惑う日々/奥村
「助右衛門様、お茶が入りましたよ」
「おお、ありがとう」
仕事の手を止め振り返ると、盆を持って微笑むナマエがいた。
慶次が一週間程家を空けるため、彼女が一人で京に残るという話を聞いた。それなら、と自分の屋敷へ連れてきたのである。所用でこちらへ来ていたが、良い事もあるものだ、と内心喜んだのは秘密だ。
「お邪魔でした?」
「いや、そろそろ休憩したかった」
出された茶を飲み、添えられた茶菓子を手に取る。一口頬張れば、彼女がニコニコとこちらを見つめてきた。ふ、と笑って返す。
「うん、うまい」
「疲れた時には甘いものが良いんですよ」
「そうか。ありがとう」
しばらく談笑した後、片付けに立ち上がろうとした彼女の手を取って引き止めた。
どうしました、と首を傾げる彼女にす、と近づく。
「…ナマエ殿」
垂れた髪を一房手にとって、軽く、口付けた。
伏せていた目を上げれば、赤くなった顔。少しして、慶次じゃないんだから、と小さく悪態をついた。
「慶次はいつもこんな事を?」
「ええ、まぁ」
「ふむ。それは好くない」
実に好くない。そう言ってもう一度、顔を近づける。
「今、あなたの前にいるのは、だれだ?」
「…助右衛門、さま」
「そう」
今は私だけ見ていればいい。唇がもう少しで触れる、というところで、彼女は飛びのいた。
「…お仕事、済ませてください」
それだけ言うとさっさと出て行ってしまった。
逃げられた。苦笑を漏らしながら、再び机に向かった。
惑う日々
(慶次が帰ってくるまで、我慢できそうにない)