37





仲間たちが就寝した頃、フキは部屋をぬけ出した。
不眠症故に、彼は毎晩、深夜徘徊をするか時には見張り役を買ったり、日記を書くのが日課だった。

今夜も例によって夜の散歩といっても、向かう先は宿屋のテラスだが、そこには先客がいた。黒髪の小町娘だ。
夜だというのに、へそが見える白いタンクトップに黒く、かなり短いタイトのミニスカート。
寒くないのかと問いたいところだが、七番街スラムの小町にそんなものはないと思い直し、口をつぐんだ。


彼女はこちらを見て、少し驚いたようだが、すぐに薄い笑みで迎える。隣に行こうかと迷っているうちに、彼女は小さく手招きをする。いいのか、と言いかけて止めた。


(招かれたからには行くしかないか……)


そう思いつつ、彼女の隣に立ち、問いかける。


「何かあったか?」

「うん、まあ……。ちょっと気になることがあって……」

「? 気になること?」


小首を傾げながら問いかけると、ティファはうん、と頷いて続けた。


「エアリスにも話したんだけど、5年前、クラウドはニブルヘイムに来なかったの……」


そう言うと、彼女は深いため息をついた。
確かに、"ソルジャー"としてのクラウドは、ニブルヘイムにはいなかったのだろう。

しかし、それは彼がいなかったのではなく、表立ってティファと再会できなかっただけなのではないだろうか。となれば、彼女の言っていた、ニブルヘイムに来たはずなのに会わなかったという矛盾も解消される。


「でも、クラウドは、ティファがセフィ……ロスに、斬られたっていうのを知ってたよな?それに関して、ティファはどう思ったんだ?」


ティファの言葉に割って入るように、フキが呟く。すると、彼女は少し驚いた様子でフキを見た。
そしてしばらくの沈黙のあと、小さく口を開く。


「それが……よくわからないの。重傷を負った私を、安全な場所まで運んでくれたのは、ザンガン先生だった」


(そりゃあ、そうだよなあ……。意識が無い時に、誰が運んだとか治療したとか言われてもな……)


ティファの言葉に、心の中で相槌を打ちつつ、次の言葉を待つ。


「だけど、意識が朦朧としてた時に、なんとなく……誰かが回復魔法をかけてくれた気がするんだ。そのおかげで、シロン先生が『一時は命の危機に瀕するほど重症だったけど、峠を越せたんだ』って教えてくれたの」

「回復魔法、か……。クラウドが、魔晄炉で安全なところに運んだって言ってただろ?その時にクラウドが、かけたんじゃねーか?」

「ううん、こればかりは絶対に違う。だって、その人は−−」


そこまで言って、彼女は言葉を止める。フキから視線を逸らしたあと、ぽつりとこう呟いたのだ。





――あなただよね? 私を助けてくれたの……。


そうして、再びこちらを見たティファの眼差しには、強い意志があった。


「私、本当はあなたのこと、知ってた」


その言葉に、フキは内心どきりとする。次の瞬間に、彼女はこう続けたのだ。


「ううん……『知っていた』じゃなくて、『思い出した』って言うのが正しいかな……」


それを聞いて、今度は別の意味でどきりと心臓が大きく跳ね上がる。


「思い出したのか……。"あの時"のこと……」


フキの問いかけに、彼女はゆっくりと頷きながら言葉をつづける。


「うん……。フキがソルジャーだったことも」



そう言われて、フキは苦笑しながら言葉を返す。


「ソルジャーに当てはまるような能力とか証とか、持ってないのに?」


しかし内心では、ティファにソルジャーだということを知られてしまったことに、焦っていた。どう言い訳するべきか……。

そんなことを思っているうちにも、彼女は更に続けた。


「"英雄セフィロスの弟子"で、ザックスの親友……なんだよね」

「……っ!(そこまで、知ってたか……)」


思わずそう叫びそうになる。しかし、それをぐっとこらえて平静を装った。
そして、少し間を置いてからこう答える。


「このこと、みんなにバラすか?」

「そんなことしない!」

「クラウドにも?」


鎌をかけられたティファは、黙り込む。
しばらく沈黙が流れたあと、彼女はゆっくりと口を開いた。そして、こう続けるのだ。


「……ときどき、クラウドのことがわからなくなるの。知っていて当然のことを知らなかったり、知らないはずのことを知っていたり………………何が本当で、誰が正しくて信用していいのか、私にはまだ決められそうにない」


だから、真実を話すのはもう少し、待っていてほしい。

そう言われたようで、フキは言葉を失う。彼は少し考えた後、こう答えたのだ。


「クラウドのことはもうしばらく、様子を見よう。たとえそれが、どれだけ苦しいことだったとしても、ただ隣で見守って、本当に困った時は手伝ってやろうぜ。それに、本来のクラウドはそんなに弱くないかもしれないしさ。今の俺達にできるのって、クラウドを信じて待つことなんじゃないのか?」

「うん、そうだね」


そう言って小さく頷いた彼女の表情は、先ほどよりも明るいものになっていた。
フキも、ティファがクラウドのことを信じて待つと言ってくれたことが嬉しかったのか、少し照れたように笑うのだった。

二人は少しだけ雑談をすると、部屋に引き返した。






フキは部屋に戻ることなく、再び夜の散歩へと出かける。宿屋の前にある魔晄タンクに腰掛けて、夜風にあたりながら、今後のことについて考えた。


まず第一に考えなければならないのが、クラウドのことだ。
彼は、ニブルヘイムでソルジャーとして、派遣されてたのではなかった。それどころか、同行していた"親友のザックス"のことも忘れていたのだ。


