38
エアリスと別れたフキは、宿へと戻っていた。
ロビーに併設されている食堂の椅子に腰掛けると、フキは先ほどエアリスと話したことについて考える。
あの時のやり取りで心が軽くなったような気がするが、それは一時のことに過ぎないだろう。
クラウドと話したいことは沢山あるはずなのに、いざ話そうとすると言葉が出てこなかったのだ。
結局何も言えずに、ここまで来てしまっていることに後悔を覚えながら、フキはため息を吐いて天井を仰ぎ見る。その時だった。
プロペラ音のような騒がしい音が聞こえてきたのは。
反射的に屋外へ出ようと立ち上がると、フロントの奥にある通路から宿屋のオーナー、ブロードが走ってきた。
「外に出るな。隠し通路があるから、そこから街の外へ行け」
「あ、ああ……でも、仲間が」
「私が仲間を案内して、連れてくる。君は先に行くんだ」
フキは彼の言葉に頷くと、ブロードの案内に従って宿の奥にある地下通路へと向かった。
中は思ったよりも長く入り組んでおり、まるで迷路のようだった。
(みんなと合流するまで、ここで待つか)
フキが、そう決めた直後のことだった。
上の階からバレット、レッドXIII、ティファの順で降りてきたのだ。どうやら、みんな無事らしい。
そのことに安堵したフキは安堵の息を漏らすと、三人を出迎える。
「みんな、無事か!?」
「うん、私たちは意外と近場にいたみたいだから、すぐに合流できたの」
「問題ない」
「ケッ、あいつらは何やってんだ?おせーなあ」
それから少しして、クラウドとエアリスが姿を見せた。
彼は仲間たちの姿を見ると安心したように微笑み、エアリスはそんなクラウドの腕に抱きつきながら、フキ達と再会の喜びを分かち合う。
一行はカームの町を脱出し、ブロードの知人が経営している農場へと向かった。
「あんたら、アバランチだろ?」
農場に着くと、ブロードの知人らしき男がそう言って一行を出迎えた。
「心配するな。カームの宿屋から連絡があった」
カームの町まで神羅軍の手が回ってきたのは、本格的に一行を探す為だろう。
この先、農場すら安全じゃないかもしれない。
農場主は神羅に追われる身であるにも関わらず、一行の心配をする。
「湿地帯のほうに使われてない船着き場がある。身を隠すには、いいかもしれないぞ」
「ありがとな。いい情報までくれて」
「俺にも家族がいるから、ここであんたらを匿えなくてすまないな」
農場主はそう言った後、こう続けた。
「最近、どうやらこの辺でカーバンクルに似たモンスターが、彷徨いてるらしい。襲ってきたりはしないんだが、食い物が盗まれるんだ……あんたらなら心配ないと思うが、気をつけろよ」
「? ああ」
「カーバンクルって、確か……」
「召喚獣のはずだが……」
「そんなモンスター、いるかな?」
一行は農場主から、カーバンクルに似たモンスターがいるという情報を得た。その話を聞いたティファ達は、首を傾げる。
召喚獣であるカーバンクルによく似たモンスターなどいるのだろうか、と疑問を浮かべたのだ。
「モンスターが出てきたら出てきたで、倒せやいいじゃねえか!とりあえず、船着き場に行こうぜ」
バレットの提案により、一行はブロードの知人が管理している農場を出て船着き場に向かうことにした。
* * *
「『湿地には、ミドガルズオルムが潜んでいます』……だって」
「でも、チョコボのスピードなら大丈夫。さあ、チョコボで湿地を越えましょう!」
「チョコボのご用命は、グリン牧場まで。だって!」
船着き場の受付所の壁に貼られていたポスターを、ティファが見つける。
そこには、ミドガルズオルムについての説明とチョコボの貸し出しサービス内容が書かれてあり、彼女がその一文を読んで呟く。
その情報に耳を傾けたエアリスが続き、にこりと微笑むと口を開いた。
「どうする~~~~?」
「チョコボ、乗る?」
「乗る?」
ティファがそう尋ねると、エアリスは声を揃えてクラウドにじりじりと近づく。どうやら、女性陣はチョコボに乗りたいようだ。
そんな彼女らの期待を込めた眼差しに根負けしてしまい、クラウドはため息混じりに言う。
「……行ってみよう」
クラウドの言葉を聞いた女性陣は、嬉しそうにハイタッチを交わした。そして一行は、船着き場を出発した。
目指すは湿地帯の先──ではなくその手前にあるグリン牧場だ。
船着き場からほど近いグリン牧場に到着し、そのまま中に入ると初老の男が迎え入れてくれた。カームに行く途中、ヒッチハイクで世話になった、グリンという男である。
「今日は?もしかして、チョコボが入り用かな?」
「ここで借りられるのか?」
「もちろん!詳しいことは、あの小屋にいる孫のグリングリンに聞いてくれ」
そう言ってグリンが指差した先には、1軒の小屋があり、中に入るとそこには青年がチョコボの世話をしていた。
前髪やサイドが耳に被りそうな長さで、後ろ髪は襟元くらいまでの長さの茶髪が特徴的だ。
彼はクラウドたちのほうを見るなり、声をかけてきた。
「いらっしゃい!」
「看板を見た。湿地帯用のチョコボを借りたい」
