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−−ちょっと、こっち来て!


アンダージュノンでの情報収集もままならないまま、宿屋へ戻る途中、フキは強い力で腕をつかまれた。そのままぐいぐいと引っ張られ、宿屋の一室に連れて行かれる。

声の主は、今し方ボトムスウェルに襲われていた−−ユフィだ。


「お、おい!何すんだよ!?」


ユフィは、有無を言わさずフキの体をベッドに叩きつけた。


「あんたに聞きたいことがある……」


フキに覆い被さった、ユフィの表情は真剣だった。
普段は活力に満ちた瞳からは、何かに激昂げきこうしているように輝き、引き結ばれた唇はわなわなと震えていた。そして彼女は、衝撃的な事実を語ったのだ。


「なんでっ……、なんで分派に行ったんだよ!?あんたが本家に残っていれば、ソノンは死なずに済んだんだ!!」

「なっ……ソノンが、死んだ……?うそだろっ!?」

「嘘じゃないよ!」


ユフィは噛みつかんばかりに叫ぶ。彼女の頬から一滴の雫が落ちた。
それはフキの顔の上で弾けたあと、滑らかなカーブを描きながら首筋へと流れていく。


「おまえ……どうやってソノンと?」

「あんたと入れ違いで、アタシはミッドガルの本家と合流したの」


ユフィは、涙をボロボロと流しながら言う。
彼女の悲しみが伝わってきて、フキの目にも熱いものが込み上げてくるようだった。

だが、今は懐かしんでいる暇はない。聞きたい情報は、まだ聞けていないのだ。


「ソノンは……なんで死んだんだ?」


フキは、あえて感情のこもらない声を出した。するとユフィは、うつむいていた顔を上げ、黒橡の瞳でこちらをまっすぐに見据えた。

その眼差しに射貫かれた瞬間−−フキは思わず、ギクリとした。
彼女の瞳に宿る怒りと悲しみが、まるで自分の感情のように感じられたのだ。
ユフィはフキに、ソノンの最期の様子を語って聞かせる。


−−ウータイ暫定政府の密命を受けて、ミッドガルへ出奔し、ユフィはソノンと神羅ビルに潜入して「究極マテリア」奪取作戦を決行する為、共に行動していたらしい。
そして−−ユフィを庇って死んだのだと。


「アタシが油断したせいで、ソノンは……」

「ユフィのせいじゃ、ねえだろ……」

「でも……あの時アタシが気づいていれば、ソノンは死なずに済んだっ!」


−−大切な人を失う悲しさと喪失感は、誰よりも知っている。それは自分も負った傷だ。

ユフィもまた、同じ傷を負っている−−そう考えたら、フキはこれ以上彼女を責めることができなかった。
ユフィはフキから体を離すと、再びうつむく。長い沈黙が続く。

静寂を先に破ったのは、ユフィだった。彼女はポツリと言った。


「あんた、ソノンの大事なひとだったんでしょ?ソノンが言ってた」

「な……っ!?」


ユフィの一言で、フキの顔は一気に熱くなる。


−−まさか、ソノンが自分のことを話していたなんて……。


フキは、ユフィがソノンの死に責任を感じていることを察して、なんとか彼女を慰めたいと思った。だが……。


(俺は、なんて言えばいいんだよ?)


「ソノンは、あんたに会いたがってた……」


フキが何も言えずにいると、ユフィは悲しげに瞳を伏せながら言った。
ソノンの微笑みが脳裏をよぎった。

柔らかく笑う彼の姿が……ひどく懐かしいもののように感じられたのだ。
肩を落とすユフィにどう話しかけていいのかわからず、フキは途方に暮れた。


「あんたとソノン、どんなかんけーだったの?」

「どんな、って……。ソノンとは……その……」


ソノンに手篭めにされた−−フキはそう言いたかった。だが言えなかった。
自分がどんな辱めを受けたのかも……ましてや、年頃のユフィには知られたくなかったからだ。
口ごもるフキを見て、ユフィは首を傾げた。


