35





一方、その頃、クラウド達は最終局面を迎えようとしていた。

そこは、先程までいた建物から数百メートル離れた場所にある広場のような場所である。その場所に辿り着いた瞬間、クラウド達を待っていたのは、セフィロスであった。


最初は、クラウドだけがセフィロスと対峙して戦っていたが、途中からティファ、バレット、エアリス、レッドXIIIの順で加わり、五人でセフィロスと死闘を繰り広げる。
しかし、セフィロスの強さは圧倒的だった。

五人掛かりでもセフィロスにダメージを与えることはできず、逆にクラウド達が追い詰められていく。


「耐えられるかな」

「なに……!」


セフィロスがそう呟くと、突如高速で接近してくる。


(あの技は、まずい……!)


セフィロスが繰り出したのは、フキが以前、神羅ビルで敵と戦った時に見せた必殺技"八刀一閃"である。
クラウドは咄嵯にバスターソードで、ガードしようとするが、あまりの速さに防御が間に合わない。


「こんなところで、やられてたまるかよ!」


すると、そこに横槍が入る。
セフィロス以上のスピードで移動してきた何者かが、クラウド達の前に立つと、セフィロスと同じ技でその攻撃を防いだのだ。
それは、フキだった。

フキはクラウドを守るように立ち塞がると、刀剣を構える。その姿を見たクラウドは、思わず目を見開く。
フキの姿が、どこか懐かしく感じたからだ。


同時に、胸の奥底で何かが疼き出す。
この感覚は一体なんだろうか……。

フキはクラウドの方を振り向かずに、声をかける。


「わりぃ、みんな!遅くなった!!」

「おまえが一番最後だぞ!ガウナ!今までどこにいやがった!?」

「わるかったって!迷子になってたんだよ……」

「でも、合流できてよかった」


バレットとエアリスは安堵した表情を浮かべる。バレットの問いに対して、フキは申し訳なさそうな顔をしながら答えた。

ティファはそんな会話を聞きながら、目の前のセフィロスに視線を向ける。そして、拳を構えて戦闘態勢に入った。
クラウドもバスターソードを握り直す。


「あと、もう少し!みんなで望み、叶えよう!」


エアリスがそう叫ぶと、皆は一斉に動き出した。
この戦いを終わらせるために―――。


「「クラウド!」」

「行け」

「頼んだぞ!!」

「行っけぇ!」


クラウドが駆けだすと同時に、皆が声を上げる。
その言葉にクラウドは小さく微笑むと、走りながらバスターソードを構えた。

クラウドが駆け抜けたあと、そこには静寂が訪れる。まるで嵐の前の静けさのようだ。
誰もが息を飲み、緊張が走る。
クラウドは大剣を振りかざし、セフィロスに斬りかかろうとした。だが、その刹那、フキの視界には信じられない光景が映る。


(星空……?)


フキの視覚を通して、映像が流れ込んできた。
それは、クラウドが今見ているであろう世界の映像。

クラウドは何かを感じ取ったのか、地面に着地すると、頭痛に襲われた。
その頭痛に耐えるクラウドの腕をセフィロスが掴み、自分の方へと引き寄せる。突然の出来事にクラウド達は驚き、動揺する。
セフィロスは嘲笑うかのように、不敵な笑みを見せた。


「気をつけろ。そこから先は、まだ存在していない」


セフィロスの言葉の意味が分からず、クラウドは何も言えなかった。何を言っているのかすら、理解できない。
存在していないとは、どういう意味なのか。


「我々の星は、あれの一部になるらしい」


セフィロスが視線を向けている先には、巨大な光の穴があった。


穴から見えるのは、眩しいくらいに輝く星々の世界。
それが、この世界の未来だというのだろうか。それならば、この星空は一体なんだというのだ。

星空に見えていたものは、実は宇宙ではなく、別の空間だとでもいうのだろうか。
クラウドが困惑していると、セフィロスが呟いた。


「俺は、消えたくない」


その言葉を聞いた瞬間、フキは全身の血の気が引くような感覚に、襲われる。嫌な予感が脳裏を過り、フキは恐る恐る口を開く。


(そんなはずがない……)


その続きを口にしようとしたが、上手く声が出なかった。セフィロスは囁くように言った。


「おまえを消したくはない」


フキは、残酷な真実の一端を必死に否定しようとした。
しかし、その言葉を耳にした途端、絶望感に打ちひしがれる。同時に、フキは怒りを覚えた。


(なにを今更……!!)


