29



なにはさておき、クラウド達は63階を目指して進んでいた。



「それにしても……」


ティファは、先ほどの会話を思い返す。


「ガウナにも、色々あったみたいだね」

「ああ……。俺達と出会う前のことはほとんど話さないけどな」

「うん……でもさ、ちょっと意外だったよね?」

「何がだ?」

「ほら、ガウナのことだよ。もっとこう……なんていうか……世間慣れしてない人なのかなって思ってたから」


ティファの言葉を聞いて、クラウドも苦笑いを浮かべる。
確かに、出会った頃の彼はお世辞にも、あまりコミュニケーション能力が高いとは言えなかった。

だが、今は違う。
少なくとも、出会った頃よりはずっとマシになっただろう。
それは、クラウド自身も実感していた。
そして、それは彼自身の成長だけではなく、彼を取り巻く環境の変化もあったのかもしれない。


「そうだな。でも……変わったのは、あいつだけじゃないってことだろ」


クラウドとティファがそんなことを言い合っているうちに、エレベーターホールに到着した。
都市開発部門のオフィス内では、電話機鳴り響いていた。
電話対応に追われている社員たちを横目に、クラウド達はフロアの奥へと進んでいく。


「忙しそうだね……」

「非常事態だからな」


ティファとクラウドは辺りを見回しながら呟く。


「なんだか、少しだけホッとする」

「なにが?」


ティファの言葉に、今まで皆より先を歩いていたフキが、首を傾げる。
彼女はクスッと微笑んで、なんでもない、と言葉を返した。
彼女の笑顔の中には、どこか苦い色があった。


「それよりも、協力者を探そう」


クラウドがそういうと、フキは訝しがりながらもコクリと首肯した。
四人は手分けをして、協力してくれそうな人物を探すことにした。


まず最初に、クラウドが向かったのはリフレッシュフロアの喫茶店だった。
他にもフロア内の社員たちに声をかけるが、やはり、簡単には見つからない。
仕方がなく、諦めて次の場所へ行こうとした時だった。

リフレッシュフロアのラウンジに登っていくと、そこには見知らぬドーム状の区画が広がっていた。


「ありゃ、なんだ?」

「シュミレーターだ。仮想空間で戦闘訓練ができる」

「一般兵用の?」

「違う。ソルジャー用だ」


クラウドの説明に、フキは表情を曇らせた。
なぜなら、フキがソルジャー時代だった時、このような施設を利用したことがないからだ。

やはり、クラウドの記憶には齟齬をきたす部分が多々あるらしい。
とはいえ、クラウドの言う通り、ここは仮想空間である。
実際に戦っているわけではないので、痛みなどはないはずだ。

フキは興味深げにそのシミュレータールームに近づくと、出入り口付近にいた一人の男性社員が声をかけてきた。
男性は、ビジネス・スーツを身に纏っていた。年齢は、30歳前後だろうか。
いかにも典型的な神羅社員と言った、神経質そうな男だった。

男はクラウド達に気がつくと、眉間にシワを寄せながら近づいてくる。


「なんだ。あんたら……なにか用か?」


明らかに、歓迎されていない様子だ。
それでも、クラウドはめげずに言葉を続ける。


「"市長"」

「"最高"」

「マジか」

「いたね、協力者」


フキとティファが、同時に驚きの声を上げる。
クラウドは小さく笑みを浮かべると、もう一度男の目を真っ直ぐに見つめた。


「話は聞いている。上へ行きたいんだろ?」

「おうよ」

「カードキーを渡す前に、力を試させてもらう」


男は注意を払いながら、クラウド達の様子を伺う。


「あんたらが捕まったら、俺たちだってタダじゃすまないんだ。当然だろ」

「もしかして、あんたが俺達の相手をしてくれんのか?」

「そんなわけないだろ!これに、挑戦してもらう。言っておくが簡単じゃないぞ」


男が指差したのは、シュミレータールームだった。男はニヤリと笑う。
どうやら、この装置が彼の自信の源らしい。

だが、クラウドは余裕の態度を崩さなかった。
彼は静かに、口を開く。
まるで、自分の実力を見せつけるように。


「もちろんだ」

「ほぉ」

「みんな、準備はいいか?」

「任せとけ!」

「いい度胸だ」


クラウドと男は互いに睨み合うと、そのまま、シミュレーションルームへと入っていった。
メモリアルフロアの時と同じような室内では、機械音声によるアナウンスが流れる。


《バトルを開始しても、よろしいですか?》


タッチパネルを操作すると、クラウド達の目の前に、二機の左右のアームに丸ノコのついた黄色いマシンが現れた。
それは、スイーパーと酷似している。


(昔より、少し大きくなったか?)


