30



ミーティングフロアの通路へ出たクラウド達の前に、宝条が現れた。
彼は、クラウド達に気づくことなく、そのまま通り過ぎていく。クラウド達は、素早くその後を追った。


しばらく歩いていると、前方に大きな機械が鎮座している部屋へと辿り着いた。
次々と、フロアを移動していく宝条に追いついたバレットが、部屋の中に入る直前で、宝条の背中にガトリング銃を突きつける。


「動くな!」

「あ?」


後ろを振り向かせると、鋭い眼光で彼を見据えた。


「聞こえなかったのか?」

「なんだね?」


宝条はバレットの存在に気がつくと、怪しげな笑みを浮かべた。
その余裕な態度に、違和感を覚えたフキは腰に携えている剣に、手を添えた。だが、クラウドがそれを制止する。


「ここじゃなんだからよ、仲良く中へ入ろうか」


バレットは、宝条の肩に腕を回した。
それを聞いた宝条は、ニヤリと笑うと抵抗することなく、前へ進む。
そして、クラウドとティファ、フキも後に続いた。

中へ入ると、いくつものモニターがカプセル状の容器や機材があり、まるでSF映画に出てくるような光景が広がっていた。


「君たちはあれだろ。ナントカいう犯罪組織だろ?」


宝条は、平然とした口調で言う。
バレットは宝条の肩口に、ガトリング銃を押し当てて威圧するが、宝条はまったく動じない。


「それなら、ここに用はないはずだ。……プレジデントは上だ」


宝条の一言に、バレットが反応を示した。


「うるせえ。とっとと歩け」


しかし、すぐに冷静さを取り戻すと、宝条と共に部屋の奥にある階段へと向かった。
階段の手前まで来ると、宝条が足を止める。


「目的を言いたまえ」

「仲間を解放してもらおうか」

「仲間?」

「エアリスはどこだ?」


バレットの問いに、宝条は不敵な笑みを浮かべる。
宝条はバレットの言葉を無視して、話を続けた。


「ほう、彼女の知り合いか~~。それはそれは。なるほど。ということは、つまり−−」

「なにぶつくさ言ってやがる!」


バレットは、我慢ならない様子で怒鳴り声を上げた。
それでも宝条は、話をやめない。


「いやね、君たちが死んだら……彼女はどんな顔をするかな、と思ってね」


そう言うと、宝条は何事もなかったかのように階段を上り始めた。
バレットは、その背中に銃口を向けようとするが、クラウドが止める。すると、どこからともなく現れたモンスターが、クラウド達の行く手を阻む。


「あいつ……!実験サンプルのモンスターを放ちやがったぞ!!」


フキが怒りの形相で振り返ると、宝条は既に上の階へと姿を消していた。クラウドが、険しい表情を見せる。
外見が人型のグロい実験生物が、クラウド達に襲いかかってきた。


クラウドは、バスターソードを構えると、モンスターに斬りかかる。他の三人も、それに続いた。
戦いの最中、バレットがガトリング銃を乱射して、モンスターを吹き飛ばす。
だが、次の瞬間に実験サンプル:H0512は、左手から紫色の煙を正面から噴出し、バレットの動きを封じた。


「なんだ!?」

「バレット!」


フキが叫びながら、バレットの元へ駆け寄る。
クラウド達も、彼の元へ向かう。


「くそっ!動けねえ」

「ガウナ、バレットを頼む」

「任せとけ!」


フキは、バレットに肩を貸すと、そのまま後方に下がった。クラウドは、再び前方を見据える。

目の前には、不気味な姿形をした実験生物がいる。
クラウドは、大きく息を吐いた。そして、バスターソードを構え直した。


「来い」


クラウドは、敵を挑発する。
その言葉に反応して、サンプル:H0512はクラウド目掛けて突進してきた。


「クラウド、危ない!!」


ティファが叫んだ。
しかし、クラウドは微動だにしない。


「はあっ!!!」


クラウドは、迫りくるモンスターを一刀両断にした。その後、彼は素早く周囲を確認する。
近くには、もう敵の姿はなかった。
バスターソードを背に収めて、クラウドは胸を撫で下ろす。


「おい、宝条を追うぞ」


バレットが、三人に声をかけてきた。ティファとフキは、無言でうなずく。
彼らは、急いで階段を上っていった。


ロフト部分に到着すると、そこは殺風景で何もない空間だった。
部屋の中央に大きなカプセルがあり、その中にはエアリスがいた。


「エアリス!」

『クックックッ……感謝するよ。君たちのおかげで有益な戦闘データが取れた』


宝条が、スピーカー越しに話しかけてくる。


「ずいぶんと余裕じゃねえか!」


バレットは、ガトリング銃を宝条に向ける。
それを押さえ止めるように、クラウドが口を開いた。


「エアリスを返してもらおう」


宝条はクラウド達の態度に、満足そうな笑みを浮かべる。


「返す?返すとは?私の記憶が確かなら、彼女は自分の意思で来たはずだが……それともなにか?彼女は君の所有物なのかね?」

「マリンを使って脅したからだろうが!!」


バレットが怒鳴る。
宝条は、わざとらしく驚いたような素振りを見せた。そして、首を左右に振る。


「……おい、宝条。前にも言ったよな?"ヒトをモルモット扱いするな"って」


フキが、静かに呟いた。その瞳は、怒りで燃え上がっている。
宝条は、フキの方へ顔を向けた。

何かを思い出したかのように、ポンと手を打つと、不気味にも思える笑顔でフキを嘲笑った。


「おまえ……ガウナ・ヴァレンタインか?いや、その骨格的に男だから……息子か何かか?」

「!?」


フキの体が震え出す。
バレットとクラウドは、フキの様子を怪しげに見つめていた。

宝条は、フキを指差しながら言う。


「まあ、いい。どうせ、この女もアレと同様に、私の実験材料になる予定だったんだ。せいぜい、無駄に足掻いてみるんだな」

「なっ……母さんを!?」


フキは叫ぶと、宝条のいる方向へ走り出した。だが、その時だった。

宝条は、左手を上げる。
すると、物陰に潜んでいた複数の神羅兵が、フキの行く手を阻んだ。


「どけえぇ!!」


フキは、神羅兵をなぎ倒そうと試みるが、多勢に無勢で身動きが取れない状況となった。
神羅兵は、機関銃やロケットランチャーでフキを攻撃し始める。

バレットが、ガトリングガンを乱射して援護するが、それでもフキへの攻撃の勢いは弱まらない。


「くそっ!!」

「ガウナ!」


クラウドは、フキの元へ駆け寄ろうとするが、神羅兵によって阻まれてしまう。


「邪魔をするんじゃねえ!!」


バレットは、神羅兵の群れに向かってガトリング銃を撃ち続けた。
しかし、彼の攻撃に怯むことなく、神羅兵は攻撃をしかけ続ける。

逸れ玉が命中したバレットの肩から、血が滲み出始めた。バレットの動きが鈍くなる。
その隙に、神羅兵がバレットに襲いかかってきた。


「うおっ!?」


バレットは、咄嵯に後ろに下がる。
だが、後方にも別の神羅兵が迫ってきていた。

逃げ場を失くした絶体絶命の状況の中、バレットはニヤリと笑う。


「魔を灰燼と為す激しき調べ……ヴァ ネゥ ヴァ レィ ヴァ ネゥ ヴァ ズェ レィ……」


フキが詠唱と歌唱を始めた途端、神羅兵達に17本の光の束が落とされる。
光を浴びた神羅兵達は、一瞬にして黒焦げになった。


「計算を間違えたみたいだなぁ!」


フキとバレットは、これを狙っていたのだ。
フキは、魔法でバレットを守りつつ、自身は剣で敵を薙ぎ払っていく。
クラウドは、クラウドでバスターソードを振り回し、次々と敵を倒していった。ティファも負けじと、格闘技を駆使して戦っている。

