28
60階へ着くと、そこも広い空間だった。
天井は高く、薄暗い照明がついている。
壁際には様々なオブジェが設置されていて、MEMORIALと書かれているものもあれば、何かの記念碑のようなものもある。
そして近場のブースに入れば、黄金の巨大な石像があった。
おそらくはあれこそが、現社長の偶像なのだろうと察せられた。
メモリアルフロアというだけあって、ここは神羅の歴史を展示する場所らしい。
正面の壁沿いにはガラスケースが置かれており、その中には歴代社長や役員の肖像画が飾られていた。
だが、今はそんなものに構っている暇はない。奥へと進む。
展示場スペースの終りが見えてくると同時に、視界が大きく開けた。
そこは円形のドームになっていて、プラネタリウムを彷彿とさせる光景が広がっていたのだ。
「なんにもねえな……」
バレットが拍子抜けしたように呟いた。
フキ達がドームの中央で足を止めると、床からせり上がってくるようにして、筒状のプロジェクターが現れた。
緑色の光が飛び出してきて、フキ達の身体を一通りスキャンしていく。
ピピッという電子音が鳴り響いて、目の前のスクリーンに自然風景の映像が映し出された。
まるで本物の空のように雲が流れ、風までも吹いているように見える。
映像の中で鳥が飛び立ち、花々が揺れていた。どこかの高原地帯を撮影したもののようだ。
やがて映像の中に人影が現れる。
それは民族衣装を着た男の姿であり、その隣には黒髪の少女がいた。
二人は親しげに語り合い、楽しそうにしている。
『かつて、この星には古代種と呼ばれる種族が住んでいました』
突然、男性のアナウンスが響き渡った。
フキ達は驚きつつも耳を傾けた。
ナレーションによると、彼らは星から星を切り開いては旅をする種族で、星の命を守るために存在していたのだという。
しかし、ある日を境に古代種は姿を消した。
『月は流れ−−神羅カンパニーがまるで、古代種の歩みをなぞるかのように、魔晄をエネルギーとして活用する方法を編み出しました。穏やかな気候、豊かな自然。そして、溢れんばかりの魔晄エネルギー。そんな土地がこの広い星のどこかで、我々が来るのを待っています』
すると、今度は近未来建築を見渡すような構図に変わる。そこには巨大な都市があった。
見上げるほどの高層ビルが立ち並び、ハイウェイや地下鉄らしき乗り物が縦横無尽に走っている。
ビル群の合間に見える摩天楼が印象的だ。
都会的な街並みを見ていると、フキの心が激しくざわついた。
胸の奥底に眠る本能が疼くようだった。
だが、すぐに我に返ると頭を振って雑念を追い払う。
フキが不安げに視線を彷徨わせると、他の三人も同じような表情をしていた。男は言葉を続ける。
『神羅カンパニーは、古代種が夢見た約束の地を一日も早く、皆様にお見せするべく、これからも日夜、努力を続けて参ります』
そこで映像が消えて真っ暗になった。
時を移さずに、スクリーンに光が灯り、再び風景が浮かび上がる。
そこは現在のミッドガルの街並ではあるものの、荒野と化し、朽ち果てた家屋や道路が映っている。
七番街のプレートが落下した時のような、逃げ惑う人々の姿もあった。
また、ミッドガルの上空には隕石のようなものが大量に降り注いでいる。
その光景を見た途端、フキ達の顔色が変わった。先ほどまでの和やかな雰囲気が一変していた。
「ぐううぅっ!?」
「大丈夫か、クラウド!」
突然、クラウドが頭を抱えながら苦しみ出したのだ。
フキが慌てて駆け寄る。
クラウドは脂汗を流しながらも必死に耐えようとしていた。
フキも心配になって声をかけようとしたのだが……。
「痛ぇっ!?」
なんの前触れもなく、フキが叫びを上げた。
彼の体にも異変が起きていた。
額を押さえながら地面に倒れ込む。目から涙を流し、体を痙攣させている。
遠い昔に見た、景色のような気がする。
そこでフキが何かを思い出しかけたのだが、すぐに霧散してしまった。
(クラウドが見ている幻覚が、俺にも?)
フキが疑問に思うのと同時に、映像が再び切り替わった。
クラウドの背後には、見覚えのある男が立っていた。
長身の銀髪の男。《セフィロス》である。
セフィロスは、クラウドに何かを語りかけようと口を開く。
「やめろ!!セフィロス!」
フキがそう叫ぶと、かつての師はピタリと動きを止めてしまった。
そして、フキに目を留める。
その瞳の色は冷たいものでありながら、口角を上げて笑みを浮かべた。その表情を見て、フキの背筋が凍った。
二人は見つめ合い、お互いの感情をぶつけ合った。
フキは歯ぎしりする。
この世で最も尊敬していた男に対し、激しい怒りを覚えた。
彼は憎悪に満ちた顔でセフィロスを睨む。
「−−−−−−」
フキはセフィロスの言葉を聞き取ろうとしたのだが、ノイズが入ったように聞こえなかった。
セフィロスはゆっくりと視線を外すと、どこかへ行ってしまった。
彼の姿が消えると、フキの意識が浮上していくのを感じた。その後、場面は再び切り替わる。
心象風景のような世界から現実へと戻って行く。
視界に広がるのは、無機質なコンクリートの壁。
シアタールームに戻っていた。
クラウド達も頭痛を感じて、頭を振っていた。
まだ痛みが残っているものの、どうにか耐えられる程度まで収まっていた。
(今の、何だったんだ?)
フキは自分の両手を見ながら呟いた。
あの幻の中で、自分は確かにセフィロスと意思の疎通ができていた。
言葉の内容は聞き取れなかったが、会話をしていたような気もする。
あれは何なのか? 何故、自分の頭にあんなものが見えたのか?
フキには理解できなかった。ただ、一つだけ分かったことがある。
それは、クラウドの中にいる何かが見せた映像だということだ。
おそらく、それがクラウドの人格を歪ませている原因だろう。
フキは改めてクラウドを見やった。
彼は、先ほどの光景について考えているようだ。
その横顔を眺めると、なぜか胸の奥がざわついた。理由は分からないが、妙に落ち着かない気分になる。
(俺は……)
一体、どうしたいのだろうか?
そんなことを考えてしまう。
今までの自分なら、迷わずに行動してきたはずだ。
しかし、今はその決断ができない。
自分が何をすべきか、分からなくなっていた。
フキは考えることを放棄し、他の面々の様子を窺うことにした。
「ちくしょう、まだ頭がクラクラすんぜ。とんでもねえ映像を流しやがって」
バレットが悪態をつく。その気持ちは痛いほど分かる。
だが、今はそれどころではない。
「ただの映像じゃない……」
「あの隕石、なんだろう?」
「だから、そういう映像だろ?」
「ガウナ、あんたはどう考える?」
「…………」
クラウドに話しかけられても、フキは何も答えられなかった。頭の中を整理しきれていないのだ。
「顔色、悪いよ。大丈夫?」
ティファに心配されてしまった。
彼女はフキの顔の前で手を振ると、額に手を当ててきた。
ひんやりとした手の感触が心地良い。
少しすると、ティファの手が離れた。そして、ティファはクラウドに向き直った。
クラウドもフキの様子がおかしいことに気づいたようで、彼の方を見て眉根を寄せている。
何か言わなくてはと思うのだが、何も出てこない。
結局、フキはそのまま黙り込んでしまった。
クラウドもティファも、それ以上、追及してこなかった。
やがてシアタールームの奥にあった、カードキーの端末から電子音が聞こえてくる。
62階への扉が開かれるのかと思いきや、別の方向から扉が開く。そこには、一人の男が立っていた。
気品の感じられる老人だった。
「お待ちしておりました。アバランチの皆様」
男は丁寧な口調でそう言うと、深々と頭を下げた。
「わたくし、ハットと申します。ドミノ市長のつかいで、お迎えに参りました」
「市長っていうのは、あの神羅の言いなりドミノのことか?」
バレットが訊ねると、 男は静かに首肯した。
「はい。世界一の魔晄都市、ミッドガルの市長であられる、ドミノ様のことです」
「言いなりっていう部分は、否定しねーのかよ……」
沈黙を貫いて成り行きを見守っていたフキだったが、思わず口を挟んでいた。
しかし、そんな空気を意に介さず、 ハットと名乗った男の態度は堂々としたものだった。それどころか、むしろ誇らしげですらある。
彼は胸に手を添えると、芝居がかった調子で語り出した。
「ドミノ様は、あなたにお会いできる日を楽しみにしておいででした。ガウナ・ヴァレンタイン様−−いや、本当のお名前はフキ様、でしたね」
