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『ミッドガル・ハイウェイから中継です』
アナウンサーの落ち着いた声が、伍番街スラムの大画面テレビから流れてくる。
「……?」
フキは、眉をしかめた。
さっきまで、チョコボを乗せたトラックにヒッチハイクしていたはずだ。それが、どうして伍番街に戻ってきてるんだ?
スラムの街並みも、どことなくいつもと違う。
なにやら、騒然とした雰囲気だ。レポーターが、災害が起きた現場の中継をしていると、切り替わった映像にフキは釘付けになる。
『おい、あそこ!』
救助隊にストレッチャーで運ばれている顔ぶれに、フキは自分の目を疑った。
現在進行形で一緒に旅をしているはずのバレットに、ティファ。そして……レッドXIII。
画面から目が離せない。心臓が高鳴る。
まさか……まさか!
カメラマンが、横たわるレッドXIIIの奥にいる人物を映し出した。
一瞬映った顔に、フキの心臓が止まりそうになる。
いや……止まったのかもしれない。それぐらいの衝撃だった。
「エアリス!!」
映像はそこで途切れたが、心臓はしばらくドキドキしっぱなしだった。
こんな短時間で……エアリスに何かあったのだろうか。フキの頭の中は、混乱を極めていた。
とにかく……なんでもいい。
行動しなくちゃ、なにも始まらない。
『いま、ヘリが飛び立ちます!伍番街方面に向かう模様ですっ……!』
フキは、その声に顔を上げた。
何故、エアリスを輸送するのが伍番街方面なんだ? フキは、自問する。
搬送先を選ぶなら、普通は神羅ビルの医療チームにでも、科学部門にでも運ぶはずだ。
なにか……ある。
直感的にそう思ったフキは、伍番街スラムの外れにあるヘリポートに向かって走った。
「エアリス!」
その途中、フキは横から飛び出して来た男とぶつかった。
「ごめん、俺急いでるか……らっ!?」
「……ザックス?」
そこに立っていたのは、ザックスだった。
ザックスは、フキの顔を見るなり目を白黒させた。しかし……フキも負けじと驚いた顔をしている。
「なんで……フキがここにいんの!?」
「それより、エアリス!!」
「そうだけど~~~~~~っ!!」
感動の再会もそこそこに、二人はヘリポートに向かって走る。
「五年間、どこにいたんだよ!?おまえ!」
「その話、後じゃダメか!?俺、五年間植物状態だった、から……っ、ブランクあんだよ!!」
二人して、一気にヘリポートまで走りぬける。
ヘリポートには、エアリスとレッドXIIIを搬送していたヘリコプターが、墜落していた。その周りで、神羅兵達がせわしなく動き回っている。
墜落したヘリコプターのそばでは、ストレッチャーから降ろされたエアリスが横たわっていた。
神羅兵の一人が、彼女に近づこうとした時だった。
「手を離せ!」
ザックスが兵士とエアリスの間に割って入り、切羽詰まった声を上げた。
兵士は驚いてザックスを見、気圧されるように半歩下がった。その一瞬の隙をつき、フキはエアリスの近くにいた神羅兵の頭にめがけて、掌に出現させた刀剣を投てきした。
投てきされた剣は、吸い込まれるように兵士のこめかみに突き刺さる。
神羅兵は声もなく倒れて痙攣し、それを見たもう一人の兵士が悲鳴を上げる間もなくザックスに殴り倒され気絶した。
「久しぶりの共闘、だな!」
「五年振りのわりには、息ピッタリで安心したぜ」
「俺がフキに合わせてやってんの~~!」
ザックスとフキは、互いに拳をぶつけて笑い合う。そして、二人はエアリスに駆け寄った。
ザックスは、エアリスの脈を測りつつ、彼女の状態を確認する。
「息はしてる」
「なら、離れよう」
フキは、ザックスに目配せした。
