27
半日かけて、クラウド達は神羅ビルの外周道路まで辿り着いた。
ここまでの道程で、神羅の機械兵器や兵士、モンスターとの戦闘は何度となくあったものの、クラウド達にとっては、どれも取るに足らない相手ばかりだった。
クラウド達の実力を考えれば当然なのだが、そのおかげで随分と楽な道のりとなった。
だが、神羅ビル内への侵入経路となる地下駐車場が近いことも手伝ってか、敵の数も増えてきていた。
明らかに、ここから先は違う。
今までのような、のんびりした旅路とはいかないはずだ。
なにより、ここには自分たち以外の多種多様な人間、兵器、実験動物がいる可能性がある。慎重に行動しなければならない。
一行は、辺りを警戒しながら進んでいた。
「あれって、神羅の車だよね?」
「飛び乗るぞ」
ティファの問いかけに答えたのはクラウドだった。
彼は、先頭に立って走り出すと、軍用トラックの屋根に飛び乗った。
続いてフキが幌に着地し、ティファを受け止める。
そして最後に、バレットが屋根の上に降り立った。
屋根の上に四人もの人間が乗っているというのに、その重みで軋み一つしない。
神羅製の頑丈な車両であることが窺えた。
しばらく走ると、前方に自走式立体駐車場の出入り口が見えてきた。トラックは、門の手前で停まった。
三人の警備兵が立ち塞がっていたのだ。
「外はどうだった?」
一番年嵩と思われる兵士が運転手へ話しかけた。
おそらく、この男が隊長格であろう。
車体をぐるりと一周して確認する。
クラウドとティファはその様子を眺めながら、フキとバレットへ静かにするように合図を送った。その表情には緊張の色が見える。
これから行く場所は、神羅の総本山。
そこに、一体どんなものがあるのか。想像するだけで恐ろしかったが、引き返すことはできない。
彼らの目的は、エアリスの救出にあるからだ。
ここで引き返してしまえば、もう二度とエアリスに会うことは叶わないだろう。
そんな予感があった。
「そっちは?」
「異常なし」
「問題ない」
「了解。よし、行っていいぞ」
やがて、車内の確認を終えた兵士たちが道を開けた。
トラックが、エンジン音を轟かせて発進しようと加速する。
その瞬間――。
「検問、無事−−おわぁっ!?ああぁ−−っ!」
バレットが、悲鳴を上げた。
バランスを崩した彼を、ティファが咄嵯に引き上げようとしたが、慣性の法則は働かず、二人はそのまま宙に放り出された。
「嘘だろ、オイ……」
「マズイな」
フキとクラウドは、顔面蒼白になって呟いた。
まさか、こんなにも早く潜入作戦が失敗するとは予想していなかった。
バレットが荷台から落ちてしまった以上、ここから先に進む手段がない。このままでは、全員捕まってしまう。
焦燥感が募っていく中、クラウドとフキが動いた。
素早く、荷台の縁に足をかけて跳躍したのだ。
「なんだ、貴様ら!」
二人の行動に気づいた兵士の一人が、肩にかけていたマシンガンを抜いて叫んだ。
クラウドはその男の懐に飛び込むなり、右手のバスターソードを一閃させる。次の瞬間には、その男は地面に倒れ伏していた。
クラウドは倒れた男を飛び越えると、荷台の後方へ着地し、そこからさらに前方へと跳んだ。
そして、前方にいたもう一人の兵士の首筋に、剣の柄を叩きつける。
あっけなく気絶させられた兵士が、ゆっくりと前のめりに倒れるのを見て、クラウドは安堵のため息をついた。
だが、安心するには早かった。
クラウドが振り返ったとき、すでに他の兵士たちが銃を構えていたからだ。
どうやら、クラウドが倒した二人に気づかれ、応援を呼んだらしい。敵は六人。
「なんだ?どうした!?」
「動くな!おとなしくしろ!」
突然の事態に、バレットが慌てて起き上がった。
彼は、自分の背後で起きた異変に気づくと、右腕のガトリング銃を乱射する。
「大歓迎だぜ!」
「うまく立ち回れと言ったはずだ!」