フキは無意識のうちに、奥歯を噛み締めた。
クラウドは、セフィロスが口にした台詞に呆然としていた。


「ここは?」


だが、すぐに我に返ると、クラウドはセフィロスに問いかける。セフィロスは静かに答えた。


「世界の先端だ。……おまえの力が必要だ。クラウド」


セフィロスはクラウドに手を伸ばした。フキは無意識に、一歩後ずさる。


この手を取ってはいけない。
直感的にそう思ったのだ。


「ダメだ!クラウド、そいつの手を取るな!クラウド!!」


フキの声は届かない。
セフィロスはクラウドに手を伸ばすと、そのまま彼の身体を引き寄せようとする。その時だった。

何かの気配を感じたセフィロスは、クラウドの鳩尾に正宗を突き刺す。


「ぐっ……!!」


クラウドの口から苦痛に満ちた声が漏れるが、セフィロスは容赦しなかった。クラウドはセフィロスから離れると、腹部を押さえながら膝をつく。


「覗き見とは、感心しないな……フキ」


セフィロスが視線を向けた先には、フキの姿があった。
刀身で内臓を綺麗に取り除くかのように、クラウドの身体からフキの幽体を引き抜いた。
フキは悲鳴にも似た叫び声を上げる。


「うぁああああ!!」


セフィロスはフキの幽体を掴んだまま、クラウドの前に向かって投げつけた。


「ガウナ!?」


自分の身体から抜け出したフキを見て、クラウドは目を見開く。フキは痛みに耐えながら、ゆっくりと起き上がった。

セフィロスはフキを一睨みすると、クラウドの方に視線を移す。
フキは自分の身体を抱き抱えたまま、苦しげな表情を浮かべていた。


口からは血が流れている。
どうやら、セフィロスが正宗でフキの幽体を引き抜く際に、傷をつけたようだ。
それを目にしたクラウドは、セフィロスに刺された箇所に触れてみる。掌を見ると、何もついていなければ、負傷もしていなかった。

おそらく、セフィロスはフキの幽体にだけ攻撃を加えたのだろう。
セフィロスはフキの目の前まで来ると、フキの髪を掴み、強引に顔を上げさせる。フキは抵抗したが、セフィロスの圧倒的な力の前に為す術がなかった。

セフィロスはフキの顔をまじまじと見つめた後、ニヤリと笑った。


「仕切り直しだ。クラウド。ともに、運命に抗ってみないか?」

「断る。ガウナを離せ」

「コレは、いつかおまえを裏切り、おまえの敵になる」

「それはあんたが決めつけることじゃない!」


クラウドはセフィロスを鋭く睨んだ。
セフィロスはフキの顔を眺めていたが、やがて興味を失ったのか、フキの髪を放すと、踵を返した。

セフィロスが離れると、フキは地面に倒れ込んだ。
クラウドが慌てて駆け寄ろうとすれば、セフィロスが振り返る。セフィロスは無言のまま、正宗をフキに向けた。


「やめろ!セフィロス!!」


クラウドが叫ぶが、セフィロスは躊躇なく、フキの首を目掛けて刃を振り下ろした。
フキは咄嵯に身を捩ったが、間に合わず、首筋から大量の鮮血が溢れ出す。かと思いきや、フキの首は切断されなかった。


