26



まずは、レズリーの元へ急いだ。
アプスと戦っていた室内を隈なく探すが見つからない。
焦燥感を抱きながら、コルネオの逃走経路に使われた、非常口の扉を開けると――。

ふいに、足元から気配を感じたクラウドは、反射的に見下ろした。
そこには、レズリーの姿があった。どうやら気絶していたらしい。
おそらく、アプスが暴れ回った時の衝撃によるものだろう。


「大丈夫か!?」


ひと安心したクラウドは、レズリーを抱え上げた。


「コルネオは!?」

「すまねえ、逃しちまった……」

「そうか……」

「ごめん、レズリー」

「気にするな。あんたらのおかげで、ここまでこれたからな。また探すさ。どうせ、他にやることもない」


フキとバレットが申し訳なさそうな顔をするが、レズリーは笑顔を浮かべていた。


「探すのは、コルネオでいいの?」


ティファが冷静に言った。


「えっ?」


レズリーが意外そうな声を上げる。
それはクラウドも同じだった。

てっきり、コルネオを探すものだと思っていたからだ。
だが、ティファの考えが読めない以上、今は従うしかない。

通路に落ちていた、レズリーのペンダントを拾い、彼の手に握らせる。


「大事な人なんでしょ?」


ティファが優しく語りかけた。
すると、レズリーの目尻に涙が浮かぶ。

彼は、それを拭うこともせず、ただ黙ってうなずくだけだった。


「いなくなってから、気がつくんだよな~~。おまえはまだ、間に合うだろ?」


バレットの問いかけに、レズリーはまた、泣き出しそうになった。しかし、必死に堪えている。
きっと、泣くよりも前にすることがあるとわかっているのだろう。


「花言葉……どういう意味だったんだろうな」


レズリーの呟きに、クラウドは何も答えられなかった。
代わりに、そっと背中を押すようにティファが答える。


「再会だよ」

「えっ……?」

「花言葉は"再会"」


きっと、レズリーとの再会を願っているからこそ、彼の恋人はその言葉を込めたペンダントを託したのではないだろうか。そんな気がしてならなかった。

だから、レズリーはその想いを伝えることにした。
ティファの後押しもあったのかもしれない。


「あいつを探すのが先だな。ありがとう」


自然と口から出てきたのだ。
ティファに礼を言うと同時に、バレットが口をはさんできた。


「おっと!約束、忘れてねえだろうな?」

「わかってる!……あった」


そして、バレットに向かって、ニヤリと笑う。
フキもつられて笑った。

レズリーは通路の脇に置かれていた、沙汰袋を手に取る。


「地上に出よう。上へ行く方法を教える」


クラウド達は、レズリーのあとについていった。
非常階段を使って、六番街スラムまで戻ってきた。

そのまま、レズリーは七番街スラム方面へ向かって歩き出す。
この先に何があるのかわからないが、ついていくしかなかった。二、三分程歩くと、開けた場所に出た。


「ワイヤーガンだ」


レズリーが沙汰袋の中から取り出したものは、銀色に輝く金属製のハンドグリップのようなものだった。
一見すると、銃にも見えるが、クラウド達には用途がわからなかった。


「撃ち出したワイヤーを引っ掛けて、上昇することができる。あの壁を越えれば、七番街だ。ワイヤーがあれば、壁も瓦礫の山も登っていけるはずだ」

「サンキュー。その、わりぃな。俺達の望みばっかり、叶えてもらって……」

「気にするなって。言っておくが、あくまでも、上昇用のワイヤーガンだからな?一度上がると、戻れないと思っておいた方がいい。上に行く前に、やりたいことは済ませておくんだな」


フキは、自分達の目的を果たすためとはいえ、結果的にレズリーへ要求ばかりしていた自分に嫌気が差していた。


「ありがとう」


ティファがそう言うと、バレットも続いた。


「オレたちもな、人を探しに行くんだ」

「……そうか。会えるといいな」


レズリーが寂しそうな顔をしたように見えた。
きっと、恋人に会いたい気持ちが溢れ出ているのだろう。

ティファもバレットもその表情を見て、心が痛む思いがしたが、今は目的を優先しなくてはならない。


「あんたもな」


クラウドが、別れの言葉を口にする。
それが、別れの言葉だと察したレズリーもまた、無言のまま、彼らに背を向けて走り出したのであった。









レズリーの姿が見えなくなると、クラウド達は七番街へと向かった。
七番街に近づくにつれて、クラウド達がスラムにいた頃の街並みとは随分変わっていた。


「準備はいいか?この壁を越えちまうと、簡単には戻ってこれねえぞ」


バレットの問いかけに、三人は無言で首を縦に振った。


「……おまえ、これが終わってもなんでも屋、続けんだろ?」


バレットがそう尋ねると、クラウドが答えた。


「そのつもりだ」


クラウドの返事を聞くと、バレットは少し微笑んでから続けた。


「あってると思うぜ……」

「それ、わかる」


ティファまでもが同意してきた。
クラウドとフキには、彼らが何を言っているのか理解できなかったが、あえて聞き返すこともしなかった。
クラウドにとっては、これからの自分に関わる大切な話であることには違いない。その一言一句を聞き逃すまいと耳を傾けていた。