(単に、物忘れっていうレベルじゃない。何か原因があるはずだ……)


クラウドがソルジャーだと宣う理由を考え、そして過去の記憶を掘り返す。


(ジェネシスさん……、G細胞………………ソルジャーの劣化?まさか……)


そこまで考えて、フキはふと我に返る。そして、自分の思考にストップをかけた。


(いや、違うか……)


G細胞は、容姿の劣化が目立つ印象だ。
クラウドの見た目はアンジールの時のような、髪や肌の色ごと漂白化していないし、そもそもGタイプのソルジャーならば、神羅関係者が多いバノーラ村が出身地になるはずだ。

そう考えたところで、フキは"ある仮説"を思い立つ。


(まさか…………)


それは、クラウドの記憶障害の原因がG細胞ではない《他のタイプの細胞》による影響ではないかということ。
もちろん、そういった細胞が存在しないという確証はない。しかし、もしそうであれば……。

そこまで考えたところで、フキは小さく首を横に振る。


(やめよう……今すぐ、俺にどうこうできるわけじゃねーんだし)


それ以上考えるのは良くない気がしたのだ。フキはひとまず思考することを諦めて、宿屋のテラスに視線をやった。
そこには、クラウドとティファの姿があった。

二人は、何やら話込んでいるらしく、ティファがクラウドを質問攻めにしているようだった。


(どうしたんだ?)


疑問に思ったものの、話しかける勇気はなく、遠目に二人の様子を眺めることしかできない。
二人はフキには気づいていないらしく、そのまま会話を続けていた。

二人の会話の内容が気になって仕方がなかったフキだったが、さすがに盗み聞きするわけにもいかず、その日は諦めて宿屋に戻ることにした。




* * *




翌日も宿を出てしばらく歩いたところで、突然背後から声をかけられた。
振り返るとそこにはティファの姿がある。彼女はフキの隣まで駆け寄ってくると、遠慮がちにこう口を開いた。


「昨日ね、クラウドに切り出しちゃったの……。この5年間、何してたのって……それで……」

「気まずい結果になったか?」

「うん……、秘密の多い仕事だって突っぱねられちゃって……」


申し訳なさそうに呟くティファを見て、フキは困惑する。

クラウドは昨日、ティファに何を言われようとも結局の所、誤魔化したのだろう。ならば、もう彼が答えようとしない限り、答えは分からないままだ。

そこまで考えたところで、フキは小さく息を吐く。それから困ったように苦笑いを浮かべつつ、こう言葉を返した。


「多分、クラウドは自分の価値を見出そうと努力してるところなんだよ。あまり追い詰めないようにしようぜ」


クラウドを問い詰めるのは今ではなく、もう少し時間をかけてゆっくり話すべきだと。
そう伝えると、ティファも納得したようだった。


「そうだね。ありがとう、フキ」

「どういたしまして。早く仲直りできるよう、祈ってる」

「うん!」


元気良く返事をした彼女を見て、フキは少し安心したように笑った。軽く世間話をして別れた後、フキはカームの街中を散策を続けることにした。



街中の小川に架かる橋の上で、ぼんやりと景色を眺めながら考え事をしていると、不意に背後から声をかけられる。


「フキ!」


振り返るとそこには、エアリスの姿があった。
彼女は微笑みながらフキの隣に立つと、同じように川を眺めながら口を開く。


「起きるの、早いね」

「寝てないからな」

「不眠症、前よりひどくなった?」


エアリスの言葉に、フキは思わず黙り込む。そして少し間を置いてからこう呟いた。


「うん。眠れる頻度が、前より減ったと思う」


それに対してエアリスは、何かを言うことはなく、ただ黙って彼の隣に立ち続けるだけだった。


「あのさ……」


沈黙に耐えきれなくなったようにフキが口を開く。エアリスは穏やかな表情を浮かべたまま、彼の言葉に耳を傾けた。
すると、彼は小さな声でこう続けるのだ。


「俺、この先どんな結末が訪れたとしても……クラウドと向き合っていきたいと思うんだ……上手くやれるかな?」


そんな言葉を呟く、彼の横顔を静かに見つめるエアリス。
その表情は、まるで子を見守る母のような優しさをたたえていた。

エアリスは小さく微笑むと、ゆっくりと口を開いてフキの目を見つめながら、答えたのだ。


「大丈夫。フキなら、大丈夫だよ」


その優しい声に、フキは胸が締め付けられるような感覚を覚えながら、エアリスの方へ顔を向ける。そこには、いつもと変わらない微笑みを浮かべたエアリスの姿があった。

それがなんだか無性に嬉しくなったのか、彼は照れくさそうに微笑むと川の方へと視線を移す。


「ありがとう…………これからクラウドと話したいこと、あるんじゃないのか?」

「うん、でも……」


エアリスは少し間を置くと、何かを思い返すように呟いた。そして言葉を続けていく。


「フキと話すのも、大事」


そんな予想外の言葉に驚きつつ、フキはエアリスの方へ視線を向けるが、彼女は相変わらず穏やかな表情を浮かべていた。その笑顔につられるように、フキも自然と笑顔を浮かべてしまう。
やがて、エアリスの方から話を切り上げると、その場を後にした。

一人残されたフキは、去っていくエアリスの背中を見つめながら、ぼそりと呟く。


「まだ、エアリスのことが好きでごめんな…………ザックス。その内、ちゃんと消すから。それまでは、許してくれ」


その表情にはどこか切なげなものが滲んでいた……。






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