「……!?」


セフィロスは驚きのあまり、目を大きく見開いた。
よく見れば、フキの胸元から、光の帯のようなものが伸びており、それが正宗の刃を寸前で止めている。


フキの胸部には、青灰の石が埋め込まれたペンダントがぶら下がっていた。
その青灰の石を凝視していると、セフィロスは微かな違和感を覚える。


「また、おまえが邪魔をするのか−−!?」


セフィロスが何かを言いかけた瞬間、その隙を狙ったかのように、フキのペンダントが光り輝いた。そして、その光がフキの全身を包み込む。
眩しさのあまりに目を細めたクラウドだったが、しばらくして光が収まると、フキの姿は消えていた。

セフィロスも正宗を構え直すが、すでにフキの姿はどこにもない。セフィロスは忌々しげに舌打ちをした。
クラウドは呆然としていたが、すぐに我に返る。


−−ガウナは無事なのか? 生きているのか?
クラウドは急いでフキがいた場所に近付くが、そこには誰もいない。だが、その代わりに、地面の上に一枚の紙が置いてあった。
クラウドはその紙を手に取る。



『クラウドへ フキは無事だ。心配するな。
必ず、みんなのところに戻すから。
それまでは、セフィロスの言葉に耳を傾けるな。フキはトモダチなんだ。頼んだぞ!』


手紙を読み終えた後、クラウドは空を見上げた。
フキの身に何が起こったのかはわからない。でも、絶対に生きていてくれるはずだ。
そう信じて、クラウドは仲間達の待つ場所へと急いだ。









フキは意識を取り戻したあと、恐る恐る瞳を開ける。そこには、心配そうに自分を見下ろすエアリスの姿があった。
エアリスはフキの顔を見るなり、安堵したような表情を浮かべる。


「よかった……だいじょぶ?」


エアリスはフキに抱きつくと、そのまま泣き出してしまった。エアリスに抱きしめられたまま、フキは困惑した表情を浮かべる。

−−いったい、どういう状況なんだ……? なぜ、自分は助かったのだろうか。
あの時、確かに死んだと思ったのだが……。


「クラウドを見送った後、急にガウナの口と胸から血が出てきてね……」


ティファの話によると、フキの身体から突然、大量の血が噴き出したらしい。
エアリスが慌ててフキに回復魔法をかけたが、意識だけが戻らず、しばらくの間は生死の境を彷徨っていたという。
ティファがクラウドのいる方角に、視線を向ける。


「クラウドが、あの空間からここまで運んでくれたんだよ」


ティファに言われ、フキはクラウドの方に顔を向けた。クラウドはこちらに向かって走って来る最中だった。
フキは慌てて起き上がり、クラウドに頭を下げる。


「ごめん……足手まといになりっぱなし……」

「そんなのはどうでもいい!!もう大丈夫なのか!?」


クラウドに問われ、フキは戸惑いながらもうなずく。


「お、おう……」

「……あんたを足手まといだとは思ったことは一度もない。……セフィロスには、逃げられた。あんたの仇を討てなくてすまない」


クラウドはぶっきらぼうに言い放つ。フキは首を横に振った。

クラウドが気に病む必要はない。
むしろ、ニブルヘイムの件の時点で自分はセフィロスと袂を分かち、その後、セフィロスに殺されかけたのだから。でも、こうしてクラウドが自分のことを気にかけてくれていることが何よりも嬉しかった。


思わず涙腺が緩みそうになったが、ぐっと堪える。
泣いてる場合じゃない。今は、自分にできる精一杯のことをしよう。

セフィロスを退けた今、世界が救われたという確信はどこにもないが、少なくともクラウド達は、セフィロスを倒すために旅を続けるだろう。
この先、どんな困難が待ち受けていようとも、きっと乗り越えられる。

−−俺は、こいつらを信じたい。
フキは心の中で呟くと、気持ちを切り替えるために深呼吸をする。


「みんなに迷惑かけておいてあれだけどよ……これからどうする予定なんだ?」

「どっちへ行けばいいんだろう……」


ティファの問いかけにエアリスは困り果てた様子で、辺りを見回す。
しばらくすると、クラウドが口を開いた。そして、おもむろに自分の手にあった一枚の黒い羽根を取り出す。