「!」
フキは自分の本名を口にされて、心臓を掴まれたような気分になった。
だが、すぐに思い直す。
この男に、自分の素性を明かした覚えはないからだ。
「わたくしどもは、ミッドガルに住んでいらっしゃる方であれば、どんな方でもしかと存じております」
「……そういうことか」
フキは得心した。
おそらく、建前上は住民票や戸籍を管理しているという名目上の話だろうが、 実際にはフキの素性や経歴までも把握しているのだろう。
でなければ、フキの本名を知っていた説明がつかない。
「市長が俺たちに何の用だ!」
クラウドが詰め寄ると、ハットは一呼吸置いたあと、おもむろにこう切り出してきた。
「それは直接、お聞きください」
クラウドの質問には答えず、それだけ告げて歩き出す。
「ついてこいってことか?」
一同は顔を見合わせると、互いにうなずく。
クラウドを先頭に、アバランチ一行はそのあとを追った。
62階は、先ほどまで居たフロアとは打って変わって、まるで高級ホテルのような内装になっていた。
赤い絨毯が敷き詰められ、壁際には本棚が並んでいる。
クラウドたちが入ってきた正面の扉とは別に、ハットはとある本棚の前に立つ。
そして、一冊の本を奥に押し込むと、本棚が左右にスライドする。
隠し扉の向こう側には同じような回廊書庫が続いており、 その最深部に辿り着くと、何の変哲もない扉の前まで案内された。
ハットはそこで立ち止まると、クラウドたちに向き直った。
「こちらです」
クラウドたちは警戒しながら、その扉を開ける。
中に入ると、そこは広間になっていて、中央にテーブルとソファーが置かれていた。
両サイドの壁には無数の監視モニターが設置されており、どこかの廊下や広場、 あるいは部屋やミッドガル市内の様子を映し出している。
「なんだ、こりゃ」
バレットが呆気に取られている横で、 クラウドは室内の異常さに気が付いた。
「おお~~、やっと来たか。遅かったのう」
部屋の中央にある応接セットの椅子から立ち上がったのは、 禿げ頭の老人だった。
焦茶のスーツに身を包み、首元には蝶ネクタイをしている。見た目は70歳前後といったところだろうか。
口元は笑っているが、目つきは鋭い。
しかし、その声音や口調からは、 まったくといっていいほど威厳を感じなかった。
むしろ、近所のおじいさんといった印象を受ける。
老人は、クラウド達の姿を認めると、手招きをして呼び寄せた。
フキは警戒しつつも、ゆっくりと歩み寄っていく。クラウドたちもそれに続く。
フキが老人の前で足を止めると、彼は満足そうに微笑んだ。
フキは怪しげな人物の登場に、困惑の色を浮かべていた。
それを察したわけではないのだろうが、 老人はおもむろに自己紹介を始めた。自分の胸に手を当てながら名乗る。
「わしが、この魔晄都市ミッドガルの市長、ドミノである。はっは、ずいぶんと暴れてきたようだな」
市長の言葉に、クラウドは眉根を寄せた。
監視モニターの録画映像をクラウド達に見せつけ、その反応を見て、市長はニヤリと笑う。
ある程度は予測していたが、やはり市長自らが出迎えるとは思っていなかったのだ。
だが、それならばなぜ、今まで姿を見せなかったのか。
疑問に思うクラウドの心中を読んだかのように、 ドミノは続けた。
「誰が、尻拭いをしてやったと思っとる」
「どういうことだ?」
クラウドが訊ねると、ドミノは両手を軽く広げて肩をすくめた。
そして、おもむろに語り出した。
「どうもこうもないわい。おまえらが警備に見つかるたびに、カメラに映るたびに、通報されるたびに、もみ消しやったんだ。感謝せえ」
市長の口から飛び出したのは、あまりにも予想外の言葉だった。
唖然とするクラウド達をよそに、 さらに続ける。
曰く、名ばかり市長という現状に不満を募らせたことで、「本家」アバランチと密かに内通し、反神羅活動を支援していたらしい。
そこまで説明したところで、 クラウド達の顔色が変わった。
「だったら、話は早え」
「私たちを研究施設に入れて!」
「研究施設?」
市長は不思議そうな顔をすると、首を傾げた。
「なんだ、目的はプレジデントとガウナ・ヴァレンタインじゃないのか?」
彼の瞳は、フキへと向けられている。
その様子に、クラウド達は違和感を覚える。
そもそも、この男がフキの素性を知っている時点で、不自然だ。
クラウド達ですら、フキの正体がなんなのかを知らない。
なのに、どうして目の前の男は知っている?
