彼は「それにしても」、と不意に小首を傾げる。
「何でいきなり、俺の背後で土下座してたんだよ。危ないだろ」
「ええ、構図的には頭おかしい奴でしたが…先程まで森に居たはずなんですよ」
「森?森で土下座してたのかよ」
「してました」
どこか珍妙な会話が重なっていく。
糸口のなさそうに見えたそれに、彼は傾げていた首を正し、視線を逸らして何かを物思ったようだった。
「うーん…でもタークスだもんなぁ。システムは共通してるか…」
ぶつぶつと呟くナマエさんは何かを知っていそうで、不躾に距離を縮めれば、彼は気迫負けしたようにそっと話し始めた。
「俺さ、実は結構な世界線を越えてるんだ。いわゆるトリップってやつかな。
だからナナがここに飛ばされたっていうの、同じ世界だとしても有り得る話かも知れないと思って」
「へぇー!全然分かりません!」
SF全然知らなくて、とはにかめば、彼は大層悩ましげに眉を顰めた。
どうやら説明するには難しいことのようで、とりあえず私は"なんらかの理由で、同じ世界の違う場所に来てしまった"のだと言われた。
「ここに来る前、何か変なこととかは起きなかったか?」
「あ、イクラが浮いてましたね。赤くて丸い、片手くらいの」
「それさ…イクラじゃなくて召喚マテリアじゃないか?」
ナマエさんは、私の無知さに少し呆れたようだった。
召喚マテリア。
話には聞いたことがあるが見たことはない。
なにせ魔法発動に必要な精神力が少なく、自分には到底扱えない力であると教官に告げられたからだ。
「何か召喚獣とか出てきたりしたのか?」
「えっと…あ、赤い人型が見えました。割とスレンダーな…」
頭を絞り、記憶を手繰り寄せる。
そのかすかな情報を得て、ナマエさんは思い当たるように一つの赤いマテリアを差し出した。
「あ!これ…これです!」
そのマテリアは鮮やかな赤色で、まるでナマエさんの瞳のようにさえ思えた。
そうして彼は、少しだけ憂いを含んだ瞳で話す。
「この召喚獣…俺の母親なんだ」
「軽々しくイクラとか思ってすみませんでした…」
「さっき、召喚するほど力は残ってなくてさ。結構ピンチだったんだ。
だから、そんな俺を助けるためにナナを喚んだのかもな」
「召喚獣が私を召喚した…?
でも、どうして私だったのでしょう」
それは分からない、と彼もまた頭を悩ませれば、お互いに謎解きは行き詰まってしまった。
しかし彼は空気を変えるように、また底抜けな笑顔で私の肩を叩く。
「帰り方はまだ分かんねぇけど、一緒に探そうぜ!とにかくサンキュー!」
「こちらこそ。あなたのお母様に感謝です」
「だな!」
どちらともなく、手を差し出す。
彼の革製グローブはすっかりボロボロにひび割れていて、眩しい笑顔の裏に隠された苦労を語っていた。
力強く握手を交わして、そっと解く。世界線を越えた絆が芽生えたのだと思うと、すごく不思議な気持ちで胸が浮き立った。
「ナマエさん。死傷24名、生存6名です」
感動に浸る中、不意に訪れた報せ。
青い制服に身を包む下級神羅兵、その装備は破損が酷く、その声色は冷たささえ覚えるものだった。
「ああ…報告サンキュー、えっと…名前は?」
「私ですか」
ぐいと兜を脱ぐ。乱れた髪が風に揺れる。
声色に釣り合う冷徹な瞳がこちらを捉えた時、浮き立つ心臓は瞬間にして凍てついた。
「…ナナと申します」
眼球が奥から押し出されているような、鈍い錯覚に陥った。そのまま落ちてしまいそうだ。
頭が重たくて、視界が眩んだ。
目覚めた時は、森だった。
どうやらこちらの世界では暫く気絶していたようで、口の中に入り込んだ土は不味かった。
あの兵士は、確実に過去の自分だった。
兵士時代、死んだように生きていた頃の自分。
そうして思い出す。私は確かに、ナマエさんと同じ任務に就いていたこと。
あれはウータイ戦争の一部分であったこと。
そしてあの報告の際、今の私と同じ背格好をした女性がいたこと。
「あ、起きた」
「え?うわっ誰ですか」
口元を拭いながら立ち上がると、少しだけまた世界が眩んだ。
傍に立つ謎の少女は少しのマテリアを片手に収めて、だいぶ不機嫌そうな面持ちで私を見つめていた。
「ちっ。いい獲物が寝てたからマテリア頂こうとしたら、あんた全然いいの持ってないじゃん!なにこれ、クズマテリアばっか!」
「お…恐れ入ります」
なぜ怒られているのかは分からないが、少々奇抜な格好をした彼女は強い力でマテリアを押し付けた。
「あんた弱そうだし、クズばっか持ってたし。さすがに可哀想だから、こいつも返すよ」
「…これは…」
「あんたのだろ?まさか持ってんの忘れてたの?!あーっ返して損した!」
彼女は赤いマテリアを指差して、心底悔しそうに地団駄を踏む。
もう私に興味はないようで、軽い身のこなしで枝に飛び移ると、幹に手を掛けて身を乗り出す。
「ま、待ってください!