「不器用なもんでよ!」
クラウドの叱責に、バレットが言い返す。
「最初から暴れる気だったな……!?」
「正面突破したいって言ってた時点で、これは予想できてたけどな」
「予想できてたなら、なんで、それを先に言わない!」
「聞かれなかったんだも~~んっ」
緊張感のない会話をしながら、クラウドとフキは同時にため息をつくと、それぞれの武器を構えた。
二人は背中合わせになりながら、自分たちを取り囲む兵士たちを見据えた。
バレットの無差別攻撃によって、三人の兵士を倒している。残るは四人。
しかし、この狭い場所では、さすがに分が悪い。
クラウドとフキは、バレットを守るように、それぞれ左右に分かれた。
すると、それを見たバレットが、なぜか嬉々として笑みを浮かべて言った。
「おい、クラウド、ガウナ。ここはオレに任せろ」
「任せろって……あんた、何をする気だ?」
「バレットがやりたいことって言ったら、そりゃあ……」
「決まってんだろう。こいつらをまとめて片付けるんだよ」
その表情は、まるで新しいオモチャを与えられた子供のようだ。
そんなバレットの様子に、クラウドとフキは嫌な予感を覚える。
案の定、バレットは両腕のガトリングガンを、ぐるりと回転させると、 そのまま連射モードに切り替えた。
「おらぁあああああッ!!」
バレットが雄叫びとともに、右腕のガトリングガンをぶっ放す。
耳障りな金属音が響き渡り、無数の銃弾が雨のように降り注ぐ。
それはまさに、掃射と呼ぶにふさわしい光景だった。
「オレ好みの展開になってきたな!」
「…………ガウナさん、バレット君が楽しそうで何より」
「…………」
バレットの猛攻の前に、二人の足が止まる。
彼から少し離れた場所にいた二人は、バレットの巻き添えを食わぬよう、慎重に間合いを取った。
「先を急ごう。通用口が奥にあったはずだ」
クラウドの提案に、フキは無言でうなずき返した。
バレットのことは心配だったが、下手に手を出して彼の邪魔をするわけにもいかない。
クラウド達はバレットと距離を取りながら、先に進んでいく。
駐車場内の奥まで進むと、エントランスフロアに入ってきたところで、クラウド達は足を止めた。
「誰もいねえな……」
「だよなぁ、地下であんなに騒ぎまくったのに」
バレットとフキは顔を見合わせると、互いに首を傾げた。
エントランスホールには人の気配がなく、静まり返っている。
普通ならば、もっと大勢の警備兵がいるはずだ。しかし、彼らの姿はどこにもない。
クラウドは警戒しながら、エントランスホールの中央へと歩を進めた。
「エアリスの居場所、見当はついてるの?」
「おそらく、科学部門の研究施設だ」
「どこにあんだよ?」
ティファの言葉にクラウドが答えると、バレットが横槍を入れてきた。クラウドは眉をひそめ、答えた。
エアリスが捕らわれている場所といえば、思い当たるのは一つしかない。
だが、その場所は、神羅にとって最大の要塞でもあるフロアだ。
「たぶん、上の方。ずっと上だ」
「たぶんかよ!」
バレットが呆れたような声を出すと、クラウドがムッとした顔をした。
どうやら、クラウドの説明不足が気に入らないらしい。
クラウドの無愛想な態度に慣れてしまったのか、バレットは別に気を悪くしていなかったが。
「確か……66階くらいだったと思う」
フキが二人の間に割って入り、クラウドの代わりに話を続ける。
そして、フキが口に出した数字を聞いて、クラウドは思わず目を丸くした。
「科学部門の場所を知ってたのか!?」
「いんや、マップ見てきた。科学部門のフロアは20階辺りだけど、それ、オフィスだった気ぃするし、簡単に逃げれそうな下のフロアにエアリスを監禁しておくほど、ザル警備でもねーだろ?神羅は」
「そりゃそうだ」
「……なるほどな」
フキの説明を聞き、クラウドも納得してうなずく。
確かに、神羅カンパニーがそこまで杜撰な警備体制を敷いているとは考えにくい。