クラウド達が優勢に戦いを進めている中、宝条は高みの見物をしていた。


「ふーむ。未知の要因があるのか、まあ、いい。増援は手配済みだ」

「残念だな。間に合わない」


宝条は再び、クラウドの方へ視線を移した。すると、宝条の目つきが変わる。


「その瞳、ソルジャーか?」


クラウドは、宝条を見据えながら答える。


「? ああ」


宝条は口角を上げ、不気味な笑みを浮かべた。


「いや、違う。思い出したぞ……!私の記憶違いだったな。おまえはソルジャーでは……」


宝条が言いかけた瞬間、どこからか黒いローブの幽霊が飛んできた。
それは、宝条の横を通り過ぎる。そして、宝条の腕に巻きついた。


「なんだ、これは!?」


宝条は、黒いローブの幽霊達を外そうとするが、なかなか離れない。
宝条は幽霊達に引きずられ、その場を去っていった。


「くそ!どうなってやがる」


幽霊達が消えたことで、宝条の気配も消えている。


「クラウド!」


エアリスが、檻越しにクラウドへ声をかけてきた。


「バレット」

「わかったよ、下がってろ」


クラウドはバレットに声を掛けると、ガトリング銃でエアリスが入っているカプセルを破壊した。
エアリスは解放されると同時に、震える声で言う。


「来てくれたんだ……!」


エアリスは、涙ぐんでいた。


「ああ」


クラウドはエアリスの手を握る。
エアリスは、クラウドの手を握り返した。ティファも駆け寄る。


「エアリス」

「ティファ!」


二人は抱き合った。
再会を喜ぶ三人の横で、フキは微笑んでいる。

感動の再会もつかの間、増援の神羅兵がやってきた。


「ったく、邪魔すんなよなぁ!!」

「マリンは元気だ、ありがとうよ!」

「話はあとだ!」


クラウド達は、戦闘態勢に入った。
バレットとフキが先頭に立ち、敵の攻撃を防ぐ。
クラウドは、バスターソードを構えて敵陣に突っ込んだ。
数は少ないものの、神羅兵の武器や装備は一級品であり、油断はできない。

だが、クラウドにとっては造作もない相手である。
敵の攻撃を軽々とかわし、バスターソードで斬り伏せていく。
神羅兵達が怯んだ隙を見て、バレットがガトリング銃で連射し、撃ち漏らした敵をフキが魔法で一掃する。
フキの援護を受けながら、クラウドはバスターソードで敵を次々と薙ぎ倒していった。


しばらくすると、敵兵は全滅していた。
クラウド達は、ひとまず落ち着くことができた。
ティファが、息を整えながら言う。


「エアリス、大丈夫?」

「うん、ありがとう」

「よかった」

「ここから出るぞ」

「だな」


クラウド達は、エアリスを連れて部屋を出ることにした。

部屋の外へ出ようとしたところで、赤い狼のような獣が姿を現す。
赤狼は、素早い動きでクラウド達の間合いへと回り込む。


(来るか……!?)


フキは、身構えた。しかし、赤狼は、クラウド達に襲いかかることはなかった。
それどころか、どこかへ行ってしまった。

クラウド達は、疑問に思う。
なぜ、襲ってこなかったのか。


「なんだ?ありゃ」

「行かなきゃ……!」


すると、エアリスが何かを思い出したかのように、突然、言い出した。
まるで、自分の中から誰かが話しかけてきているかのような様子で。エアリスは、走り出す。


「おい、どうしたんだよ!?」

「エアリス?」

「どうなってる?」

「追いかけよう」


クラウド達も後を追った。
通路を走っていると、前方には管制ブリッジが見える。その先には、エレベーターがあった。


エアリスは、そのエレベーターに体当たりしていた赤狼を見つけると、足を止めた。すると、赤狼は振り返り、クラウド達を睨みつけた。
そして、赤狼はクラウド達を警戒しながら、ゆっくりと近づいてくる。


「ああ?やんのかよ!」


バレットは、ガトリング銃を構えた。
クラウドとフキも、それぞれの武器を手に取る。彼らが臨戦態勢に入ると、エアリスは、クラウド達の前に出た。


「待って!この子は大丈夫」

「けど、エアリス!」

「お願い」

「……」


フキとクラウドは、渋々武器を下ろした。バレットとティファも同じ反応をする。

エアリスは、赤狼に近づいた。
彼女は真っ直ぐに赤狼を見つめ、そっと手を差し伸べた。それは、不思議な光景だった。


エアリスと赤狼の間には、目に見えない絆があるように見える。すると、赤狼は頭を撫でられ、大人しくなっていった。
フキは、そんなエアリスの行動に驚いていた。


「……なんなんだよ、こいつ」

「興味深い問いだ」

「はぁっ!?」

「しゃべった?」


赤狼が喋ったことに、クラウド達は驚いた。
クラウド達は警戒心を強めて、再び身構える。


「私とは、なにか。見ての通り、こういう生き物としか答えられない」


赤狼は、落ち着いた声で答えた。
少ししゃがれた、渋い声だ。


「なんの種族か~~、とかぐらいは説明できんだろ!」

「話したところで、お前に理解できるとは思えんが?」

「なんだとぉ!?」


フキは、赤狼の言葉にムッとした。


「あれこれ詮索せずに受け入れてもらえると、助かる」


赤狼はそう言って、クラウド達に頭を下げた。フキは納得できないようだが、バレットは気にしていない様子である。

クラウドは、バスターソードを背中に収めた。
ティファは、赤狼に声をかける。


「XIII?」


すると、赤狼はクラウド達のほうを向く。


「"レッドXIII"。宝条がつけた、型式番号だ」

「じゃあ、本当の名前はなんていうの?」

「……」


ティファの質問に対して、レッドXIIIは何も言わなかった。おそらく、教えたくないのだろう。

宝条が逃げていったエレベーターの扉が気になるのか、レッドXIIIはそちらのほうを見ていた。
クラウドは、レッドXIIIを気遣うように言った。


「逃げられたか……」

「あの野郎、どうする。追いかけるか?」


バレットは、クラウドに訊ねてきた。
クラウドが考え込んだかと思えば、すぐに頭痛に襲われた。


「おい、クラウド?」

「……う……ぁ……」

「クラウド!」


フキは心配して、声をかけた。しかし、今のクラウドには聞こえていないようである。
クラウドの様子を見たティファは、不安そうな表情をしていた。


「クラウド、止まれって!!」


フキは、クラウドの腕を掴む。
それどころか、クラウドはひたすらに前進しようとした。
バレットとティファも、止めようとする。
だというのに、クラウドの足取りは重くならず、むしろ速くなっていく。やがて、クラウドの視界から、仲間のの姿は消えてしまった。


目の前には、エレベーターの扉。
クラウドは、エレベーターの扉にぶつかると、そのまま床に倒れてしまう。


「「クラウド!」」


エアリスとティファが駆け寄ると、クラウドは苦しそうに息を荒げていた。まるで、誰かに取り憑かれているかのように……。


「俺が運ぶよ……」

「お願い」


フキは、クラウドを抱きかかえる。
バレットは、クラウドの背負っていた大剣を外した。


「休める場所って、どっかにあったか?」

「フキ。わたし、いい場所知ってる。そこ行こ!」

「よし、案内よろしくな。エアリス」

「うん!」


そして、フキはクラウドの体を支えながら、歩き始めた。エアリスとティファは、その後をついていく。
バレットは、クラウドのバスターソードを背負い直してから、三人の後を追った。







フキは、エアリスに案内された場所に驚く。

そこは、エアリスが幼少期に母親と暮らしていた部屋だった。
部屋の中に入ると、フキはベッドの上にクラウドを寝かせた。エアリスとティファは、椅子に座っている。
バレットは、部屋の隅っこで壁にもたれかかって立っていた。


エアリスは、クラウドの額に手を当てる。その手はひんやりとしていた。
クラウドは、まだ目を覚まさない。
呼吸が落ち着いてきたのを見て、ティファはホッとする。


「なあ、エアリス。ここって……」

「わたしの部屋だよ。お母さんと一緒に住んでたの」

「そっか……」


エアリスは、クラウドの顔を覗き込むようにして見ている。ティファは、クラウドの手を握り締めた。
フキは、クラウドの容態が落ち着いたのを確認すると、部屋を出ていこうとする。バレットは、その様子を見つめていた。


クラウドのことが心配だが、今は自分がいても役に立たない。そう判断したのだ。
ティファは、フキに声をかける。


「どこ行くの?」

「探索と見回りしてくるよ。クラウドのことは任せたぞ」

「わかった。ありがと」

「おう」


フキは、ティファの言葉に笑顔で応えた。

レッドXIIIは、フキについていくことにしたようだ。
レッドXIIIがついてくることに、皆は特に反対しなかった。
フキとレッドXIIIは、廊下に出た。


二人は、黙ったまま歩いている。
沈黙に耐えられなくなったのか、フキが先に口を開いた。


「おまえさ~~。なんで神羅に捕まったとか、どうして俺達について行こうと思った、とか、話さねーの?」

「…………」


レッドXIIIは、相変わらず無言のままだ。
フキはめげずに、レッドXIIIに話しかけ続ける。


「まあいいや。俺はフキ・フォン・ファブレ。大した事情じゃねーけど、それがあって、エアリス以外のみんなにはガウナって呼んでもらってる」

「……」

回しかし、レッドXIIIは答えようとしない。
フキは、頭を掻いた。

この獣とは、なんとか意思疎通ができないものだろうか?
フキが困っていると、レッドXIIIは急に立ち止まる。


「どうした?」

「クラウド、と言ったか?あの男が目を覚ましたらしい」

「ああ……うん、みてぇだな」

「お前、知っていたのか?」


レッドXIIIは、意外そうな表情を浮かべている。フキは、苦笑しながら肩をすくめた。


「おまえに話しても仕方のないことだと思うし、理解できないと思う」

「……」

「とにかく、行ってみるか」


−−先ほどの意趣返しか、今度はフキがレッドXIIIの質問を無視して、歩き出した。







フキとレッドXIIIが戻ってくると、クラウドは上半身を起こしていた。

フキは嬉しそうに笑うと、クラウドにバスターソードを差し出す。クラウドはバスターソードを受け取ると、背負う。


「大丈夫そうだな!」

「すまない、助かった」


クラウドは立ち上がると、部屋の中を見回していた。思わず、エアリスが声をかける。


「お母さんとふたりでね、ここで眠ったんだよ。部屋、あの頃のまま」

「そうなのか……。いい部屋だったんだな、きっと」


クラウドとフキは、壁に描かれた絵を見た。
絵の中には花や蝶のほか、召喚獣や生き物などが色とりどりに描かれてある。エアリスは、懐かしさに目を細める。

フキは、ベッドの脇にある写真立てを手に取った。
そこには、幸せそうな母娘の写真が飾られている。


クラウドは、エアリスと目を合わせた。エアリスは、クラウドに微笑みかける。


「毎朝、お母さんだけが連れていかれて、よく、ひとりで泣いてた」

「……」


エアリスは、胸の前で両手を組んだ。その瞳は、どこか遠くを見ている。
少し離れたところで、その話を盗み聞きしていたフキは、エアリスにかける言葉が見つからず、ただ黙っていた。

クラウドは、エアリスの顔を覗き込こむようにして見る。


「エアリス。脱出の前に、話してくれ。色々あるはずだ」

「やめろよ、クラウド!エアリスの気持ちも考えろよ!」


フキの声が響いた。
クラウドが、フキを制するように腕を伸ばす。


「あんたは黙ってろ。それに後で、あんたにも話して貰うことが山ほどある」

「……」


フキは何も言い返せず、口を閉ざして俯くしかなかった。

クラウドは、エアリスの返事を待った。エアリスは、クラウドの顔を見る。
その顔には、強い決意のようなものが感じられた。


クラウドは、何も言わない。
ただ、じっと、エアリスの言葉を待つだけだ。

やがて、エアリスは静かに語り始めた。それは、短いようで長い物語だった。


「わたしは、古代種の生き残り。それはもう……いいよね?」


クラウドは、無言のままエアリスの言葉を聞いている。
フキは、エアリスの話を聞きながらも、ソルジャー時代のことを思い出さずにはいられなかった。ザックスのことも……。