スイーパーとの違いは、武装やカラーリングぐらいだろう。
《バトルスタート》 アナウンスとともに、両機が動き出す。
カッターマシンは、左右から挟み込むように攻撃を開始した。


カッターマシンの攻撃に対し、クラウドはバスターソードを構えて突進する。
そして、振り下ろされた二つの刃を、剣で弾き飛ばした。
直後、右のアームがクラウドに襲いかかる。
それを、身を屈めて回避すると、今度は左のアームが上から降りかかってきた。


「ちっ……」


舌打ちしながら、クラウドは後ろに飛び退いた。


「大丈夫か、クラウド!」

「あぁ」

「なら、次はこっちの番だぜ!」


フキはそう叫ぶと、刀剣を構えたまま、勢いよく駆け出した。


「おりゃああ!!」


雄叫びをあげながら、フキは一気に間合いを詰めると、そのまま、左のアームに向かって、刀を振り下ろす。しかし、フキの斬撃は空を切った。

カッターマシンの本体が、フキの攻撃を予測して、瞬時に移動したのだ。
フキが気づいた時には、すでに遅く、彼の背後には、もう一方のアームが迫っていた。


「ガウナ、危ないッ!」


ティファが叫んだ瞬間、フキは身体を反転させると、真横から迫ってくる刃に対して、思い切り蹴りを放った。
フキの足裏と、アームの丸ノコがぶつかりあう。フキの脚力によって、丸ノコの軌道は大きく逸れた。

フキは体勢を整えると、すぐさま、次の行動に移る。
再び、フキはカッターマシンに突っ込んでいった。
しかし、今度は先ほどよりもスピードを上げている。
フキの動きに反応したカッターマシンは、咄嵯に後退しようとする。


「逃がすかよ!!」


フキはさらに加速し、一瞬にして、相手の懐まで潜り込んだ。


「おおりゃああ!!!」


渾身の一撃が、見事に決まる。
フキの攻撃を受けたことで、カッターマシンの装甲の一部が破損していた。フキはそのまま、連続で攻撃を続けた。
だが、それも長くは続かない。


フキの連撃に、ついに限界が訪れる。体力も、もう底を尽きかけていた。
一方の、フキが相手しているカッターマシンの損傷率は、まだ2割にも満たしていない。
このままでは、フキが負けてしまう。フキが劣勢に立たされていることは、誰の目から見ても明らかだった。

だが、クラウドは動じない。
なぜなら、フキには作戦があるからだ。
フキは一旦距離を取ると、大きく深呼吸をする。
そして、ゆっくりと息を吐き出すと、腰を落として相手に高速で接近し、強力な8連撃で相手を切り裂いた。


その技の名は《八刀一閃》。
フキの師であった、セフィロスが持つ最大奥義である。
この連続攻撃にはさすがに敵わず、とうとう、カッターマシンの装甲は完全に破壊された。


「なんで……!なんであんたが、その技を使えるんだ!?」


クラウドが驚きの声をあげる。

無理もない。
この《八刀一閃》は、セフィロスしか使えないはずだ。
なぜ、この男がそれを知っているのか。

フキが答えようとした時、 《ミッションクリア!》 と、アナウンスが流れた。
どうやら、無事にシミュレーションが終わったらしい。
フキはクラウドの方に顔を向けると、後ろめたい表情を浮かべながらシュミレータールームを出て行った。
その後を追うようにして、クラウド達も出て行く。