ザックスは頷き、すぐさまその場を離れようとエアリスを横抱きにしたまま立ち上がった。その時だった。
墜落したヘリの操縦席に、力尽きたレッドXIIIが倒れているのを、二人は見つけた。
「ありがとな」
ザックスは、小さくレッドXIIIに礼を言った。
頭上から増援部隊のヘリコプターのプロペラ音が近づいてくる。
ザックスは、エアリスを抱いたままフキと共に、近くにあった岩陰に身を潜めた。
ザックスは腕の中で気を失っている、エアリスを見つめる。フキも隣にしゃがみこみ、心配そうにエアリスを見つめていた。
「なによ、これ………………なにごと?」
ザックスがそう呟やき、フキを見上げると今までのいきさつを彼に求めてきた。フキはエアリスに視線を戻すと、ザックスの呟きに答えた。
「俺も、よくわかってないけど、ザックスと会うまでエアリス達と旅をしていて、カームに向かってたはずなんだ……なのに、なんでかここにいる」
「うーん、わからん。どうゆうことよ?」
「俺も今、どう説明しようか、言葉選びながら話してんだよ!」
フキの要領を得ない言葉に、ザックスは頭を抱えて唸る。
こういう時、義父さんがいてくれたら……とフキはぼやきかけ、自分が情けなくなってやめた。ザックスに脈絡のない話を投げたことを後悔して、エアリスの蒼白い顔に眉根を寄せる。
「エアリス、やっと、会えたのにな……」
−−ザックスと。
フキがそう呟いたのと同時に、彼の両手の指先が透け始めた。
「なんだよ、それ!?」
ザックスは慌てて、エアリスを抱きしめる腕に力をこめた。
フキは、その様子をどこか他人事のように感じながら、手をまじまじ見つめる。透けた指先には、ミントグリーンのオーラが纏わりついていた。
「おい、フキ!」
「これが、この世界から離れる合図なんだろうな」
「なんだよ!それ!?せっかくおまえと会えたのに……!!」
ザックスは、フキの肩を掴んで揺すった。しかし、事態は無情にも進行する。
フキの体から立ち上るミントグリーンの光は、もう腰の辺りまで広がっている。
フキはそんなザックスに、やわらかく微笑んだ。そして、優しい声で彼に語りかける。
「ザックス。誕生日プレゼントにくれたペンダント、ちゃんと受け取ったぜ。……ありがとう」
その言葉を聞いた時、ザックスの中でずっとせき止めていた熱い想いが、一気に溢れ出した。それは、涙となって頬を濡らしていく。
「フキ、俺……誕生日、忘れてて……」
「いつものことだろ?知ってる」
ザックスは、エアリスを抱きしめる手に力を込めた。とても強い力で、もう目の前から誰も消えないでくれ、と叫んでいるかのようだった。
ザックスの涙が後からあとからとめどなく流れ落ち、水滴となって地面に染みをつくっていく。
フキは、ザックスの涙を手で拭うと彼の頭を抱き寄せた。ザックスは無抵抗だった。
ただただ、目の前の親友にすがりつきたかったし、彼が与えてくれるものを全て受け入れたいと思っていた。
「生きてるおまえに、もう一度会えてよかった」
「いつでも会える手段、探せばいいじゃない」
「簡単に言うなよ」
「簡単だろ。なんたって俺たち、ソルジャー・クラス1stなんだから!」
ザックスは、フキの腕の中で笑った。その笑顔は、いつもと変わらないザックスの笑顔だった。
「エアリスのこと……おまえだけが頼りだ。なんかあったら、エルミナさん……エアリスのおふくろさんに相談しろよ?」
「おう。エアリスは、俺が絶対に助ける!」
ザックスはフキの体を離すと、自分の胸を叩いた。
フキもザックスの肩に手を置き、二人でお互いの覚悟を確認しあう。
もう、胸の高さまで、ミントグリーンの光に包まれてしまったフキを、ザックスは何とも言えない気持ちで見つめた。しかし、そんな不安を払拭させるかのようにフキは口角を上げている。
