21




「フキ!」


セブンスヘブンの前で、エアリスはフキを見つけて声をかけた。
フキはエアリスに気付くと、手を上げて返事をする。


「エアリス……良かった、怪我とかしてないか?」


心配そうな顔で訊ねてくるフキに対し、エアリスは少し怒った口調で言う。


「人の心配より、まずは自分!でしょ?フキ、重症なんだから」


彼女の言うことはもっともなので、素直に謝ることしかできなかった。

フキは頭を掻きながら、困り果てた様子を見せる。どうにもバツが悪い。

その様子を見て、エアリスはクスッと笑う。
つられてフキも笑顔になり、二人は目を合わせたまま微笑んだ。



「こんな状況だから、多分、店の奥にいるかもしれない。行こう、エアリス」


フキはそう言って、先に店の中へと入っていく。
エアリスは彼の後を追うように、セブンスヘブンの中に入った。


店の中には誰もおらず、カウンターの奥からは子供のすすり泣く声だけが聞こえてきた。
二人は泣き声を頼りに、店の中を探し回る。

やがて、キッチンスペースにある冷蔵庫の前に、幼い女の子を見つけた。おそらく、この子がマリンだろう。
エアリスはマリンに近づき、優しく話しかける。


「マリン、だよね?」


だが、マリンは怯えきっており、二人の顔を交互に見たあと、怪訝な表情でこう言った。


「だ、だれ?」


エアリスとフキは互いに見合わせ、困惑していた。
マリンは、二人に警戒心を抱いているようで、なかなか心を開かないのだ。

エアリスはしゃがみ込み、マリンと同じ高さの目線になると、笑顔で自己紹介をした。


「わたしは……ティファのお友だち!」


フキもそれに続き、名前を告げる。


「あー……マリン、初めまして。俺はフキ。これで、お互いに名前を知っただろ?じゃあ、俺達は今からトモダチ、だ!」


フキはマリンの手を取り、握手を求めた。
マリンは少しだけ戸惑っていたが、おずおずとその手を握り返す。

フキはニカッと笑みを見せ、エアリスに合図を送った。
彼女もうなずくと、同じようにマリンに挨拶する。


フキとエアリスのコンビネーションで、ようやく緊張が解けたのか、マリンは少しずつではあるが口を開いてくれた。
だが、やはりまだ不安があるのか、その表情には影が見える。


「新しいおうち、お花、いっぱいにしよう」

「マリンにも、できる?」

「できるよ。俺とエアリスが教える」


フキとエアリスは、そんな彼女に笑顔を向け続けた。
そして、マリンが落ち着きを取り戻してから、三人は店の外へと向かった。その時だった。

店の外から地震のような揺れと物音を感じ、エアリスとフキは咄嵯に身構えた。
だが、二人に手を繋がれたマリンだけは、何が起きたか理解できていない。

三人に目掛けて、パイロットランプの光を照射したヘリが近づいてくる。
眩しそうに顔を歪めていると、セブンスヘブンの扉が開き、外から黒のスーツを着た男が入ってきた。


男はエアリス達を見つけるなり、ニヤリと笑ってみせる。
そして、ゆっくりとこちらへ歩み寄り、こう告げた。


「かくれんぼは終わりだ。エアリス」

「ツォン……」


それは、あまりにも唐突で衝撃的な一言であった。
エアリスの言葉を聞いた瞬間、フキは息を飲む。
目の前の男が何者なのか、一瞬にして悟ったからだ。

同時に、フキの脳裏に懐かしい記憶が蘇る。
五年前、ザックスとフキ、ツォンの三人で任務を熟していた時の記憶が――。


それでも、フキは彼女を庇うため、間に立ち塞がって睨みつける。
今の彼に出来ることは、それしかなかったのだ。

男はフキの顔を見るなり、目を丸くして驚く。
しかし、すぐに気を取り直すと、不敵な笑みを浮かべ、静かに呟いた。


「レノの報告通りだな……フキ」


レノの名を聞き、フキはさらに険しい顔になる。
彼は無意識のうちに、拳を握っていた。

ツォンはフキの反応を見て、満足げに笑う。
それから、再び視線をエアリスへと移した。

彼女は俯いており、その表情は読み取れない。
だが、彼女の纏っている空気から、フキは何かを感じた。
それが一体どういう感情なのか、彼自身にもよくわからなかったのだが……。

ツォンはエアリスに語りかけるように、こう続ける。


「さて、選択肢はそれほど多くない」


まるで、独り言のように。
否、もしかすると、フキにも聞かせるために口にしているのかもしれない。
彼の言葉は、フキの耳にしっかりと届いていた。

ツォンはエアリスに向けているような口調で、フキにも問いかける。


「さあ、おまえはどうする?」


フキは、ただ黙っていた。何も答えられなかったのだ。
ここで下手に口を挟めば、状況が悪化することくらい容易に想像できたからである。
沈黙が続く中、エアリスがようやく口を開いた。



「取り引き、したいんだけど?」

「ダメだ、エアリス!」


フキは反射的に叫んでしまった。
だが、エアリスは首を横に振り、大丈夫だからと優しく微笑んでみせる。
その笑みを見た瞬間、フキは何も言えなくなってしまった。

だが、ツォンは依然として余裕の表情を崩さない。
むしろ、この状況を楽しんでいるかのようにさえ見えた。


ツォンのもとへ行こうとする彼女の手をフキは掴む。
彼女が行けば、間違いなく身の安全は保証されないだろう。それは、誰の目から見ても明らかだった。

エアリスもそれを察しているのか、フキの手を振り払おうとはしない。
ただ、寂しげにフキを見つめていた。


エアリスの瞳に映るのは、不安や恐怖ではなく、悲しみの色。
どうして、そんな顔をするくらいなら、何故逃げない? そう言いたかったが、フキには声を出すことができなかった。

