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クラウド達が研究施設内の階層を駆け上がっていくと、最上層の中央には巨大なポッドが設置されていた。
目を凝らすと、ポッドの中の生物の頭部にはプレートが張り付けられており、《JENOVA》と書かれている。
化石と化した人間の女の胴体ような生物で、体の半分以上が機械のケーブルかカテーテルに繋がれていた。
手足も頭部も無いその体は、一見すると生きているのか死んでいるのか分からないほどだった。
(気味悪りぃな……。でも、どっかで見たことあるような……)
その不気味な姿を眺めながら、フキは記憶を探る。しかし、フキの知る限り、こんな生物はいなかった。
いや、そもそもフキの知っている生物なのかさえ怪しい。フキの知らない未知の生命だとしても、不思議ではない。
フキがそんなことを考えていると、バレットがポッドの中の生物に気付いた。そして、その異様な姿に顔をしかめる。
「なんだ、ありゃあ……」
エアリスは、その姿を見て思い当たる節があるようで、いかにも忌まわしそうな顔つきをしていた。
彼女は、その生物の名を口にする。
「−−ジェノバ」
その名前を聞いて、クラウドは目を大きく見開いた。
「ぐっ……ぅ……!」
エアリスの口からその名を聞いた瞬間、クラウドの頭に激痛が走った。
それは、今までの頭痛とは比べ物にならないほどの痛みだった。思わず、膝をついてしまいそうになる。
クラウドは、額を押さえて耐え凌いだ。
その様子を見ていたティファが、心配そうに声をかける。
「クラウド?」
「どこかで休むか?」
フキはクラウドに近づき手を差し伸べようとするが、ティファの異変に気付いて途中で止めた。
ティファは、青ざめた表情をして、自分の身体を抱きしめるように震えていた。
「おい、ティ……」
フキは言い終わる前に、ティファから視線を外した。
(−−そんな、まさか)
ティファの視線の先を追うように、フキは振り返った。
そこには、ジェノバと呼ばれた生物ではなく、別のものが佇んでいた。
長い銀髪をなびかせる、筋肉質で背の高い青年。
黒いコートに身を包み、左手には長刀を携えている。その男は、ゆっくりとクラウド達を見返した。
クラウド達の前に現れたのは、セフィロス。
そのセフィロスは、クラウドと目が合うと、ふっと笑みを浮かべた。
クラウドは、頭の中で何かが崩れるような音がした気がした。
「うわぁああ!!」
クラウドは絶叫しながら、セフィロスに向かっていった。
剣を振り上げ、渾身の一撃を放つ。
「感動の再会だ」
セフィロスはその攻撃を簡単に受け止めると、クラウドごと剣を振るって吹き飛ばした。
同時に、フキ達の足場をも切り崩し、下のフロアへと落下させる。
「きゃあああ!?」
「くそぉおお!!なんでこう、毎回落ちるんだよぉッ!!」
女性陣やバレットの悲鳴を聞きながら、セフィロスはクラウドを見下ろした。
その瞳は、無機質なものを感じさせるほどに冷たい。虫けらを見るような目だ。
「そうは思わないか?−−フキ」
セフィロスはそう言うと、背後の培養ポッドに身を潜めていたフキへ視線を向けた。フキは、苦々しい表情で舌打ちをする。
やはり、この男は自分が落下に巻き込まれていなかったことに感づいていたのだ。
おそらく、あの時自分がクラウド達を助けようとしなかったことも。だが、今はそんなことはどうでもいい。
それよりも、セフィロスに怒りをぶつけたい衝動が沸き起こる。
フキは、怒りのこもった声で叫んだ。
「−−何が感動の再会だ!!ふざけんなよ、クソ野郎が!俺がっ……俺がどれだけ、あんたを慕っていたと思ってる!?」
「…………」
「それなのに、どうして今さら現れるんだ!俺は……ずっと、あんたが帰ってくるのを待ってたのに!!」
フキは、言葉の途中で涙声になっていた。
それを聞いていたセフィロスは、フキの言葉に眉一つ動かさないまま、口を開いた。
「お前は何か勘違いをしているようだが、私はお前の師ではない」
「えっ……」
フキは、一瞬何を言われたのか理解できなかった。目の前の男が言った言葉を反すうすると、次第に頭が真っ白になっていく。
フキが呆然としていると、セフィロスは淡々と続けた。
「お前の目の前にいるのは、ただのコピー体に過ぎない」
「……なん、だって?」
「本物のお前の"セフィロス師匠(せんせい)"は、北の大空洞にいるぞ」
その口調は、感情を感じさせないものだ。それが、余計にフキの怒りを増幅させた。
フキは、奥歯を強く噛み締める。
「……ふざけんじゃねぇ!!」
フキは叫ぶと同時に、刀剣を抜いて斬りかかった。
フキは、何度も連続の斬撃を叩きつけた。
「じゃあ、お前はセフィロス師匠の意思で動いてるっていうのか!?俺の師匠が、この世の全てを苦しめる敵だなんて、嘘をつくな!!」
しかし、セフィロスは涼しい顔で全てを受け止める。
そして、おもむろに右手でフキの首を掴んだ。
「ぐがぁっ……!?」
フキは必死にもがくが、ビクともしない。
息苦しさの中、セフィロスの無慈悲な瞳を見た瞬間、フキの脳裏にニブルヘイムでの記憶が蘇ってきた。
フキがソルジャーを目指していた頃、ソルジャーになった後も、憧れの英雄だったセフィロスの姿があった。彼は優しくて強い人だった。
だから、自分も強くなって彼のようなソルジャーでありたいと思っていた。
けれど、セフィロスは突然豹変した。
きっかけはわからないが、ニブルヘイムで何かあったのは、明らかだ。
セフィロスの人格はそこで崩壊した。
冷酷で非情になり、ソルジャーとしての誇りすら捨ててしまった。
その姿を見て、自分は絶望した。あんな人に憧れていた自分を恥じた。
それでも、セフィロスに対する尊敬の念は消えなかった。
だからこそ、セフィロスの影を追って、ここまで生きてきたのだ。
その想いを、目の前の男は踏みにじった。フキの目から、大粒の涙が流れ落ちる。
「お前が望むなら、昔のように師弟ごっこでもするか?フキ」
セフィロスはそう言って、冷たく笑みを浮かべた。
その笑顔を見て、フキの心の中にあった何かが音を立てて崩れ去った。もう何も考えられない。
ただ、この男への憎悪だけが胸の中で渦巻いている。
「くそぉおおお!!」
フキは叫び、最後の力を振り絞ってセフィロスの腕を切り裂いた。
その隙をついて、セフィロスの手から逃れたフキは、クラウド達が落ちていったフロアへ、身投げした。
セフィロスはそれを追うでもなく、微塵も動揺していないようだった。フキは、怒りで震える唇を開くと叫んだ。
「俺は、絶対に、あんたを倒してやる!その時まで、首を洗って待っとけよ!!クソ師匠!」
自分の中に生まれた感情を全て吐き出すように。フキは、そのまま落下していった。
セフィロスはしばらくフキを見つめていたが、やがて興味を失ったかのように視線を逸らすと、ゆっくりと歩き出す。
「私を倒す、か……。それは、無理だろうな」
セフィロスは、誰に聞かせるとでもなく呟いた。
「お前は、私の足元にも及ばない。せいぜい足掻いてみることだ」
そう言うと、セフィロスはその場を後にした。
◆
フキは、暗闇の中に落ちていく感覚を覚えながら、ひたすら思考を巡らせていた。
あの時、自分がもっと早く動けていれば、こんなことにはならなかった。俺が、弱いばかりに。
後悔の気持ちが押し寄せてくるが、今さらどうしようもない。
せめてもの償いとして、ザックスとの約束だけは果たしてみせる。
そのためには、まず、みんなのところに戻らなければ。
フキは意識を集中させると、全身全霊の力を込めて、勢いよく地面に着地する。同時に、身体中に激痛が走った。
「ぐぅう……!!ってえぇ~~!」
思わず悲鳴をあげそうになるが、なんとか堪える。すぐに気を取り直して、フキは走り出した。
今は、とにかく上を目指すしかない。
だが、どこに向かえばいいのか見当もつかない。途方に暮れていると、不意に後ろの方で物音が聞こえた。
振り返ると、そこには見知らぬ女がいた。年齢は20代後半くらいだろうか?
スペアミントカラーの髪を胸まで伸ばして、レモンイエローの瞳をした女だった。
服装はチューブトップの上に、白衣を羽織っており、ミニのタイトスカートといった感じの露出度の高い服を着た、研究者か女医のようにみえる。
「な、なんだよ!おまえ!?」
「それはこっちの台詞よ」
突然現れた謎の女性に警戒していると、女は呆れたように言った。
そして、おもむろにポケットから何かを取り出す。取り出されたものは、カードキーのようなものだった。
それを今しがた出てきた出入り口にかざすと、機械音を立てて、扉が開く。すると、今度はフキに向かって手を差し伸べてきた。
「来て」
小声だったが、はっきりとした口調で告げられる。
その意図がわからず、フキは一瞬躊躇ったが、他に選択肢がない以上、大人しく従うことにした。
二人はそのままフロアを出て、先ほど入ってきた場所とは別のエレベーターに乗り込んだ。無言のまま最上層に向かう。
その間、フキはチラリと隣にいる女の様子を窺った。
表情は相変わらず険しいが、敵意は感じられない。
それにしても、綺麗な人だと思った。
スペアミントカラーの髪はサラサラで、レモンイエローの瞳は吸い込まれそうなほど透き通っている。
顔立ちは整っていて、鼻筋が通っているのに、唇は薄くもなく厚くもない絶妙のバランスを保っていた。
化粧っ気はなく、服装も白衣を纏っているだけの簡素な格好をしているのだが、それが逆に彼女の魅力を引き立てていた。
(なんつーか……顔?姉上に似てる気がすんだよなぁ)
ふと、視線に気づいたのか、彼女がこちらを向いた。
目が合うと、彼女は不機嫌そうに眉根を寄せた。
(やべぇ、見過ぎたか?)