次の瞬間、フキの視界からザックスが忽然と消えた。いや……違う。
彼の姿だけが見えなくなったのだ。そして、エアリスの姿も同時に消えていた。
フキは呆然とした面持ちで、自分の掌を見つめた。もう、ミントグリーンのオーラは立ち上っていない。
フキは自分の手を見つめ続ける。
ふと、すぐ傍から見知った声が聴こえてきた。
「……!………………フキっ!!」
呼ばれて反射的に、フキは飛び起きた。
そこがヘリポートの岩陰でなく、宿屋のベッドの上だと気づいて安堵の溜息をもらす。なにより、心配顔の仲間達の顔が傍にあったことに、ひどく安堵した。
「大丈夫?トラックの荷台で、寝てるなぁって思ってカームに着くまで様子みてたんだけど、すごくうなされてて、顔色悪いから声かけるタイミングがつかめなくて……」
ティファは、ベッドに腰掛けたままのフキを覗き込みながら、心配顔でそう言った。そのすぐ隣に立つバレットも同感だとばかりに神妙な顔つきで頷いている。
「あ……ああ、悪かったな。なんか、変な夢見ちまって」
「本当にそれだけ?」
ティファは眉を下げ、まだ心配そうだ。
「それだけだよ」
フキは、仲間達にこれ以上の心配をかけたくなくて、すぐにベッドから降りた。
「なら……いいけど……」
ティファはまだ納得いかない様子だったが、フキが大丈夫だと言うのを無視できなかったのだろう。それ以上の追及はしてこなかった。
バレットも何か言いたそうにしていたが、結局は言葉を飲み込み、椅子に腰掛けると、フキからクラウドに視線を移すと話題を変えることにしたらしく、口を開いた。
「さーて、聞かせてもらおうか……おまえさんとセフィロスの因縁をよ」
フキは、思わず顔をしかめた。
そして、クラウドの方に視線を投げかけるが、彼はいつもの無表情で俯いていた。しかし、バレットがクラウドに距離を詰めると、彼も意を決したように顔を上げる。
そして……。
「ティファ、ぜんぶ話すぞ」
「うん。私は大丈夫」
クラウドは、ティファの返答を待って語りだした。
* * *
五年前の惨劇、ニブルヘイム事件、セフィロスが村を壊滅させた理由……。
事件の当事者であるクラウドとティファの二人はもちろんだが、あの時、ニブルヘイムに駆けつけていたフキも黙って耳を傾けていた。
(俺がニブルヘイムに来た時には、すでに師匠は狂気に取り憑かれた状態だったしな……。どうして師匠がああなったのか、俺は知らない)
フキは、そう結論を出した。
「5年前の9月、魔晄炉の様子がおかしいって大人たちが騒ぎ出して、見たことのなかったモンスターが村の近くで目撃されて……それが、はじまり」
ティファは、思い出すようにぽつりぽつりと語り出す。クラウドはそれを引き取る形で話を進めた。
「村は自警団を作ったが手に負えず、神羅に事態の収拾を依頼した」
そこに派遣されたのが、俺たちだったーー。
クラウドの言葉に、フキは顔を歪めた。
本来とは異なる現実が、フキの胸をギリギリと締め上げる。あの頃の記憶が、少しずつ蘇ってきた。
村での滞在が7日目に差しかかろうという頃、セフィロスが豹変して村中の人間を殺し、火を放った。その様子は、もはや英雄などではなかった。
殺戮の限りを尽くし、自分が古代種の唯一の生き残りという立場に酔いしれ、力の欲望に溺れたモンスター……そのものだった。
だが、フキの心に浮かんだのはそのことではなかった。
(一体、あの時に何が起きてたんだ?ニブルヘイムに行った"ソルジャー"は師匠とザックスだけだ。クラウドも派遣されたのは確かだけど……)
フキは混乱した。
自分の記憶が、クラウドと食い違っているのだ。しかし、いくら記憶を掘り起こしても、決定的な答えに辿り着くことはできない。
