03
「首に傷は見当たりませぬ。怪我が元ではないようです」
「ふむ…本人も声が出ないのに驚いてるようだしなぁ」
「ええ。しばらく様子を見ましょう。じきに音も戻るやもしれませぬ」
「そうだな。うむ、すまなかったな」
いえ、これが仕事ですので、と言って医者は帰って行った。
声が出ないという事に気が付いた慶次は、すぐに医者を呼んだ。怪我を見てくれたのと同じ人らしい白髪の老人は、去り際にお大事に、と微笑んだ。
ううむ、と顎に手をやる彼を見ていると、ひどい顔をしていたのだろうか、ぷっと笑われた。
「口が開いておるぞ」
慌てて閉じた。
「ふむ、話せないというのはいささか不便だな。そうだ、おい、捨丸!」
ぱんぱん、と手を叩くとへいへい、と小さな従者が顔を出す。
なんでしょう旦那、筆と紙を持ってこい、わかりました、と会話を交わして彼は奥へと消える。
しばらくして用意された道具を前にして、向かい合った慶次は言う。
「よし。お前さん、字は書けるか?」
こくりと頷く。
楷書でいいのだろうかとか古文てどうだったっけとか、ぐるぐる考えはしたが、思い切って筆を持つ。
名前を、と言われ意を決して記した。
「…名前、か」
いい名だ、と言った彼はにっこりと笑った。
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