陸遜
「あ、い…た」
殿の部屋の中からそんな声が聞こえて、不思議に思って扉を叩いた。返事を貰って中へ入ると、繕い物をしていたのだろうか。着物と針を持った殿が、恥ずかしそうに笑っていた。
「どうなされたのですか」
「少し破けていたから…ぼうっとしながら縫っていたら、ちょっと」
指先にはぷっくりと血が浮かんできている。久しぶりだとダメですね、と言いながら指を口に含む姿から、目が離せなかった。
「女官に任せれば…」
「でも小さいものでしたから。ほら、止まった」
そう言って見せられた指はもう、針の傷など無かったようにきれいになっていて。
なんだかそれを、勿体無く思った。
「あ、そうだ、伯言殿。そこの机にある書簡、全て処理し終えましたので、確認をお願いします」
「分かりました。気をつけて、くださいね」
「はい」
再び針を動かす殿を見やってから、書簡を抱え部屋を後にしたのだった。
翌日馬超殿を見かけた時着ていた着物が、殿が持っていた着物と同じ柄だったのは、きっと気のせいだろう。
彼のために針を手にして、彼のために血を流すだなんて、そんなことは。
現実は変わるまい