それにしても、まさかここまで詳しい情報を持っているとは思わなかった。
クラウド達の顔を見て、フキが得意げに笑みを浮かべると、バレットは照れくさそうに頭を掻いた。
フキは神羅の極秘事項を知っている。それだけでも、彼がただの民間人ではないことの証拠になるだろう。
神羅のスパイという可能性すら、考えられる。
だが、今のクラウドにとっては些細なことだった。
重要なのは、エアリスの救出だけだ。
フキに対する疑念を振り払い、クラウドは前に進み出た。
クラウドの足取りは早くなり、自然と駆け出していた。
「で?どうやって上がる?」
「この先に、エレベーターと非常階段がある」
「研究施設はすんげえ上にあんだろ?エレベーターに1票!」
クラウドの後にバレットとフキが続き、ティファが続く。四人は早歩きで、三階へと登った。
エレベーターがある、カフェラウンジの三方向の通路に、自動ドアが設置されていた。どれも作動していないようで、ロックされている。
扉の近くまで行って調べたが、やはり開かないようだ。
試しに他の二枚の自動ドアにも近づいてみたが、結果は同じだった。
「ん?『許可されたカードキーが必要です』だってさ」
フキが言うように、そのパネルには、カードをスキャンするためのスロットがあった。
だが、クラウド達はカードキーを持っていなければ、このフロアに入るための許可証さえも持っていないのだ。
仕方なく、クラウドたちは来た道を戻り始めた。
すると、バレットが突然立ち止まった。
「鍵がねえと、あがれねえってわけか」
「このビルの鍵は、カード型みたい」
「指紋認証とかじゃないだけ、マシだな」
「ああ。そういえば……カードキーなら、どこかで見たな。あっ……」
クラウドの言葉に、三人が一斉に振り返る。
シールド式の赤外線防犯装置で覆われた、受付のテーブルの上を指差すと、そこには、一枚のカードが置かれていた。
そのカードには、社員番号が刻まれている。おそらく、ここの社員の物だろう。
「だが、どうする?」
「上から、行かないかな?ほら、あの照明をつたっていけば、届くかも」
天井からぶら下がった、ペンダントライトを指差しながら、ティファが言った。
クラウドが目を凝らすと、それはワイヤーロープによって、しっかりと固定されている。
あれを使えば、天井部分が吹き抜けになっている受付窓口に、行けるかもしれない。
「無理だろ~~」
だが、問題は誰がそれをするか、である。
バレットが肩をすくめる。
「私が、やってみる」
ティファが自分の提案のように、平然と言った。
その言葉に、クラウドが驚きの声を上げる。
彼女は、すでにワイヤーロープへ手を伸ばしていた。
「この中なら、私がいちばん身軽でしょ?さんにんは、見張りをお願い」
「「「あ"あ~~~」」」
ティファは、三人の反応を予想していたのか、ニヤリと笑うと、素早くフロアの縁に足をかけ、そこから軽々とシェードに飛び上がった。
まるで、猫のような身のこなしで、そのままロープに掴まり、照明をつたっていく。
そして、何事もなかったかのように、受付に降りて、カードキーを入手してきた。
あまりにも、あっさりとした動きだったので、三人は唖然とした顔で見つめてしまう。
クラウドたちがいる場所からでは、ティファの姿を確認することはできなかったが、彼女が受付の天井から侵入できたのを見納めてから、三人は移動を始めた。
「ガウナが言ってた通り、60階以上のところにあるよ。宝条博士の研究施設、65階だね。エレベーターか階段で、59階のスカイフロアまではあがれるみたいだけど……そこから上は、そのスカイフロアの受付で手続きしないとダメみたい」
ティファの案内で、3階まで階段で登り、そこから先はエレベーターを使って上を目指す。
(研究施設、前は67階だったよな……?宝条の奴、場所変えたのか?)
そんなことを考えながら、フキはクラウド達の後に続いた。
エレベーターで、順調に59階まであがるれるかと思えたが、途中で何度も停止し、その度に神羅兵と交戦したり、あまつさえ、平社員と相乗りすることになってしまったりして、思うように進めなかった。
仕方なく、クラウド達はその都度、臨機応変に対処することにした。
ようやく、59階にたどり着いたときには、すでにかなりの時間が経過してしまっており、クラウド達には疲労の色が見え始めていた。
しかも、先ほどからずっと、誰かに見張られているような視線を感じている。
監視カメラのレンズが、クラウドたちを追ってくるように、グルングルンと回っているのだ。
おそらく、この先のフロアにも神羅兵が配置されているのだろう。
彼らは、自分たちがここへ来ていることを知っている。
そうでなければ、これほどまでに厳重な警備が敷かれることなどありえないからだ。
とにかく、油断はできない状況が続いている。
59階のエレベーターホールに出ると、すぐに正面の壁が途切れ、広い空間に出た。その先に、アトリウムが見える。
ソファのあるラウンジまで走って行くと、ティファとバレットは思わず足を止めた。
「スカイフロアね~~。名前どおり、シャレてんじゃねえか」
「クラウド、来て!」
ガラス張りの窓の向こう側に、ミッドガルの街が一望できる。
「許せねえ」
その光景を見た途端、バレットは吐き捨てるように言った。
眼下に広がるミッドガルの街並みは、まるでミニチュアのように小さく見える。
神羅ビルを中心に、その周囲を取り囲むように建つ8基の魔晄炉と街の数々が、ここからだとジオラマ模型のようにしか見えない。
空に浮かぶ雲ですら、今にも手が届きそうな距離にある。
それはまさに、この街の頂点に立った者の特権。
ここに立つだけで、その景色すべてが自分のものになる。
クラウドも、そのことは十分に理解していたつもりだった。
「ここに来たやつらはこの夜景を見て、綺麗だ~~、絶景だ~~って喜ぶんだぜ?あのあかりのひとつひとつが、星の血を……命を削ってともってるんだってことに、気づきもしねえでよ」
「うん」
「オレも一瞬、うっかり感動しちまった……!」
しかし、実際にこうしてミッドガルの街並みを見下ろすと、胸の奥底から怒りが湧いてくる。
これが、神羅がやってきたことの結果なのだ。
スラムの住人や郊外に住む人間の生活を犠牲にしてまで、守らなければいけないものだったのか? こんなもので、人々の暮らしが豊かになったと言えるのか?
魔晄色に照らされた街の灯りが、まるで星の瞬く夜空に見える。
その美しさに目を奪われながらも、クラウド達はその景観を楽しんでいる余裕はなかった。
こんな風景を、誰が望むというのだろうか。
バレットにとって、これは許せないことに違いない。
神羅がしてきたことに、疑問を抱いているのは自分だけではない。
目の前の、ミッドガルの景色を見ながら、クラウドは改めてそのことを実感した。
だが、今は感傷に浸っている場合ではなかった。
エリアスを取り返さなければならない。そのためにここまで来たのだから。
それにはまず、宝条博士に会う必要がある。
クラウドたちは、ラウンジを出て、反対側にある受付を調べ始めた。
ホログラムの受付嬢と話すと、カードキーのID情報が見学ツアーパスに更新される。
「見学ツアーのお客様ですね。見学ツアーのお客様は60階、61階、62階、63階と順番に進んでいただきます。各フロアの出口に、更新機がございますので、そちらでカードキーを更新していただきますと、次のフロアをご利用になれる仕組みとなっております」
受付のホログラムの女性は、丁寧に説明してくれた。
つまり、これから先のフロアも今までと同じく、カードキーを使用してでの移動手段しかない、ということらしい。
ということは、階段などの抜け道を使って移動することは不可能だということか。
「ったく、めんどくせえな~~」
「でも、戦いになって無駄に体力を消費するよりは、マシじゃねえの?」
「まあな」
フキの言うとおりだった。
敵の本拠地に乗り込んでいる以上、戦闘は避けられない。
ここで余計に疲れてしまうのは得策とは言えないだろう。
バレットもそのことは十分わかっていたようで、それ以上文句を言うことはなかった。
「ちょっと、変じゃなかった?」
ティファが眉根を寄せながら言った。
何のことかわからず、フキが首を傾げると、ティファの言葉にクラウドが同意する。
「うまくいきすぎている」
言われてみれば、そうかもしれない。
カードキーを入手した時といい、今の受付でのセキュリティーシステムといい、あまりにもあっさりし過ぎてはいないだろうか。
「やっぱりそう思う?罠?」
「常套手段としてなら、そうなんだろうな」
「それならそれでいいさ。返り討ちにしてやる」
バレットが不敵に笑みを浮かべた。
どうやらこの男は、こういうシチュエーションの方が燃える性質らしい。
フキもクラウドも、どちらかと言えば、バレットと同じ意見だ。
罠だろうと、待ち伏せていようと、クラウド達には関係ない。
そんなものは、力づくで突破すれば良いだけのことだからだ。