クラウドは話を続けた。
「俺の記憶はここで終わりだ。……あとは覚えていない」
ニブルヘイムでの惨劇、魔晄炉でセフィロスと対峙…………そして、そのセフィロスを自分が殺したことを彼は語った。
フキの心臓は、激しく脈打っていた。しかし、それは恐怖や不安からではない。
クラウドが語る、事実に対する驚きと動揺だった。
(任務がない自由時間内での話は、本当にクラウドが体験したことなんだろうけど…………、クソ!なーんか、考えが上手くまとまらねーなぁ……)
そう思いながら、フキは目の前にいるクラウドを見た。
その視線を感じたのか、クラウドも目線を上げてフキを見つめた。
(ソルジャーの瞳、やっぱ好きになれないなぁ……)
内心そんな悪態をつくものの、それを表には出さずにフキはそっぽを向いた。
クラウドはそんなフキに、何か言いたげに口を開いたが、結局何も言わずに目を伏せただけだった。
「『英雄セフィロス、訓練中に行方不明』、そんなニュース、お母さんと見たよ?そして、何日かあとに、『実は戦死だった』って発表されたよね?うん、そうそう!」
エアリスは、テレビで見たニュース内容を思い出して、一人で納得している。だが、クラウドはエアリスの言葉を肯定しようとはしないし、特に気にした様子もない。
「ニュースを作ってるのは神羅だ!やつら、やり放題だからな……信じるほうがどうかしてる!」
バレットは憤慨して、拳を固める。
彼の勢いに少し圧倒されつつ、女性陣が顔を見合す中、クラウドがきっぱりとした口調で言った。
「5年前の真実はともかく、俺たちはミッドガルでセフィロスと戦ってきた………………あいつは、生きている」
「生きているっていうか、いる?」
と、エアリス。
ティファは難しい顔をして、まるで何かを恐れているかのように不安げに瞳を揺らし、クラウドを見上げた。そうしてしばらく考え込んでから、言葉を選びながら話し出す。
「どうしていまになって現れたんだろう……」
その口調は重々しいものだった。
「5年間、なにをしていたのかな?」
その呟きに、クラウドは僅かに眉を顰めた。彼は頭に手を当てて考え込むと、低く唸るようにして答えた。
「セフィロスは、あの日の続きを始めたんだ……ジェノバとともにこの星を取り戻して、支配者になるとかいう計画の続きを」
「5年ぶりに?」
ティファは、クラウドが話し終えるのを待たずに口を開いた。
彼女は厳しい表情をしていた。どこか苦々しい感情が滲んでいるようにも見える。
あの事件から、ずっと消えない怒りと諦めや悔しさが入り交じった、複雑な表情だ。
「ごめんね、しつこくて。でも、気になって……」
しばらく、誰も言葉を発しなかった。
沈黙に耐えかねてか、バレットがわざとらしいくらいの間抜けた声を上げる。
「ジェノバってのも、よくわかんねえな」
エアリスがそれに、これ幸いとばかりに便乗した。
「ごめん。荒野?慣れてなくて疲れちゃった……背中、ガチガチ」
「今日はこの辺でお開き、だな」
エアリスが体を伸ばすと、フキが僅かに口元を緩めて頷いた。
バレットは壁にかかった時計に、視線を移動させる。時刻はもう深夜であることがわかった。
思っていたよりも長い時間話し込んでいたようだ。女性陣がドアに向かって歩きだすのを見て、バレットたちも立ち上がる。
「結局、セフィロスがなにしてたかなんて、オレたちにわかるはずねえしな」
「「うん」」
バレットの言葉に、ティファとエアリスが同意した。
クラウドも何か考えているようだったが、最終的には頷いてみせる。
確かに、クラウドたちは真実を知る立場にはない。それは自分たちで判断するしかないのだ。
そう改めて感じて、クラウドたちは休息を取ることにした。