クラウド達の疑念に気づいたのか、ドミノは答えた。
「おまえたちが連れているその男に瓜二つの女が昔、神羅にいてな、タークスの中でも指折りの工作員じゃった」
「……」
「監視カメラでおまえを見た時は、本人が戻ってきたかと思ったぞ」
「……ガウナさんのこと、よく知ってるんですね」
「そりゃあ、あの娘がタークスにいた頃は、ちと親交があったからのう」
ティファが問いかけると、ドミノは懐かしむように目を細める。それから、クラウド達に視線を向ける。
まるで品定めでもしているかのような目つきだった。
その目に、クラウドは嫌悪感を抱く。
そんなクラウドに構わず、ドミノはさらに続けた。
「器量の良い娘だったが……。まさか、あんなことになるとは……」
「あんな、こと?」
ティファが呟くと、ドミノは小さくため息をついた。それから、話を続ける。
なんでも、三十年ほど前に化学部門の最高責任者と被験者を脱走させた彼女は、その後の行方が分からなくなっていたのだという。
そして、数年経ったある日になって、ミッドガルの外れにある小さな村で発見され、捕えられた。
その後、彼女がどうなったのかは、誰も知らない。
「……風の便りに聞くと、あの娘は科学部門のおもちゃにされ、子供を身籠ったらしい。しかし、その子供は産まれることなく死んだそうじゃ」
ドミノの言葉に、クラウドは眉をひそめた。
隣を見ると、ティファは複雑そうに俯いている。
「それって……」
「可哀想ではあるが、まぁ、そういうことだろう」
「……」
ティファはそれ以上何も言わなかった。
クラウド達も黙って聞いていた。
「まぁ、それはともかく。本題に入るが、研究施設に入りたいんじゃろ?」
「あ、ああ……とらわれた仲間を救出したい」
「もちろん、プレジデントと科学部門の宝条つったか?その野郎もとっちめるけどよお」
クラウド達が答えると、ドミノは満足げにうなずいた。
そして、クラウドからカードキーを受け取る。それを先程と同じように、スロットに差し込んだ。
ピーッという音が響く。
カードキーを抜くと、クラウドに返した。
63階まで行けるよう、アップデートしてくれたようだ。
「63階に協力者がおる。そいつから、64階のカードキーを受け取れ。合言葉は……………『市長』『最高』だ!」
「……」
「……」
「……」
「……」
「えっと、ありがとうございます」
無言になったクラウド達の代わりに、ティファが礼を言う。
「おい、待て」
クラウド達は礼を言い、その場を離れようとしたのだが、 そこで、ドミノに呼び止められてしまった。
振り返ると、彼はフキの方を見つめていた。
視線の先にいる青年は、俯き加減に目を伏せたままだ。
しばらく沈黙が流れた後、ドミノが口を開く。
「おまえ、母親に似たんじゃのう……」
「……」
「ガウナの死んだ子供なのかは知らんが、目の色からして、父親はあいつではないんだろうな。おまえの父親が、誰かは知らんが」
「あんたの言うようなろくでなしを、父親に持った覚えはねーよ」
吐き捨てるように言うと、フキはそのまま、歩き去ってしまう。
残されたクラウド達の方へ、ドミノが歩み寄る。
「お~~、そうだ!資料棚を整理しようと思っていたんだった。こいつが棚を圧迫させるから、困っててのう~~。廃棄する予定の書類だ。それをどう処分するかは、あいつに任せればいい」
そう言って、一冊のファイルを差し出した。
そこには、本物のガウナ・ヴァレンタインのプロフィールや経歴などが書かれている。
他にも、タークスの機密情報などが事細かに記されていた。
クラウドが顔を上げると、ドミノはニヤリと笑みを浮かべた。
それから、軽く手を振りながら、その場を去って行った。
クラウド達はフキの後を追うように、市長の執務室を離れた。