同根の民の声





レプリカ大地として蘇ったフェレス島は、十年以上の歳月をマルクトの国主や隣国の要人と技術者の人達が多大な資金と労力を費やして、二十年ぶりに活気のある街としてホド諸島の対岸に再興された。
本来は港町としての再興をホド出身の人達は望んだけど、如何せん、島がホド諸島の海域を動き回るので港町として復興されることは叶わなかったんだ。

けど、他国の人達やかつてのホド出身の人達が協力してくれたおかげで、フェレス島に移住する人が増えて、またかつての活気と文明を取り戻した。


陛下の信頼が厚く、ホドの出身者で過去にオールドラント救った英雄の一人ということもあって、フェレス島の領主としてガイおじさん、もとい、ガイラルディア・ガラン・ガルディオス伯爵が俺が小さい時、この地を治めることになったんだって。

前のフェレス島の街並みや景観を損なわないようにしつつ、音機関や譜業技術を取り入れて、マルクトの第二の都市って呼ばれるほどの発展を遂げていた。


二人の父さんがガイおじさんとガイおじさんの令閨であるハチの旧友だということもあって、フェレス島に遊びに来る度、領民の人達は快く俺や父さん達のことを迎えてくれる。
俺達の行く先が毎回、どこへ向かっているのかもみんな把握していて、顔パスでガイおじさんの邸にすぐに通されるんだ。


「よっ!ガイ、相変わらずハチに尻に敷かれんのか?」

「陛下といい、ルーク…お前といい、会って早々、第一声がなんでそれなんだよ!!」


父さんの無作法な挨拶にキレのいいツッコミを返すガイおじさんだけど、父さんに言われた軽口が意外と満更でもないのか、ハチの尻に敷かれているという事柄についてはなんの否定もしなかった。
二人の恒例のお戯れを蚊帳の外で見守っていると、今までガイおじさんの傍で控えていたハチが俺に助け舟を出してくれた。


「あの調子だとしばらく終わりそうにないし、終わったら終わったで、酒場へ直行するだろうから、私達はその間にお茶でもしようか?」


率直にハチへ首肯すると、ハチは俺の手を取って客間へと連れて行く。

ハチとガイおじさんのこだわりもあるんだろうけど、ファブレ家の豪奢な屋敷とは違って、ガルディオス宅は全体に丸みをおびたデザインがポイントでブルーやグリーンを差し色に、白木の家具の影響力もあってナチュラルでさわやかな内装をしている。
そこに住んでいるおじさん達のおかげもあって、邸内はいつも落ち着いて優しい雰囲気が包まれているから、俺はこの邸とこの邸に住むおじさん達が大好きだ。



「最近、開店したばかりのお茶屋さんでカモミールティーを買ってきたばかりなの。フキ、好きでしょ?」

「うん、特にセントビナー産のがね」

「そういうと思って、買っておいたの。セントビナーから仕入れたお茶」

「伯爵夫人に対してこういう言い方は失礼だけど、ハチは相変わらず、使用人の鏡だね」

「ライガの縞模様は洗っても落ちないっていうでしょ?私だけじゃなくて、ガイも未だに使用人時代の立ち振る舞いを忘れられないんだから」


困ったように笑うハチに、俺もつられて苦笑した。
ハチに促されて客間にある少し黄みがかかったアイボリーのソファに腰をかけると、ハチはお茶菓子を取りに部屋から出て行った。


中庭に通じるテラスのガラス戸が半開しており、そこから吹いてくる涼気にあてられた俺は心地よさのあまり、ソファでごろりと横になって部屋の雰囲気とテラス越しに見える庭の景色を楽しんでいた。



はず、だった。



一度途切れた意識が、再び心身の活動に励み始めると眠る前の風景が視界と脳へ紡がれた。


(あ、……カモミールティーが…)


