04




それで、どこから来たんだという質問に、眉を下げるしか無かった。
違う世界、正直にそう書けば、また医者を呼ばれてしまうだろう。
流されるように筆を持っていたが、どうしてこんな状況になったのか理解できない。唇を噛む。
悩んだ挙句、わからない、と筆を動かした。
慶次は顎に手をやったまま、文字を見つめる。流れる沈黙に、ごくりと喉が鳴った。

「…声と一緒に、記憶も無くなった、か?」

正確には元いた世界です、とも言えず、その言葉に小さく頷いた。
記憶喪失、ということにしておけば、この世界の常識を知らなくても大丈夫だろうと思ったからだ。嘘をつくことになるが、この際仕方ないだろう。
それにここへくる直前の記憶は無い。部分的にだが真実である。セーフだと思いたい。
そんなことを考えていたら、ぽんぽん、と頭に慶次の手が乗った。

「大丈夫だ。声と一緒に、記憶もじき戻るだろう」

名前は覚えていたんだ、きっと大丈夫だ。
そう言った彼の声は優しくて、何故だか涙が零れた。
それまで忘れていた、忘れようとしていた不安だとか、恐怖だとか、そういったものが一気に溢れてきたような気がした。
なんでここにいるんだろう。どうしてこんなことになったんだろう。
ありえない、こんなの。
次から次へと溢れてくるそれを、慶次はそっと拭い取ってくれた。

「無理をさせたか。今は休むといい」

大丈夫だ。
その言葉が、じんわりと染み込んだ。





*← | →#



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -