24



七番街スラムを出ると、ウェッジをエアリスの家に連れ帰った。

ベッドの上に寝かせてから、だいぶ時間が経つが、まだ起きる気配がない。
その間、クラウド達は、今回のことをありのままにエルミナへ伝えた。



「神羅の地下施設で、人体実験のあとを見つけた。俺の方が神羅という組織を知っている。話を聞いただけで、エアリスを解放するとは思えない。この世界でたったひとりの古代種となれば、科学部門が黙っていないはずだ。科学部門には、宝条という人を人とも思わない−−」


それを聞いていたエルミナの反応は、やはり予想通りのものになった。


「やめておくれ!!」


彼女は表情を一変させ、怒りに満ちた声を上げたのだ。


「でも……!」


反論しようとするクラウドに対し、ティファが制止した。

クラウドは、黙ったままティファの目を見つめている。
その目には、迷いがあるように見える。
ティファは、その視線を振り切るように首を横に振った。


エルミナの怒りが静まるまで、しばしの時間を要した。
やがて、落ち着きを取り戻した彼女が、ゆっくりと口を開いた。


「少し、考えさせてくれないかい?」


その言葉に、クラウド達は沈黙したままだった。それは、肯定の意味だ。

エルミナも理解していたのか、それ以上は何も言わなかった。









星が降ってくるような、圧巻の夜空を横目で見ながら、フキはベランダに置かれたプランターの花々に、水をやる。
夜風が心地よく吹き抜ける中、彼は花たちに水を与え続けた。


ふと、人の気配を感じて振り返ると、そこには神羅に囚われているはずのエアリスの姿があった。
彼女の瞳は、とても悲しげだった。

どうしたらいいのかわからない、そんな風に見えた。
だが、それも一瞬のことだった。

エアリスはすぐに笑顔を作り、明るい声で話しかけてきた。


「お花に水、ありがとう」


まるで、今の時まで一緒にいたかのような自然な口調だった。


「エアリス!? どうしてここに……」


驚いた様子を見せるフキに対して、エアリスは悪戯っぽく微笑んだ。


「んー、わからん」

「いや、わからんって……。ザックスじゃないんだから……」


困り果てた様子のフキを見て、エアリスはくすっと笑った。
そして、そよ風に乗って、花の香りが漂ってきた。


「わたし、ずっとフキに、謝らなきゃって思ってた」

「なんのことで?」

「だって、わたしのせいでフキは……」


そこまで言うと、エアリスは俯いて押し黙ってしまった。
フキは、花に水をやり続ける手を止めて、彼女に向き直った。しばらく無言の時が流れる。


「…………」

「…………」


先に口を開いたのは、フキの方だった。


「俺さ、あの時、自分のことしか考えてなくて……エアリスのことなんか、全然気にかけていなかった。だから、君がどんな思いであの時、俺を拒絶したかなんて、想像もしていなかった」

「違う! そうじゃなくって……!」


エアリスは必死になって否定するが、フキはそれを無視して話を続けた。


「自分さえ良ければそれで良いって、本気で思っていたんだ。でも、ザックスは違った。あいつは、いつも周りばかり気にして、自分が傷つくことも厭わないで、他人のために全力になれる奴だった。そんな姿を見ているうちに、俺は、こんなんじゃ駄目なんだなって思ったんだ。誰かを傷つけてしまうくらいなら、いっそこのままでもいいやって思えてきてさ。だけど、エアリスの言葉を聞いて、目が覚めた気がしたよ」


フキは、そこで一度大きく息を吐く。


「ごめんな。今更遅いかもしれないけど、君の本当の気持ちを知りたいんだ」


エアリスはしばらくの間、何も答えなかったが、意を決したように顔を上げると、フキの目を見た。
その目は、涙で潤んでいるように見えた。


「本当は、ずっと会いたかった。でも、怖かった。また拒絶されるんじゃないかって、思ったら、足、すくんで動けなかった」


エアリスの声は震えていた。


「それでも、いつかきっと会えるって、信じて、諦めずに待ち続けたの」

「うん」

「そしたら、フキが来てくれた」

「ああ」

「嬉しかった。すごく、すっごく……!でも……フキは大切な人だけど、恋人とか、そういう意味では、愛せない」


エアリスは、両手で顔を覆った。


「わかった」


エアリスは泣き崩れそうになるところを、フキに支えられる。
彼の胸の中で、エアリスは何度も謝罪を繰り返した。


「ごめんなさい」

「もう、いい。いいんだよ、エアリス」

「うぅ……ごめん……ごめ……ん……ね」


嗚咽混じりの声はかすれていて、聞き取りにくいものだったが、フキにははっきりと聞こえた。


「大丈夫だよ。みんなと一緒に、必ず君を迎えにいく」

「ほんとうに?……わたしのこと、迎えにきてくれるの?」

「もちろんだ」


エアリスは、フキの顔を見上げる。
その表情は、どこか安心したような、そんな感じがした。

彼女は、ゆっくりとフキから離れ、再び口を開いた。


「約束、してくれる?」

「ああ、約束する」

「じゃあ……」


エアリスは、ゆっくりと目を閉じた。



「待ってる」


次の瞬間、エアリスは消えてしまった。
まるで、今までの出来事が全て夢であったかのように。

しかし、確かにエアリスは存在していたのだ。
彼は、彼女から託された想いと共に、前に進む決意をした。



それからしばらくして、がちゃりと音がしてベランダの扉が開く。


出てきたのは、クラウドだ。
クラウドは、プランターの前に座っているフキを見て、驚いたように声をかけた。


「あんた、いつ眠っているんだ?数日は、行動を共にしているのに、気を失う以外で眠っているのを見たことがない」


クラウドは、少し呆れた様子だった。
フキは、クラウドの方を向かずに答える。


「俺、眠らないんじゃなくて眠れないんだよ……昔から。不眠症って言えばわかりやすいか」


それは独り言のようにも見えた。
クラウドは何も言わず、フキの隣に立つ。



「……」

「……」


二人は、しばらく黙り込んだまま、空に浮かぶ月を眺めていた。
やがてフキが立ち上がり、「行こうぜ」と言ったのをきっかけに二人は歩き出した。

フキはザックスから贈られた、ペンダントを軽く握りしめていると、クラウドが話しかけてきた。


「そのペンダント……」


クラウドは、不思議そうな目でフキの首元を見る。
フキはその視線に気づいたのか、苦笑しながら言った。


「ああ、これか?これはダチから−−」

「なんで、あんたがこれを持っているんだ!?」


クラウドは声を荒げて言う。
突然の大声でフキは驚き、思わず立ち止まった。

クラウドの方を見ると、信じられないという顔つきをしていた。
フキは首を傾げる。

クラウドが何を言っているのかわからなかったからだ。
ザックスから貰ったものをどうして持っているんだと聞かれても、フキにはどうしようもない。


「なんでって……誕生日プレゼントで貰ったんだよ……。ダチに」


クラウドの剣幕に圧倒されながら、フキは答えた。
そうしないと、クラウドは納得してくれないだろうと思ったからだ。

すると、クラウドは急に我に返ったようにハッとした。
そして、バツが悪そうに頭を掻く。


「これは、俺が……!贈った!うっ……誰に?」


クラウドは自分で言っていて混乱しているようで、最後の方は言葉になっていない。
フキはますます困惑した。


クラウドが一体何を言いたいのかさっぱりわからない。

だが、クラウドの言い分をまとめると、このペンダントと同じものをクラウドも購入し、誰かしらに贈ったということだろう。
フキは考えた結果、こう結論付けた。

だが、次の瞬間、クラウドは信じられないようなことを口にする。


「俺が……おまえの誕生日に、贈ろうとしたんだ……。でも、贈るのを忘れていて……、ティファと一緒に選んでもらったんだ……」


そこまで聞いて、フキはようやく理解した。

クラウドは、何らかの影響でザックスの記憶や経歴を取り込んで、自身の記憶と混同しているようだ。
しかし、なぜそんなことになっているのか、見当もつかない。

いや、正確には、心当たりがあると言えばあるのだが……フキはそれをあえて口にしなかった。


(違う。違うんだよ、クラウド……。この思い出まで、俺から……ザックスから盗らないでくれ!クラウド!!)


フキは心の内で叫んだ。
今にも泣き出してしまいそうになるのを堪える。


「世の中探せば、こういうペンダントはどこにでもあるっつーの!!」


フキは大声で叫ぶと、そのまま走り去って行った。
クラウドはそれを追いかけようとしたが、すぐに足を止める。

追いかけたところで、今の自分の記憶が正しいかどうかも分からないのだ。
それに、もし間違っていたらと思うと怖かった。


クラウドはその場に佇み、フキの背中を見つめることしかできなかった。





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