シミュレータールームを出たクラウド達は、協力者の男と合流した。
男は、クラウド達にカードキーを差し出す。


「あんたらなら、大丈夫だな。これで、64階のミーティングフロアへ行ける。エレベーターも使えるぞ」


男の言葉に耳を傾けることなく、クラウドはフキの顔をまじまじと見つめていた。


「何か、あったのか?」

「いいや、なんでもない。宝条はどこだ?」

「そろそろ、重役会議の時間だ」


男はそう言うと、クラウド達に敵情視察用に向いている場所を教えてくれた。
そして、足早にどこかへと立ち去っていった。

クラウドは、男の姿が見えなくなると、フキに向かって口を開いた。


「あの技はなんだ? どうして、お前がセフィロスの必殺技を使えたんだ」

「…………」


フキは、何も言わずに黙り込んでいた。
ティファは、心配そうな面持ちで二人を見守る。


「これだけ一緒に行動してるんだ。別に、隠す必要はないだろう。教えてくれても、問題はないんじゃないか?」


クラウドがそう言った瞬間、フキは重い口を開きかけた。


「クラウド?クラウドだよな?」


突然、背後から声をかけられたので、クラウド達は振り返った。
そこには、神羅兵が二人、リフレッシュフロアの階段から登ってきたところだった。

神羅兵の一人が、クラウドの顔を見て驚いた様子を見せる。
もう一人の神羅兵は、不思議そうに首を傾げている。


「大丈夫。同期のクラウドだよ!よかった。生きてたんだな」

「こいつのこと知ってんのか?」


クラウドの同期と自称する神羅兵は、フキの問いに笑顔で答える。


「ああ、もちろんだ!」


神羅兵は、懐かしむような眼差しで、クラウドに語りかける。


「心配してたんだ!死んだって噂があったから……ちょっと待ってろ。カンセルたちも呼んでくる。ここにいろよ!」


神羅兵は、仲間を呼びに走り去った。
その様子を見ていたフキが、ぽつりと呟く。


「カンセル……」

「おまえらの知り合いか?」

「いや……」

「俺も違う」


クラウドとフキが、互いに見合わせた途端、また頭痛に襲われているのか、クラウドは頭を手で押さえ始めた。
フキが、クラウドに声をかけようとする。


「クラウド、無理しない方が……」


その時だった。
突然、クラウドがフキの胸ぐらを掴み、壁に叩きつけたのだ。
ティファが慌てて駆け寄り、クラウドを止めに入る。


「やめて、クラウド!!」

「あんたは一体、何なんだ!?」


クラウドが、怒りの形相でフキに詰め寄る。


「俺は、あんたのこともあいつらのことも知らない!!なのに、あんた達は俺のことをよく知っているように思える。あいつらは……あんたは何者なんだ!?」

「それは……」


フキは、クラウドの手を振り払うと、苦しそうに目を瞑りながら答えた。


「……お前の、気のせいだろ。んなことより、重役会議に間に合わなくなる」


フキは、それだけ言い残すと、逃げるようにしてその場から離れていった。
その背中を睨みつけながら、クラウドが舌打ちをする。
クラウドは、先程の神羅兵の言葉をふと思い出した。


──心配してたんだ!死んだって噂があったから……──


もしかして、フキはクラウドの過去を知っているのだろうか。
フキとクラウドの間には、何かしら因縁があるようだ。

そんなことを考えながら、クラウドはフキの後を追いかけて行った。






クラウドとティファがトイレのダクト内で敵情視察をしている頃、見張り役のバレットとフキは、クラウド達が侵入した個室トイレの前で待機していた。



「こんなところでジッとしてるのは性に合わねーんだよなぁ。さっさと、宝条の野郎ぶっ倒しに行こうぜ!」


退屈を持て余し、バレットが苛立ちの声を上げる。


「落ち着けって。もう少ししたら、バレットの出番が来るかもしんねぇぞ」

「おぉ、そいつぁ楽しみだ!」

「だから、そん時まで大人しくしてろって」

「あ〜あ、早くクラウドとティファ、早く帰って来ねえかなぁ」


とバレットが他愛もない会話を繰り広げていたが、突然、バレットが口を開く。


「そういえばよ。ガウナ、おまえ、なんであんな技使えんだ?」

「……」


バレットの質問に対し、フキは何も言わずに沈黙を続ける。
それを見たバレットは、呆れ顔を浮かべながらため息をついた。


「まあいいか……。それより、さっきのことだけどよ」


バレットが話題を変えようとした時、ダクトの扉が開かれた。
二人は同時に、ダクトから飛び出してきた人物に目を向ける。

そこには、クラウドとティファの姿があった。
フキは、クラウドの顔を見るなり、居た堪れなさそうな表情を見せた。
フキは、クラウドの視線から逃れるようにして、顔を背ける。

クラウドは、フキの態度にあんばいが悪そうにしながら、それ以上追及することはなかった。
バレットは、クラウドとティファに話しかける。
どうやら、クラウドとフキのやり取りを気にしていないらしい。
ティファは、クラウドの隣に歩み寄ると、心配そうな面持ちでクラウドを見上げた。


「どんな感じだ?」

「白衣の男を追う。そいつが科学部門統括の宝条だ」


宝条を尾行して、エアリスの居場所に案内させるつもりのようだ。
三人は、クラウドの作戦に黙って耳を傾けていた。
クラウドは、フキを一別すると、何も語ることなく静かに歩き出した。





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