葵花/直江


静かな午後、部屋に響くのは紙が擦れる音だけである。
兼続が紙面からちらりと横に目を動かすと、隅の方で書を開いているナマエの姿。訪ねてきてくれたのは嬉しいのだが、生憎仕事を終わらせるまで相手をしてやることが出来ない。
筆を置いて、声を掛けた。

「ナマエ殿、退屈ではござらんか」
「いえ、大丈夫です」

押しかけた私が悪いんです。ごめんなさい。お邪魔じゃないですか、と眉を下げる彼女に大きく首を振った。

「申し訳ない。直ぐに終わらせますので」
「…はい」

にこり、と笑う彼女を見るだけで、なんともいえない気分になる。こちらも笑って返して、再び筆を取った。



どれくらい経ったろうか。ようやく書き終えた報告文を見直して、ふうと息をついた。
ぽん、と両肩に手が置かれる。お疲れ様です、と後ろから掛けられる声に、頬が緩んだ。
そっと手を重ねて名を呼べば、とん、と顔を寄せてきた。

「待たせてすまない」
「いいえ。だって、嬉しいから」
「…うん?」

一緒にいられるだけで、嬉しいんです。私。
そう言った彼女がとても愛しいものに感じられて。思わず身体を返して抱き寄せた。すっぽりと腕の中に納まる彼女は小さく声をあげる。

「ナマエ殿」
「は、はい」

小さく耳元で呟けば、彼女は一瞬呆けた後、またあの笑顔を見せてくれるのだ。



葵花
(あなたに愛されていたい)
(あなたを愛していたい)







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