「ソノンはあんたを『理屈っぽいくせに、変なところ情に厚くて流されやすい』って言ってた。でもアタシの勘では、ソノン……あんたのことを好きなんじゃないのかって……」

「…………」


フキはソノンに言われたことを思いだし、唇を噛んだ。図星すぎて何も言えない……。
ユフィは視線を逸らしたまま、言った。


「ソノンは、アタシにとって大事な相棒。だから、アタシはソノンの分もがんばらなきゃいけないんだ……」


ユフィは再びフキに向き直った。その視線には怒りや悲しみはなく、強い意志を宿していた。
フキはこの目を知っている−−それは決意の眼差しだった。

この娘は、まだ戦うつもりなのだ。フキは眩しさに目を細めた。
ユフィは、真っ直ぐにこちらを見据えてくる。
何かを決意したような強い瞳だった。彼女は、フキに向かって言った。


「あんたさ、アタシの手下にならない?」

「はあっ?」

「ソノンはアタシの相棒兼後輩。で、あんたはその後輩の恋人だから、ひつぜんてきにアタシの手下もどーぜん!でしょ?」

「おまっ……すっげえ屁理屈だな~~~~」


ユフィはニッと笑った。

彼女が突拍子もないことを言うので、フキも思わず笑ってしまったのだった。胸のつかえが、嘘のように消えていくのを感じる。
そんなフキを見て、ユフィは満足そうに笑うと大きく頷いた。

彼女はベッドから下りると、部屋を出ていこうとする。その背中に向かって、フキは叫んだ。


「って、待て待て!俺はソノンと恋仲じゃねえって!!」


ユフィは振り返った。その顔は、どこか寂しげだ。
彼女は、フキの目を真っ直ぐに見つめながら言った。


「ソノンね、あんたを本気で好きだったんだよ……。それだけは、否定しないであげてよ」


その言葉に、フキは何も言えずに押し黙るしかなかった。




* * *




ユフィとの思わぬ対面を果たしたフキは、宿屋のベッドに横たわり、物思いに耽っていた。

ユフィは、ソノンが自分を好きだったと言っていた。だがフキには信じられなかった。


なぜなら、自分はマダム・マムの情夫でしかなかったし、ソノンとの行為は、ただの性欲処理して扱われていただけだと、思っていたから……。


(俺なんかを好きになっても、ソノンは幸せになれねーのに……)


フキは、自分の容姿が人並み以上であることは自覚していた。
だが、ソノンとの行為は流されて始まったものであり、ソノンとの交際に恋愛感情などなかった。

フキにとって、ソノンは罪悪感を抱かせ、傷を舐め合う相手でしかないと思っていたのだ。だからこそ、ユフィの言葉が信じられずにいた……。
彼女が嘘を言っているようには見えなかったが、どうしても信じられない自分がいたのだ。


フキが大きくため息をつくと、コンコンっ、と部屋のドアがノックされた。


「誰だ?」

「俺だ」


返事の代わりにドアを開けると、そこにはクラウドが立っていた。彼は部屋に入ってくると、後ろ手にドアを閉める。

部屋の中は薄暗いが、クラウドの表情はよく見えた。
彼は腕を組んでフキを見下ろしていた。


魔晄の目が探るようにこちらを見てくるのに気付き、フキは思わず目を逸らしてしまう。そんな彼の反応を怪訝に思ったのか、クラウドは眉根を寄せた。


「何かあったのか?」

「いや……別に、なんもねーよ」


フキは努めて明るく振る舞ってみせるが、クラウドは納得しないようだ。

彼はベッドの端に腰掛けると、こちらに顔を向けるように促す。
促されるままに向かい合う体勢になると、クラウドは小さく口を開いた。


「あんたは、いつも俺から目を逸らすよな。何故だ?」


真っ直ぐに見つめてくるクラウドの眼差しに耐えられず、フキは顔を逸らした。


「き、気のせいだろ……?」

「嘘つくな。今だってそうやって俺から目を逸らすじゃないか。それに、あんたはいつも俺と距離を取ろうとする」


クラウドはフキの腕を掴むと、強引に自分の方へ向かせた。
フキは抵抗しようとするが、力の差がありすぎてビクともしない。クラウドの鋭い視線が、突き刺さる。

フキは内心舌打ちをした。この男はいつもそうだ−−……こちらの都合などお構いなしで踏み込んでくるのだ。


「あんたはいつもそうだ……。俺のことを煙たがっているくせに、近付こうとする−−……それなのに、少し距離が縮まったと思ったら、逃げようとするんだ」

「逃げてなんかねーよ……」

「いいや、逃げてる。あんたはこうして今も、俺を避けているじゃないか」


クラウドはフキの腕を掴む手に力を込めた。

ギリギリと締め付けられる痛みに、思わず顔を歪めてしまう。だが、クラウドは力を弱めようとしない。
それどころか、更に強く握りしめてきたのだ。まるで逃がさないとばかりに……。


「クラウド、離せ」


フキは堪らずに声を上げた。だが、その声は掠れており、弱々しいものだった。

クラウドは、そんなフキの態度を見て何かを悟ったようだった。
彼は小さくため息をつくと、掴んでいる手の力を緩めた。


「あんたはいつもそうだ。そうやって、自分の感情を隠して何かを怖がっている……。一体、何をそんなに怯えているんだ……?」

「その目だよ……」

「目?」


フキはクラウドを睨みつける。
しかし、その瞳にはいつもの凄味がない。そこには恐れの色が宿っていた……。

彼はクラウドの視線から逃れるように目を伏せると、絞り出したような声で言った。
その声は少し震えていたように思う……。


「ソルジャーの、魔胱の目っていうんだっけか?それに見つめられると、自分の中の何かが暴かれるような心地になるんだ。それに−−」

「それに?」


クラウドは首を傾げながら続きを促す。
その仕草はまるで子供のようだと思った。

だが、フキの言葉は止まらなかった。
一度言葉にしてしまうと、堰を切ったように言葉が溢れて止まらなくなってしまうのだ。


「断罪されるっつーか、俺が責められてるみたいで……堪らなくなるんだ」


フキの言葉を聞いても、クラウドは何も言わなかった。
ただ黙って彼の話を聞いていただけだった。その表情からは何も読み取れない。
フキはクラウドの視線から逃れるように、顔を背けた。
沈黙が流れ、気まずい空気が二人の間に流れる中、先に口を開いたのはクラウドだった。


「これから先、何があっても俺は、あんたを責めたりしない」

「そんなの、絶対とは言い切れないじゃねーか……。もしかしたら、近い将来、俺のことを殺したいほど憎むことだってあるかもしれないだろ!?」


思わず大声を上げてしまい、クラウドは驚いたように目を見開いていた。
フキ自身も自分の声に驚いていた。こんな風に声を荒げたのは、久々のことだったからだ。

だが、クラウドは冷静だった。静かな口調で、諭すように言うのだ。


「それはない。俺は、あんたを殺さない」


クラウドはきっぱりと言い切った。その言葉の強さにフキは一瞬気圧されてしまう。
しかしすぐに我に返ると、彼もまた強く言い放った。


「根拠もないのに、なんでそんなことが言えんだよ!?俺は……!俺は……っ!」


フキは言葉の続きを言えなかった……。いや、言葉にできなかったのだ。

それは彼の心の中にある迷いや恐れが、邪魔をしたせいかもしれない。だがクラウドには、フキの心の声が聞こえたような気がした……。
彼は苦しそうに顔を歪めると、絞り出すような声で言ったのだ。


「俺は……エアリスから、大事な友達を助けることから……逃げた。"ソルジャー"のおまえといると、自分が惨めな気分になるんだよ……。まるで、自分が無力な人間だって突きつけられてるみたいでさ……」


フキは俯きながら話を続ける。その声はどこか辛そうだった……。

クラウドは黙って聞くことしかできなかったが、それでも構わなかった。彼の本音を、聞き逃してはいけない気がしたからだ。
フキはそれでも、クラウドの目を見ようとはしなかった。


「ワリィ……こんなの、ただの八つ当たりだ」

「いや、構わない。あんたもエアリスと同じで、なかなか本音を話してくれないからな…………八つ当たりくらい、俺に幾らでもしてくれたらいいさ」

「そんなの、ダメに決まってんだろ……」


フキは泣き笑いのような顔になり、クラウドを見た。その顔はくしゃりと歪んでいたけれど、涙の跡は無かった。

クラウドは、フキが泣きたいのだと、直感的に理解した。
だからクラウドは何も言わず、ゆっくりと立ち上がった。
彼はそのまま背を向けようとしたが、ふと足を止めて振り返った。そして、一言だけ呟いた。


「あんたはいつも、一人で抱え込みすぎだ……」

「んなの……直せっつったって、簡単にできるわけねーだろ」


フキは自嘲気味に笑った。
そんな様子を見てクラウドは目を伏せると、今度こそ部屋から出ていってしまった。







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