る女中を、先程のきらきらしたものと同じようにちらりと見やる。左近はすぐに自室に戻った。用意された火鉢のそばに座ると、女中があたたかい飲み物をお持ちしますか、と聞いてきたので頷いた。
かざした手がじんわりと温まる頃、茶を持ってきた女中の顔を、今度はじっと見つめてみた。

「どうかなさいましたか」
「…お前、名はなんといったか」
「あら」

突然くすくすと笑い始めたその姿に眉を顰めると、やっと聞いてくださった、と言った。なんだって?

「わたし、いつ聞いて下さるかと思って」
「…ふん。忘れんように聞いてやる」

そういって初めて聞いた名を、よく舌に馴染んだ茶と共に飲み干したのだ。



 河骨






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