微粒子レベルで存在している眠気に誘惑を受けながらも、俺はハチとお茶菓子を探した。

お茶菓子だけはすぐに見つかり、カモミールティーはティーポット用の保温袋で熱が保護されてて、保温袋越しにティーポットを触ってみたら……熱かった。
恐らくハチが作ったであろうお菓子は、卓上用のキッチンパラソルによって衛生面は守られており、時間が経っても食べ物としての品質を立派に保っていた。

眠気覚ましにキッチンパラソルから一つだけチョコ味であろうカップケーキを救出して、胃袋の中に保護した。
お菓子の救助活動を一旦中止して、俺はハチの捜索へ向かった。


まだキッチンにいるかもしれないと予想した俺は、客間の出口に歩み寄った。
身体のほとんどが客間を出たところで、どこからか、微かに音が聞こえた。

単発的な音、というよりも、一連の音の流れ…旋律が客間を出ようとする俺を引き止めた。


立ち止まって、耳を澄ませてみる。
けれど、音が聞こえるか聞こえないかの不安定な場所にいるせいだからか、音の発信源が掴めない。

楽して確実に音の発信源を見つけ出したくて、俺はシンク先生の音素学で習った時みたいに世界に流れる音素を全身のフォンスロットで聞いて、感じてみた。

その場所へ引き寄せられるように、体と感覚が一つの音を見つけた。


心身が本能的に求めているみたいに、俺は客間に戻って中庭のテラスへと向かった。
テラスから中庭の芝生へ一歩、足を踏み出すと、微かな音がクリアな音になって耳に入ってくる。
旋律が鳴るほう、鳴るほうへ赴くと、それが人の声だということに気がついた。

何かから隠れるように庭の森林に潜みながら抜き足で進むと、音の発信源は中庭の最深部にあった。
音の発信源のすぐ傍までたどり着くと俺は太い木を盾にして、旋律の正体がなんなのかを突き止めた。


普段の彼女の声とは思えないほどの、よく耳に通る歌声。
人の目や俗世のしがらみから開放された雰囲気と表情。


俺が見たことのない、きっと…ガイおじさんしか見たことのない――ハチがそこにいた。


いつもと違うハチに驚き、頭は混乱しつつも、ハチの歌に懐かしさと切なさを覚え、本能的にその歌を知っているということに感動して涙が込み上げてくる。
妙に耳から離れなくて、ふいに思い出す不思議な歌。

なんでその歌に懐かしさを覚えたり、故郷に帰りたいという思いに渇望感を抱くのかが、わからなくて、そんな自分が不安になって……。
怖くなった。


「赤い三が三つ――、青い実が二つ――、白い実はいくつ」


ハチの歌が一小節ごと進む度に、溢れる涙を止められなくなる。

ねえ、ハチ。懐かしいはずの記憶が、帰りたいっていうはずの思いが、涙と一緒に落ちちゃうよ……。
俺の記憶も、思いも。

俺は…忘れたくないよ、忘れちゃいけないんだよ、ハチ。


「フキ…!もしかして、今の…聞いてた?……フキ?どうしたの、どこか怪我した…!?」

「ハチ、やめないで。お願い、だから…っ!歌、やめないで……!」


歌を盗み聞きしていた俺に気づいたハチは、少し顔を赤らめていたけれど、すぐに俺の様子がおかしいことを察して急いで駆け寄ってきた。
俺は心配するハチの手を振り払い、彼女の胸に飛び込んで泣き続けた。
いきなり、俺がこんなことしてハチは驚いていたけれど、事情を無理矢理呑み込むと俺の背中に手を回して、何もかも受け止めて守るように、優しく俺を抱きしめた。


ねえ、ハチ。俺、忘れるかわりに、覚えなきゃいけないんだ。

ハチの歌う、その歌を。
ハチしか知らないはずの、その歌を。
この世で唯一、自分だけしか知らないと思っている、ハチのその歌を。


俺が、フキ・フォン・ファブレが、産まれる前の古い世界の記憶を少しでも俺の中に留めておくために。





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