フキが謝ろうとすると、先に相手が口を開いた。
「私の顔になんかついてる?」
「い、いや、別に……」
「……あなた、名前は?」
「ガウナ・ヴァレンタイン」
フキは咄嗟に偽名を名乗った。すると、女は目を丸くした。
しかし、すぐに元に戻り、フキに問いかける。
「それ、本名じゃないでしょ?」
「敵かもしれない奴に、本名なんて名乗れるわけねーだろ」
フキは肩をすくめてみせた。
「それもそうよね」
意外にもあっさり納得する。
拍子抜けしていると、彼女はフキに訊ねた。
「それで、どうしてあんなところにいたの?」
「あんた、会社で何が起こったのか、知らないのか!?」
「薄々は。何か起きてるなーって思ってたけど、仮眠の方が大事だったから」
あっけらかんとした様子で答える。
「はあ!?おまっ、えっ、命より睡眠取るのかよ!?」
思わずツッコミを入れてしまう。
だが、女は特に気にしていないようで、淡々と話を続ける。
「私はリム。宝条の助手をやってるの」
リムと名乗った女は、フキの反応を無視して自己紹介をした。
それから、エレベーターが最上層のフロアに到着するまでの間、二人で状況の確認をし合った。
確認といっても、フキがここに来るまでの話をリムが聞いているような形になっていた。
「神羅にド派手な喧嘩を売っておいて、よく生きてられたわね」
感心したように呟くリムに、フキは不貞腐れた顔をしてみせる。
確かに、普通なら死んでいてもおかしくなかっただろう。
ただ、自分が助かったのには、ちゃんと理由がある。
フキが口を開こうとしたとき、チンッと音が鳴って、エレベーターの扉が開いた。
そして、目の前に広がる光景に、二人は息を飲む。
そこはまさに地獄絵図といった様相で、辺り一面、血の海らしきものが広がっていたのだ。
「なんなんだよ……これ」
思わずそんな言葉が口から漏れ出る。リムもあまりの惨状に絶句していた。
しかし、いつまでもこんなところで突っ立っている訳にはいかない。意を決して、中へと足を踏み入れた。
その時だった、真横から声をかけられたのは。
「フキ!無事だったんだね!!」
「エアリス!?」
振り返るとそこには、心配そうな表情を浮かべたエアリスの姿があった。
どうやら、クラウド達とも無事に合流できたようだ。ホッと胸を撫で下ろす。
「クラウドもティファもいるし、みんな大丈夫そうだな」
「うん」
フキの言葉に、エアリスが力強く返事をする。
すると、今度はクラウドが口を開いた。
「あんたはあの時、落ちなかったのか?あの高さから落ちた割には、怪我がないようだが……」
その問いに、フキは苦笑する。
「まぁ、色々あってさ……。詳しい話は後で話すよ。それよりも今は……」
「どうなってやがる!?」
フキが言いかけた言葉を遮るように、怒号が響いた。その声の主は、バレットだ。
彼は辺りを見渡しながら、怒りに満ちた声で叫ぶ。
その様子に、只事ではない何かが起きたことは、容易に想像がついた。
そこで、フキはハッとする。
ほんの少し前まであった、ジェノバの培養ポッドが跡形もなく消えているのだ。そのことに、嫌でも気付かされた。
「誰が……」
「行き先は同じか……行こう」
レッドXIIIがそう呟くと、クラウドが皆を促す。
そして、クラウド達はジェノバの血痕を辿って奥へと進んでいった。
その後ろ姿を見ながら、フキはレッドXIIIの後に続こうとしたのだが、ふと視線を感じて後ろを振り返る。そこには、クラウドが立っていた。
目が合うなり、クラウドはフキに声をかけてくる。
「あんた……」
クラウドの表情が一瞬曇ったように見えたが、すぐに元に戻り、クラウドは踵を返して歩き出した。
フキはクラウドの背中を目で追いつつ、彼の言葉の続きを待ったが、結局は何も言わず、そのままクラウドは立ち去ってしまった。
(最近、頻繁に疑われやすいことしまくってるよな……。ってか、リムのやつ、いつの間にかいなくなってやがるし)
今のクラウドの態度が気になるものの、今はそんなことを考えている暇はない。早く、クラウド達の後を追いかけなければ。
フキは足早にクラウド達の後を追った。