やがて、ツォンは「その手を離せ」と言わんばかりにフキの肩を叩く。
フキは仕方なく、エアリスの手を放した。


「エアリス……待ってくれ!頼む、エアリス!!」


フキの声が響く中、エアリスはマリンを連れて、一歩ずつヘリコプターへと歩み寄っていく。もう、振り返ることはなかった。

代わりに、彼の背後に立っていたツォンによって、フキは羽交い締めにされてしまう。
暴れるが、ツォンの腕力からは逃れられない。


「今のおまえの生活態度を知れば、死んだザックスだけでなく、エアリスもがっかりするんじゃないか?」


そう言い放つツォンの言葉が、フキの心に深く突き刺さる。


確かにこの数ヶ月間、フキは人様に言えないようなことしか、してこなかった。
元ソルジャーとしては、褒められたものではないだろう。
だが、それでいいと思っていたのだ。

エアリスの笑顔が見られるのならば、他の何を犠牲としてでも構わないと――。


「テメーの無能さを言い訳にすんなよ!!なんで……なんで、おまえ達タークスは……!もっと早く、ザックスを助けてくれなかったんだよ!?ツオン!!そうすれば……!そうすれば、ザックスは死ぬこともなかったのに!」


フキの言葉を聞いたツォンが、一瞬だけ悲痛の表情を浮かべた。
だが、すぐに元の冷静さを取り戻す。

そして、ゆっくりと口を開くと、こう言った。


「ザックスを助けに行く度胸もなかったくせにか?五年間、消えていた奴は楽観的で羨ましいな」


返す言葉が見つからず、フキは唇を噛んだ。
ツォンの言う通りだと思ったからだ。


自分は、エアリスのことになると、途端に臆病になる。
だからこそ、フキはエアリスに自分の気持ちを伝えることができずにいた。
そんな自分が情けなくて、悔しくて……。

こんな時でさえ、自分のことしか考えられない自分に嫌気が差していた。
しかし、ツォンは突然フキを解放すると、首に何かを飾り付ける。
それが何なのか、最初はよくわからなかった。

だが、しばらく経ってから、それがペンダントだと気づく。


そこには、黒い紐のネックレスチェーンに、楕円状の青灰色の石が台座に填められた、シンプルなデザインのペンダントだ。


「ザックスからおまえにと、預かっていたプレゼントだ」


ツォンはそう言って、ヘリに乗り込む。それから、ヘリの扉を閉めた。
同時にプロペラの回転数が上がり、機体を宙に浮かせる。

どんどん遠ざかっていくヘリを見ながら、フキは叫んだ。


「って、おい!ツォン!俺はここに放置かよ!?この、クソが……っ!」


罵声を浴びせても、無駄だということは理解している。
ただ、叫ばずにはいられなかったのだ。

フキの声が空しく響き渡る中、ツォンはエアリス達と共にヘリコプターに乗り込み、スラム街から離れていった。
その場に取り残されてしまったフキは、途方に暮れるしかなかった。

これからどうしようかと悩んでいると、不意に、足元に一通の手紙が落ちていることに気づく。
拾い上げてみると、宛先はフキの名前が記されていた。



手紙の差出人は、ザックス・フェア。
今まさに、彼のことを思い出していたところだった。

フキは、急いで封筒を破り捨て、中身を確認する。
中には一枚の便箋が入っていた。

便箋の方には、殴り書きに近い字で、こう書かれていた。



『――フキ、誕生日おめでとう。プレゼント贈るの遅くなって、ごめん。
これでも、いろいろ考えたんだけど……結局、何も思い浮かんでなくってさ。だから、とりあえず、クラウドとティファに相談して買ったペンダント、贈るよ。
でも、一応、それ安物だから、あんまり期待はしないでくれよな。

それと、もうひとつ。
おまえの幸せを心の底から願っている。じゃあ、またいつか』


その短い文章を読み終えると、フキの目には涙が溢れていた。フキは慌てて、それを拭う。

ザックスらしいと思いながら、フキは苦笑した。
今まで生きてきて、一番嬉しい誕生プレゼントかもしれない。
そう、思ったのだ。

フキはペンダントを握り締めて、目を瞑り、静かに祈りを捧げた。



もし、ここで死んだら、ザックスに会えるのだろうか?
ほんの少しでもいいから、一目、ザックスに会えたらいいのに――と。

その時、フキの背後から聞き覚えのある声が、耳元に響いた。


「−−まったく……なんてザマなんだ、フキ。せっかく俺が贈ったプレゼント、エアリスへの形見にするつもりか?ツォンの言ったとおり、今度こそ本当に、おまえにがっかりするぞ?」


フキは目を見開くと、勢いよく振り返る。
すると、そこには、誰もいなかった。

気のせいかとも思えたが、違う。確かに聞こえてきたのだ。
いつも傍にいた、あの懐かしい声が……。

驚きのあまり言葉が出ず、呆然と立ち尽すフキの前には、炎の壁が立ち塞がって、行く手を阻んでいた。


「お前に失望されないよう、努力し続けるよ……ザックス」


フキは悲しそうに顔を歪めると、呟く。
壁の向こう側に向かって、届くはずのない言葉を。

そして、フキはゆっくりと歩き出した。


この先に待つのは、希望か絶望か、それはわからない。
だが、フキは前に進まなければならないのだ。

それが、ザックスと交わした約束なのだから。





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