クラウドは少し考える素振りを見せると、意を決したように口を開く。


「セフィロス……あいつがいる限り、俺は……」

「でも、倒しただろ?」


バレットが尋ねると、クラウドは静かに頭を横へ振った。


「追いかけよう」

「……!」


エアリスの言葉に、クラウドは息を呑んだ。


「大丈夫」


エアリスは自信ありげにうなずいた。
クラウドはしばし考え込むと、やがて覚悟を決めたのか小さくうなずく。


「私も行く」

「追跡ならば、鼻が必要だろう」

「~~っ、オレも行くぜ!あいつは星を壊すつもりなんだろ。星の敵は、アバランチの敵だ」


レッドXIIIとバレットも同行すると言い出し、結局、全員でセフィロスを追うことになった。クラウドは、フキにも確認を取る。


「約束、してたからな!」


フキはクラウドの目を真っ直ぐ見つめると、力強くうなずいて見せた。
クラウドはそれを見て安心したのか、表情を和らげる。


「あっ……」


その時、エアリスが小さく声を上げた。クラウド達もそれに反応し、一斉にエアリスの方を見る。


春雨のような雨が、ポツポツ顔に落ちて来る。エアリスは空を仰ぎ見た。
灰色の雲に覆われた空は、重苦しく淀んでいる。
まるで、彼女の心を表しているかのようだ。
エアリスは眉根を寄せ、不安そうにつぶやく。


「空、きらいだな……」


ふっと息をつくと、エアリスは前を歩く仲間達に、視線を戻した。フキはそんなエアリスの後ろ姿を、じっと見つめている。
エアリスの呟きが聞こえていたのだ。

エアリスは、自分が何を言ったかなんて気づいてなくて、ただ漠然とした思いを口にしただけだった。
けれど、エアリスが呟いた言葉が、エアリスが今、どんな気持ちでいるかを物語っているようで、フキは切なくなった。


−−エアリスはきっと、ザックスのことを……。
フキがぼんやりとそんなことを考えながら、歩き出そうかと足を動かそうとした瞬間だった。


「ザックス……?」


フキは思わず足を止めた。
目の前から見知った顔が、歩いてきたからだ。


黒髪のチクチク頭に、左頬の十字傷。ソルジャーの証である魔晄の色をした瞳を持つ青年。そして青年の隣にいるのは、クラウドだった。

クラウドは、クラウドでも、フキが知っているクラウドではなかった。
顔つきが、違う。クラウドの表情は、見たことがないほど意識が混濁している。
その眼差しは、フキに向けられることはなかった。


「ザッ−−」


ザックス、と呼びかけようとした瞬間、二人の体はフキをすり抜けて、消えた。
何が起きたか理解できず、呆然と立ち尽くした。
やがて、ザックスとクラウドの体はミッドガルの街に溶けていくように消えていったのだと確信し、声にならない叫びをあげた。


(なんでだよ……!ザックス!!)


二人が消える瞬間を見たわけではないが、クラウドとザックスが目の前で消えたということは、どこか違う世界線に帰ったということだろう。
そして、その行き先がどこなのかは、きっと想像通りに違いない。それは──。


「フキ?」


突然、声をかけられてフキはハッとした。いつの間にいたのか、エアリスが不思議そうな顔をしながらこちらを見ていた。

エアリスの隣にはクラウドもいた。
二人はフキの顔を覗き込みながら、大丈夫?と聞いてきた。

エアリスが心配そうに見つめている。クラウドは何か言いたげな表情を浮かべていた。
二人のその様子は、フキのことを心の底から気にかけているような態度だった。


しかし、今のフキにとっては、二人の姿は痛々しくて見ていられなかった。フキは咄嵯に目を逸らした。


「なんでもない。行こう」


フキは二人を急かした。早くこの場所から離れたかった。
クラウドとエアリスは、一瞬だけ戸惑う様子を見せたが、何も言わずにフキの後を追った。





~~第一部・完~~




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