あの、ナマエって名前のソルジャー、知りませんか!」
「ナマエぃ〜?どっかで聞いた…ああ、確かウータイ戦争で活躍しただかって奴だよ…」
彼女はナマエさんを知っていた。
その事が嬉しくて、彼は私の記憶の中だけの存在ではないことが証明されたようで。
握手をしたこの手に、再び熱が帯びていくのを感じた。
私は彼女の表情を読み取ることすら忘れ、さらに問いただす。
「その方は今どちらに?!」
「あたしが知るかよバーカ!けっ!」
少女は虫の居所が悪かったようだ。
もしかしたらタブーに触れてしまったのだろうか?
思えば彼女の消えた方向はウータイだったように見えて、今更ながらに申し訳なさを感じた。
残された自分と、赤いマテリア。
森の木々がさざめく。
「そうか…全ては導きだったんだ」
木漏れ日に透かして、そう独り言つ。
あの日、彼と接触していた者として喚ばれた現代の自分。
もしかしたら当時の生存者は、今は亡くなっているのかも知れない。
何にせよ今は運命論者のように、この不思議な縁を抱きしめたい気持ちでいっぱいだった。
「ナマエさん…ナマエさん。思い出しました。そして、もう忘れません」
もうマテリアに光は灯らない。
きっと彼女もまた、息子の元へ帰ったのだろう。
「ナマエさん。あなたは今、どちらにいらっしゃるのでしょうね」
どこかまた、遠い世界へ行ってしまったのだろうか。
遥か彼方を描き、思う。風は幾分穏やかで、青い香りが心地よかった。
その後、赤い髪を結わいた元ソルジャーと邂逅することになるのだが、それはまた別のお話。
ほしのめぐり
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▼以下、羽並様からのお言葉
唐宙様への相互記念作品です!
大変お待たせしてしまい、誠に申し訳ありませんでした…!
フキさんがテイルズとFFのハーフということで、テイルズネタをモリモリ入れさせて頂きました…楽しかったです…!笑
ルークの「死にたくない!」、名台詞ですよね…泣
でもこの作品での使い方は間違っているなと、心から実感しております。
この後また世界を転々としたフキさんがアバランチで活動され、敵として出会うことになるんだ…と一人妄想しておりました。
うまうま…
ストーリー構成が下手なせいでうちの夢主がわりと出しゃばってしまってすみません…精進しなければ…!
この度は相互リンクを結んで頂き、誠にありがとうございました!( ´ ▽ ` )
この度は相互リンク、そして、素敵なお品を頂き、ありがとうございます!
偶然にも、羽並様がテイルズを知っていてくださったおかげで、フキの細かな設定と言いますか、心理描写を上手く表現して下さって頂いて…感激しております(´;ω;`)
ナナさんの明るさには、癒され、救われることが多いように感じます。全キャラを通して(笑)
羽並様の文章力や想像力は、誠、素晴らしいもので、未だ、頂いたお話の余韻が冷めません…!
共闘もいいですが、羽並様の仰っていた通り、ナナさんとフキが対立しているところを想像するのも、結構美味しいですよね( ´艸`)
今度書いてみたいです…!
この度は誠に、相互リンクとリンク記念の二つの素敵な贈り物をありがとうございました!!
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