目の前に、イクラが浮いていた。


いや。正確には"結構でかいイクラ"といったところか。
なんというか、こう、絶妙な片手サイズのそれだ。


何を言っているか分からない?
安心してほしい。私も全く分かっていない。



任務へ赴くため森を掻き分けていた時、それは唐突に現れた。

目の前に浮遊する、赤に橙の光を宿す真円は、まるで呼吸を繰り返すかのようにふわふわと私を誘惑した。




そして、見えた。
イクラの発した光、後光に映える赤い人型。


私は咄嗟にイクラの精霊だと察した。


走馬灯が巡る。

寿司屋で食べ惜しんだイクラを口に含んだまま帰宅し、熱によって無惨にも原形を喪った命を破棄した事実。


死の淵で、私はその悪魔のような所業を心底後悔した。



…死にたくない!まだ死にたくない!




鮭の子を殺しておいて、なんと図太い願いかと自分でも思う。
しかしこの思いは、最高速のコンマ秒に乗せて駆け巡っていたのだった。





「あっぶ、危なっ!」
「イクラぁ!ごめんなさいイクラぁ!」

地に額を擦りつけ、贖罪に喉を枯らしていた時、突風と共に若い男の声がした。


穏やかだった森の景色は、一瞬にして荒廃した地に変貌していた。
己の眼を疑い何度目を凝らそうと、それは揺るぎなくそこに存在していた。


「危ないって!」


ふわりと身体が浮いた。
腹部にかかる圧力から推測するに、持ち上げられたと言った方が正しいだろう。


先程いた場所に、大きな刃物が突き刺さる。地を這う振動を、腹で感じる。


そんな感覚しか信じられないくらいには、突如広がった風景を、私はまるで一つの物語のように眺めていたのだった。



「怪我ないか?」
「あ、はい…」

若い男が傷口を拭いつつ訊ねる。動揺の中で発した数文字は、今できる精一杯の反応だった。


その服装から察するに、彼はソルジャー1stのようだ。
髪と瞳は、彼から滲む鮮血によく似た色をしていた。



「その制服…タークス?うーん、どっかで見た顔だけど…」
「あなたこそソルジャー1stですよね、どこかで見たような…むむむ」

地を穿いた刃物は巨大な魔物によるもので、無残にも死者多数と見てとれた。


死屍累々の戦場、呑気に話している場合ではない。

状況の理解には程遠いものの、立ち上がってトンファーを構えれば、彼はその白い歯をにかりと見せつけた。


「魔法は?!」
「使えません!」
「そいつは物理が効かないんだ!俺が魔法を打ち込むから、注意を引きつけてくれ!」
「了解です!」

私の苦手とする、物理耐性のある敵。対して彼は魔法も得意なようで、ソルジャーたる所以が垣間見えたような気がした。


彼が剣を立て、精神統一に入る。聞き慣れない長い詠唱、赤い髪が靡く。


彼の気を背に、自分も駆け出した。

攻撃の隙をついて飛び上がり、物々しい肢体から生え出る棘にトンファーを引っ掛け、遠心力を駆使して頭へと上がっていく。

まるで鋼鉄のように硬いそれらに、改めて魔法の偉大さを感じた。



辿り着いた頭部。足場に揃う無数の大小細かな棘が、着地することさえ拒んでいた。

魔物が私という異物に抵抗する。
身を大きく揺さぶられ、棘が下肢を着々と赤く染めてゆく。



ソルジャーの彼は?
痛みに歪む視界で姿を捉えた時、彼は剣を回して弧を描き、こちらへ真っ直ぐに突き出していた。


「フェアリーサークル!」


その掛け声を合図に、彼の足元には巨大な光の陣が描かれた。
ライフストリームのような強く美しい力が舞い上がり、幻覚でなければ、眩い妖精達が優雅に飛び回っていた。


気の流れは魔物を拘束し、その可憐な揺らめきに似合わぬ力を持って魔物を討ちとめた。

砂のように崩壊する足場、浮遊感が内臓を持ち上げる。

なす術なく落下すれば、先程の妖精達が私の身体をふわりと支えた。

その光は全身の傷を癒し、まるで時間を巻き戻すかのように全てを修復していく。


その不思議な力に、私は始終何を言うこともできず、ただただ口を開閉するのみであった。



ゆるりと地に足を着く。
未だ呆気に取られていると、赤毛の彼はそっと左手を差し出した。


「詠唱時間、稼いでくれて助かったよ!サンキュー!」

「いやあの…さっきの妖精さんとか…ライフストリームとかは…」

「んー、あれはライフストリームじゃないんだけど…まあ気にすんなよ」


彼はどこか面倒くさそうに、誤魔化したような笑みを浮かべた。

あんな魔法、見たこともなかった。敵を攻撃しつつ、味方を治癒する光と妖精。

いつのまにか彼の傷も消えていて、未だ正体知れずな彼の実力に感服した。



「名前を聞いてなかったな、俺はナマエ!」
「ナナです。私、あなたをどこかで見たような気がするんです」
「俺も俺も!全く思い出せないんだけどさ!」


軽快に笑い飛ばすナマエさんは、ソルジャー1stとは思えないほどの陽気さを滲み出していた。

その雰囲気はまるで、今は亡きソルジャー1st…ザックスに重なるものがある気がした。

それと同時に、彼は元英雄セフィロスに通じるほどの底知れぬ実力を感じさせた。




(ほしのめぐり)


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