「あ~~、おじさんたち運が悪い」
「おじ……」
5歳くらい年下の青年からおじさん呼ばわりされたことに、クラウドは少なからずショックを受ける。
「ブフッ……!お、おじ……、クラウドっ、"おじさん"って!!」
そんなクラウドを見て、フキは腹を抱えて大笑い。ティファとエアリスも、くすくす笑っている。
当のクラウドは不機嫌そうに眉根を寄せていた。
「レンタル用のチョコボは、みんな貸し出し中なんだ」
「いっぱいいるじゃねえか!」
「いまいるのは療養中か、契約済みの子だよ!でも、まあ……おじさんたちが、もっと高値で借りてくれるって言うなら、譲ってもいいよ」
「足下見すぎだろ……おまえ」
フキがボソリと呟く。しかしグリンは聞く耳持たず、営業トークを続ける。
「10万以上出してくれるなら、ね」
「このっ、クソガキ……!!」
フキのこめかみに青筋が浮かぶ。
怒りに肩を震わせる彼に、エアリスはグリングリンへにこやかに話しかける。
「ごめんね……。わたしたち、旅の途中でそんなに払えないの」
「あー……、それなら、いい情報があるんだ。情報料、1000ギル」
それにも金取るのかよ……と、呆れるクラウドとフキ。
グリングリンの厚顔さは、留まることを知らないらしい。エアリスが悩むように考え込むのを見て、気が傾いたのか、ニヤリと笑う。
そして彼は、さらに続けた。
「と、言いたいところだけど、美人を困らせたくないから……タダでいいや」
「はあっ!?」
「実は……すこしに牧場から逃げ出して、そのまま野生化しちゃったチョコボがいるんだ。もし、そいつを捕まえてくれたなら、お姉さんたちのものにしていいよ」
「ほんとに?」
「なんか……体良く面倒ごとを押し付けられた気がするぞ」
フキが呟くのと、クラウド達の視線が一気に自分に集まるのを感じて、グリングリンはこほん!とわざとらしく咳払いをする。
「名前は『ピコ』。ちょっと気難しいヤツで、放牧してたらいつのまにか逃げちゃったんだ」
それから彼は、ピコがいそうな場所と捕獲方法を一行に教えると、話を締め括る。
クラウド達はそれに従って、ピコを捕まえようと牧場を出て草原へと進んでいった。
* * *
クラウドたちは、野生のチョコボが生息する草原に来ていた。ここにピコが逃げ込んだらしいが……。
「みゅみゅみゅ~~~~!!この野菜はミュウのですの!盗らないでほしいですの!」
鳴き声を上げながら、逃げ惑うカーバンクルらしきモンスターとそれを追い掛けるチョコボがそこにはいた。
カーバンクルに似たモンスターは、ギザールの野菜をチョコボと奪い合っているようだ。その光景にティファが目を丸くしながら、こう呟いた。
「あれが……カーバンクル?」
その隣では、エアリスが驚いたような表情を浮かべている。どうやら、彼女の知識にも無いモンスターらしい。
クラウドたちも驚いているようで、目の前の光景を不思議そうに眺めていると、一番後ろにいたフキが叫んだ。
「なんだって、おまえがここにいるんだよ!?ブタザル!!」
フキが怒鳴り声を上げた先に、チョコボとカーバンクルモドキがいた。
フキの声に驚いたのか、チョコボは逃げだし、カーバンクルモドキは彼に向かって駆け寄っていく。
「みゅ~~~~~~っ!!お会いしたかったですの!坊っちゃま!!」
「ぼっ……」
「ちゃまだあ?」
レッドXIIIとバレットが困惑する中、フキに抱き着くカーバンクルモドキ。
「おまっ……、どうやってここまで来たんだよ?」
そして、フキもまた困ったようにカーバンクルモドキに言う。どうやら二人は知り合いのようだ。
「ご主人様に、坊っちゃまのお世話をするよう頼まれたんですの!」
「この場合、俺がおまえの面倒見るほうだろ。どう見ても……」
そう言ってフキは、ミュウを仲間達に紹介しようと眼前まで連れてきた。
ティファとエアリスがにこやかに笑い、男性陣は怪訝な表情でミュウを見詰める。
レッドXIIIは困惑していて、バレットはあからさまに警戒しており、クラウドに至っては目を細めながら凝視している有様だ。
「この子、カーバンクル……なんだよね?」
「いや、それが違うんだよ。こいつ、俺の故郷では聖獣、神聖なの生き物で、こんなんでも一応はありがたがられてるんだ。ちなみにチーグルっていうのがこいつの種族の名前」
「どうして、その聖獣……がここにいるの?」
ティファが尋ねると、ミュウはこう答えた。
「みゅ?ミュウは、ご主人様に坊っちゃまをお守りするよう、仰せつかったんですの」
「ご主人様?」
クラウドが聞き返すと、ミュウは答える。
「はいですの!坊っちゃまのお父さんで、ミュウの大事なご主人様ですの」
ミュウは、耳でパタパタと宙を飛びながらフキの方に乗り移ると、その首へと抱きつく。彼は再び困ったように眉を下げながら、ミュウの頭を撫でてやる。
「ずっとここでくっちゃべてても、埒が明かねえから、場所変えてもいいか?ピコも逃しちまったし」
「そうだな」
フキの提案にクラウドが頷くと、一行は彼の話を聞くため、一度グリン牧場まで戻ることした。