「最初はよ、無愛想、気取り屋、過剰な自意識。いけすかない奴、堂々1位だったが、さすがにわかってきた。……本当のおまえは、ちがう!」


ティファがうんうん、とうなずく。


「そうそう、本当は優しいよね。子供の頃は、気づかなかったけど」

「そんなもの、もしあっても、戦場では役に立たない。いや、邪魔だ」


クラウドは、二人の言葉をきっぱりと否定した。
だが、フキがすかさず反論してくる。


「ティファ達はソルジャー時代のお前じゃなくて、今ここにいるお前と元々持っている本質を褒めてんだよ。それに、優しさって、大事なことだろ。なんやかんや、仲間とかに優しいじゃねーか」

「俺がいつ、あんたたちに優しくしたというんだ」

「ほら、レズリーが倒れてた時、声をかけてたじゃない。あれって、クラウドなりに心配してくれてたんでしょ?」

「それは……あいつが死んだりすれば、エアリスの救出に支障をきたすからだ」

「ふっ、素直じゃねえなぁ。でも、そういうところも含めて、おまえらしいぜ。ま、神羅に優しくする必要はねえけどな」

「……」


クラウドは、何も言わずに黙っていた。


「エアリス、待ってるよ」


ティファが笑顔で言った。


「カッコ良く乗り込もうぜ!」


バレットが、拳を握りしめながら、意気込んだ。
その言葉に、クラウドは小さく笑みを浮かべると、 いつものようにぶっきらぼうに答えた。
──行くぞ……。


そして彼らは、七番街スラムへと続く巨大な壁を越えた。




クラウド達が七番街に入ると、そこはまさに廃墟の街だった。
かつては活気があっただろう商店街はプレートに潰されており、瓦礫が散乱している。

クラウド達が今いる場所は比較的綺麗な方だったが、それでも所々がひび割れており、崩れかけている箇所もあった。
崩れ落ちたビルや瓦礫によって道が塞がれており、思うように進めない。

道場が途切れている地点は、レズリーから貰ったワイヤーガンを使い、高い足場へ飛び移り、そこを伝うようにして進んだ。
途中、何度かモンスターに遭遇したが、難なく退けることができた。

プレート断面に進むと、さらに瓦礫が増えていた。
彼らの記憶にある風景など、もはや見る影もない。
それでも、クラウド達は前へ進むことをやめなかった。

やがて、建設クレーンの下層マストまで登り詰めた。
そこから、クラウド達の目の前に広がっていたのは、かつての面影すら残っていない街の姿だった。


「クラウド……」


ティファがクラウドに話しかけてくる。
ティファの表情は真剣そのもので、どこか不安げでもあった。

そんな彼女の様子に気付いたのか、クラウドはティファの視線の先を辿った。
プレート落下による倒壊と破損で、街としての姿は跡形もなく、瓦礫の海だった。

スラム街を覆っていた金属の空はなくなり、不気味なほどに美しい夕空が見えていた。
その光景を見た瞬間、彼は思わず息を呑んだ。
クラウドの瞳に映っている景色もまた、悲しげなものとなっていた。


「また、店やろうぜ」


バレットの言葉に、ティファはただ静かにうなずくだけだった。


「うん、やろう。クラウドも、手伝ってくれる?」

「…………安くないぞ」


クラウドの返事を聞くと、ティファは嬉しそうに微笑んだ。
その顔を見て、クラウドは自分の頬が熱くなるのを感じた。
それを誤魔化すように、クラウドは顔を背けた。

ふと、視界に三人の輪から外れて佇むフキの姿を捉えた。
フキは、どこか寂しそうな目をしながら、崩壊した街並みを見つめていた。

まるで何かを探すかのように、じっと見据えたまま動かない。


「……どうした」


クラウドが声をかけると、彼はゆっくりと振り返り、口を開いた。


「いや……」


と言って、再び遠くの方に目をやった。


「あんたは……全て片づいたら、どうする気なんだ」


唐突に、クラウドは尋ねた。
その問いに、フキは少し考え込むような仕草を見せたあと、答えた。


「んー、わからん」

「えっ」

「先のことは考えられねーからなぁ……」


そう言って、フキは頭を掻いてみせた。
その姿を見て、クラウドは呆れ返ってしまった。

だが、同時にどこか安心した気持ちになった。
この男は、やはりどこまで行ってもフキなのだと思ったからだ。


「なら……」

「おう」

「俺と一緒に、なんでも屋をやらないか?」


クラウドが提案すると、フキは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつものニヤリとした笑みに戻った。