フキは、二人から視線を外すと壁に寄りかかった。


「あ、古代種っていうのは、神羅が付けた名前ね。本当は、セトラっていうの」

「"我ら 星より生まれ、星と語り 星を開く"、"そして 約束の地へ帰る"」


何の前触れもなく、バレットが呟く。フキは、驚いた表情でバレットを見た。
しかし、バレットは気にする様子もなく、話を続ける。


「"至上の幸福 星が与えし定めの地"」


その話は、フキも初めて聞くものだった。

この世界に生きる者なら、誰でも知っているであろう有名な伝承なのかもしれない。だが、フキはその説話を知らなかった。
バレットの口から出たのは、フキにとって馴染みのない説話だった。


それがどんな意味なのかも、フキにはわからない。しかし、なぜだろう?
フキの心に、不思議と何かが触れた。
まるで、記憶の扉が開いたかのような感覚を覚える。


「すごい!」

「まあな。でも、おとぎ話だと思ってたぜ」


エアリスは、バレットを尊敬の眼差しで見ている。クラウドとフキは、相変わらず無言のままだった。

フキは、自分の心臓の鼓動が早くなっているのを感じていた。
エアリスは、さらに続ける。


「神羅は……ちがう。約束の地、ずっと探してる」

「エアリスは知っているの?約束の地……」


ティファは、エアリスに尋ねた。エアリスは、首を横に振る。
それからも、エアリスは続けた。


「いつか、わかるのかもしれない。でも、今は全然」

「もしわかっても、それは古代種……いや、エアリスの約束の地だ!たとえ魔晄が吹き出す豪勢な場所でも、神羅にはなんの権利もねえ!!」


ティファの質問に答えるように、バレットが叫んだ。その声に驚き、クラウドたちは一斉に振り向く。
フキは、目を丸くした。
バレットは、そのまま言葉を続けていく。


「横取りしようってか?ハッ、性根が浅ましいぜ!」


その瞳には、怒りのような感情が宿っているように見えた。そして、クラウドの方へと向き直る。


「よし。おまえはエアリスを連れて、脱出しろ!オレは連中をひねり潰してから帰る」

「バレット、あのね、ちがうの−−」


エアリスは、何かを言いかけた。しかし、その言葉を遮るようにして、黒いローブの幽霊が姿を現した。


「ったく、なんなんだよ。こいつらは!!神羅製のバケモンか!?」


それを見て、バレットが叫ぶ。
クラウドとフキは、反射的に身構えた。


「"フィーラー"だ」


レッドXIIIが、冷静な声で言った。


「はぁっ!?おまえ、これのこと知ってたんなら教えろよ!」


レッドXIIIの言葉に、フキは思わず突っ込みを入れた。けれど、レッドXIIIは無視をする。


「"運命の番人"という理解が最適だ。運命の流れを変えようとする物の前に現れ、行動を修正する」

「"うんめい"って、運命?」

「言い換えれば、この星が生まれて、消えるまでの流れ」

「その流れは、もう決まっている……そういうこと?」

「ああ。星は力尽きてしまうらしい」


レッドXIIIは、淡々と答える。その答えを聞いて、フキは少しだけ顔をしかめた。
それから、すぐに顔を引き締める。

クラウドは、そんなフキを見ていた。
だが、クラウドは何も言わない。何も言えない。


今、ここでクラウドが何を言っても、フキはきっと答えてはくれないだろうから。なので、クラウドは黙っておくことにしたのだ。
自分とフキには、まだまだ時間が必要だということを知っている。

今は、まだ。
そう思えば思うほど、クラウドの心には焦燥感が募っていく。
フキは、クラウドの視線に気づかないまま、バレットの話しに耳を傾けていた。


「んな、真っ暗な未来に向かって、オレたちを送り込むのか。フィーラーはよ!?……まて、まて、まて。そもそも、なんでおまえはそんなことを知ってるんだ?難しい顔をして、適当なこと言ってんじゃねえのか?」


バレットは、疑問を口に出した。レッドXIIIは、静かに語り始める。


「エアリスが私に触れたとき、フィーラーの知識もそこにあった」

「……それは、エアリスが運命の流れを変えることができるっていうやつに、該当するからか?」


レッドXIIIは、無言のままだ。それを肯定と受け取ったのだろう。
フキは、レッドXIIIの言葉を必死に整理しようとしていた。


エアリスは自分が、運命の流れを変えることのできる人間だということを知っていたのだろうか。
−−運命の番人、フィーラーについて、彼女はどこまで知っているのだろう。

フキは、エアリスを見つめたままだった。
沈黙の中、エアリスの声だけが響く。


「あのね……聞いて!」


その表情は、どこか決意に満ちたようなものだった。
エアリスが言葉を続けようと、口を開きかけたその時だった。フィーラーが、エアリスを包み込んでいった。

エアリスは、意地を立て通すかのように声を上げ続けていた。


「わたしたちの敵は、神羅カンパニーじゃない。きっかけは神羅だけど、本当の敵、ほかにいる」


その声は、静寂の中に響いていった。
フキは、エアリスの声に耳を澄ませた。その声に、バレット達も動きを止める。


「わたし、どうにかして助けたい。みんなを、星を」

「エアリスは、なにを知っているの?」

「今は、迷子みたい。動くほど、道がわからなくなる。フィーラーが触れるたび、わたしのチカラが落ちていく」

「そんな……!」


フキは、愕然とした。
星と大事な人たちを守りたいという願いのために、今まで行動を起こしていたエアリスにとって、自分の行動が無駄だと突きつけられたようなものだからだ。

しかし、それでも、フキは諦めなかった。
フキは、フィーラーに飲み込まれてしまったエアリスの手を取ろうと、手を伸ばす。


「フキ!?」

「あきらめるな!ささやかな希望があるんだろ!?32個も!!」

「……うん。でも……黄色い花が、道標だったんだ……」


エアリスは、小さく呟いた。
その声が、微かに震えているように聞こえたのは、クラウドだけだったのかもしれない。

フキは、エアリスの手を掴んだ。
その瞬間、海が割れるようにフィーラーがフキの周りだけを開けていった。


「なっ!?」


突然のことに、クラウドも驚いている。
エアリスだけが、フィーラーの群れに沈んでいく。


「ガウナ、エアリス!!」


ティファが叫び、すぐにフキとエアリスの腕を掴み、引き上げる。
引き上げられたエアリスは、呆気に取られながらも、ティファに支えられたまま動かない。
フキは、エアリスが無事であることを確認すると、ほっとした様子を見せた。


「サンキューな、ティファ」

「ううん。エアリス、大丈夫!一緒に考えよう」

「うん!」


ティファが元気づけると、エアリスは笑顔を見せる。すると、フィーラーの渦は閉じられ、どこかへ消えていった。
その様子を見たバレットは、安堵のため息をつく。


だが、まだ問題は解決していなかった。フキは、胸騒ぎがしていた。
先ほど、フィーラーはフキに接触してきたものの、一方的に語り掛けてくるだけで、それ以外のことは何もしてこなかったからだ。


『−−私達の為の星が生まれた。星の記憶が、私達のものになる』


セフィロスの声に似ていたが、どこか違う。
まるで、誰かがセフィロスの声色を真似しているかのような違和感があった。その声の残響に、フキは眉間にシワを寄せた。


(なんだ?この感じ)


その感覚を確かめようとした時、轟音とともに地面が大きく揺れ始めた。激しい地震によって足場が崩れていく。
クラウドたちはなんとかバランスを取り、転倒を防ぐことが出来た。


「今のはなに、爆発?」

≪本家アバランチの作戦っス≫


テレビモニターの映像には、市長のドミノとエアリスの家で療養していたはずのウェッジが映っている。


≪屋上まで行ってください!本家のヘリが待機してるッス≫


−−それじゃあ、またあとで! その言葉を最後に、映像は切れてしまう。
クラウド達は、顔を見合わせた。どうやら、ここにいても仕方がないようだ。


「とにかく、行くぞ」


クラウドの言葉に全員が走り出した。




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