太史慈


「子義殿、子義殿」
「殿、どうされました」

近頃私たちの殿は、かの武人に夢中だ。大変好ましくない状況である。
元は隣国の武将だった。何度か交戦し、我が国が勝った。戦の度に前線へ出てくる彼は、確かに強かった。私の力では到底適わなかった。しかしながらその度に、殿は自ら彼の相手を努め、そうして勝利していた。つまり私は殿より弱い。そんなことはどうでもいい。
殿の元へ降ってきた彼は、存外すっきりとしていた。仮にも国を潰した敵、である。復讐を狙っているのではないかと勘ぐる私に、彼はすっぱりと言い切ったのだ。俺はお前達の殿に惚れた。しかし国があるうちに寝返るというのは裏切りだ。裏切りは好きではない。だから俺はこうなるのを望んでいた。
惚れた、という言葉に色恋の匂いが感じられなかったのが幸いだった。しかし殿はそれ以来、彼につきっきりである。実に、好ましくない。

「お部屋にいらっしゃらなかったので」
「ああ、申し訳ない。どうぞこちらへ」

殿は特に理由なく彼のそばに居たがる。彼も問いただそうとはせずに、ただ殿を受け入れる。今も、池の側に二人で寄り添うようにして立っている。
彼は背が高い。身体も立派だ。彼は馬超殿とは違う、剛の武将だった。自分とも、当然違う。

「大分冷えてきましたな」
「秋ももう終わりですね」

ぱしゃんと、池の魚が跳ねた。わぁ、と殿が声を上げる。
ざあ、と色付いた木々が揺れる。殿の髪が乱される。彼が殿に手を伸ばした。無骨な指が髪を梳いて、頬に触れる。

「子義殿の手は、温かいですね」
「あなたの肌は、冷たいですな」
「あたためて下さいますか」
「俺でよろしいのならば」

そうして彼に引き寄せられた殿の顔など見られるはずもなくて、音を立てずに踵を返した。



 僕には分からない






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