「それは、やめとく」

「なぜだ」


クラウドが尋ねると、フキは困ったように笑いながら言った。
しかし、その目は真剣そのもので、決意に満ちたものだった。

そして、こう続けたのだ。


「だって、その"約束"した相手、俺じゃないだろ?」


クラウドはその言葉を聞いて、ハッとなった。


「ま、待て……!ぐぅっ!?」


咄嵯に制止しようと動いた途端、クラウドは激痛に襲われ、その場に倒れ込んだ。全身が燃えるように熱い。
身体中の細胞が活性化し、暴走しているようだった。

頭の中に直接響く、この世のものとは思えぬ絶叫が、脳を揺さぶる。
クラウドは、意識を保つのが困難になっていた。


「クラウド。約束自体は、正しいものだ。でも、約束を果たす相手を間違えちゃ、ダメだろ?それじゃ、−−−−に失礼だ」


フキの声すら聞こえず、耳鳴りが酷かった。
ただでさえ聞き取りにくい彼の言葉を遮るように、耳の奥で叫び続けるものがある。


「大丈夫、大丈夫だ……クラウド。人間の手に負えないものは、全部、ライフストリームがやっつけてくれるからな」

「……!」


フキはいつの間にか、クラウドの傍らに立っていた。
クラウドの頭を両手で包むと、優しく語りかけた。

意識が遠退きかけているクラウドには、もはやフキの姿を見ることさえできなかった。
それでも、不思議と恐怖はなかった。
自分のことのように、フキが励ましてくれているのが分かった。


温かい何かが、流れ込んでくる。
それが何なのか、理解する前に、クラウドの意識は現実に呼び戻されてしまった。

ぼんやりと周りが明るくなっていく。
夢現の状態のまま、クラウドはゆっくりと瞼を持ち上げた。
目に焼きつけたばかりの七番街の光景を眺めた後、自分の手を見た。

握ったり開いたりするが、特に異常はないようだ。
あの時の痛みも嘘のように消えていた。


(夢……?)


いや、違う。確かに感じたはずだ。
あれは間違いなく、自分自身の記憶の一部だと。
だが、思い出せない。

思い出そうとすると、激しい頭痛に襲われる。
額を押さえ、必死に思考を巡らせようとするが、どうしても集中できなかった。

無理に思い出す必要はない。
それよりも、今は……。
クラウドは、ゆっくりと顔を上げた。


そこには、心配そうな面持ちでこちらを見つめる、ティファがいた。
彼女は今にも泣き出してしまいそうだ。
そんな顔をさせてしまうなんて、自分は何をやっているんだ。

心の中で自分を叱咤しながら、クラウドは上体を起こした。


「クラウド、大丈夫!?」

「あぁ、なんとかな」

「いきなり倒れたから、びっくりしちゃって……。今まで、ガウナに治癒魔法をかけてもらってたんだけど……具合、どう?」


ティファの言葉を聞きながら、クラウドは辺りの様子を窺う。
ティファの背後にフキの姿が見えた。

クラウドの視線に気づいたのか、フキは小さく手を振ってみせた。
どうやら、気を失っている間、ずっと見守っていてくれたらしい。

クラウドはフキに向かって軽く会釈をしてみせると、ティファの方に向き直り、言った。


「問題ない」

「そう……」


安心したような声色で呟くと、ティファはふっと息を吐いた。


「クラウドが無事なら、良かった」

「心配かけて、悪かった」


安堵した様子を見せるティファやフキを見て、クラウドは申し訳なさを感じた。


「休むことなく、ずーーっと動き回ってたからな。疲れてたんだろ」


フキの言う通りかもしれない。
長時間、立て続けに戦闘続きだったせいか、疲労が溜まっていたことは確かだ。
しかし、それだけではない気がする。


クラウドは、先ほどのフキとのやり取りが引っかかっていた。

あの時、確かに自分は、自分以外の誰かの意思によって動かされていたのだ。
まるで、身体中の細胞一つ一つに命令されたかのように。そして、その意思に逆らえなかった。


自分が自分でなくなるかのような恐怖感が込み上げてくる。
−−俺は一体、誰なんだ? −−お前は、なんなんだ?
頭の中に直接響いてきそうなほど鮮明に、あの時の言葉が蘇ってくる。


(俺が、俺じゃないみたいだった……)


あの時、クラウドは、自分が何者か分からなくなった。

クラウドの異変に気づいたのだろう。
ティファが不安げに声をかけてきた。


「まだ、どこか気分悪い?」

「もう大丈夫だ。先を進むぞ」


クラウドは慌てて平静を装うと、彼女の方を向いた。
まだ本調子でないせいだろうか。いつもより弱々しく見えるティファの顔を見ると、胸が痛む。

クラウドは、大きく深呼吸すると、自分に言い聞かせるように言葉を続けた。
とにかく、今は前に進まなくては。ここで立ち止まっていても仕方がない。
この先に何があるのか分からない以上、前に進むしかない。


それに、さっき感じた違和感の正体を確かめたい気持ちもあった。

自分の中にある何かの存在。あれはなんなのか。
どうして、あんなことが度々起こるのか。

クラウドの心の内を読み取ったように、フキが口を開いた。


「きっと、あるべきようになるから。今は堪えよう、クラウド」


クラウドは、その言葉の意味を聞こうとしたのだが、 それよりも早く、フキは歩き出してしまった。
結局、その言葉の真意を聞けぬまま、クラウド達は先へと進んでいったのであった。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -