仲達


なまえ様は我らが君主である。女の身ながらに戦場で剣を振るい、民のためにと尽力する。

「殿、入ります」
「どうぞ」

彼女の執務室は簡素な造りをしているが、物が多く雑多な印象を受ける。その大半は書簡などであるが、彼女が職務を怠慢しているわけではなく、処理する速さを上回り運び込まれてくるためだ。我々と同じように部下をつけてやりたいところではあるが、まだまだ若いこの国には人手が足りない。
そもそも民に応え国を立ち上げた殿は、人に頼るという事をあまりしたがらないように思える。私やもう一人の軍師も、建国の前から一緒にいるのだが。
机に積み上げられた書簡の向こうで顔を上げた殿は、少し微笑んで何用でしょうか、と言った。少々の申し訳なさを感じながら抱えた新たな書簡を差し出す。

「先日の天水での戦の被害報告と、近辺の勢力情報です」
「ああ、ありがとうございます。ごめんなさい、そちらの机に置いていてもらえますか」
「はい」

再び手元に視線を戻し筆を握りなおした姿をなんとなしに見つめていたら、視線に気付いたのか顔を上げた。

「…どうしました?」
「いえ、お疲れなのではないかと」
「皆さんほどではないですよ」

そうは言ってはいるが、我々よりも早く出仕し遅く帰宅するのは誰か。帰宅しないこともあるではないか。はあ、と溜め息をつけば殿はにこりと笑った。心配には及びませんよ、などと。殿は誰よりも働く、が、確かに疲れて倒れたことなど一度もない。一番付き合いの長い私が言おう。この人は、おかしい。間違いなく。おかしい。しかし動き続ければ人はいつか壊れる。もしかしたら人じゃないかもしれない、という思いはこの際押し込めておこう。

「茶でも飲んで一休みしてはいかがですか」
「仲達殿が淹れてくれるのですか」
「…まあ」
「じゃあさっさとこれを終えてしまわなければ!」

心から嬉しそうな笑みを浮かべられては何も言えない。用意をしようと背を向けた時、視界の隅に尋常でない速さで動く筆が見えて、いままで本気を出してなかったのかと身震いした。

用意を終えて戻ってきた時にはすでにほとんどが片付けられていて、先に持ってきた資料に目を通していた殿はやはり人間じゃないのかもしれないと思った。

「だって仲達殿のお茶が飲めるなんて、嬉しくて」

はにかみながら茶をすする殿は、ただの可愛らしい娘にしか見えなかった。だまされないぞ、私は。



 恐ろしや恐ろしや






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