20




「ここを抜けなきゃ、ウォールマーケットまで行けないだろ」

「うるさい!今は通行禁止だ!!」


六番街との境目のゲート付近で、スラムの住民達と二人の警備兵が言い争っている。
どうやら、住民を通らせないように封鎖しているようだ。

騒ぎを聞きつけたフキ達は、彼らに近づき声をかけた。


「開けてください!ここが通れないと−−」


警備をしていた男達は、突然現れたウェッジを見て驚いた表情を浮かべたが、すぐに睨みつけてきた。


「うるさいっ、無理だと言ってるだろう!」

「ウェッジ!?」


警備兵の一人がウェッジを突き飛ばしたため、彼はそのまま地面に倒れ込んだ。


「ウェッジ!この野郎……っ!!」


それを見たフキが怒り、警備兵に詰め寄ろうとしたときだった。


──ゴォン!! 突如、大きな音を立てて支柱から火だるまになった人間が落下してきたのだ。
あまりの凄惨な光景に、その場にいた誰もが言葉を失った。

その光景を目の当たりにしていた警備兵達に、ウェッジが声を振り立てて訴える。


「何が起こるか、わからないッス。後悔する時は、いつだって手遅れッス」


彼の目からは涙が流れ落ちている。
ウェッジは必死に訴え続けた。


「みんな助からなきゃ、ダメなんだ!」


そんな彼を見ていた警備の新米兵士は、やがて根負けし、重い腰を上げてゲートを開いた。


「みなさん、こっちです。早く!」


新米兵士は、住民たちに避難を促す。
新米兵士と住民の誘導を始めたウェッジに、フキが笑顔を向ける。


「ウェッジのおかげで、奇跡が起きたな」

「ガウナさん……へへっ、これがクラウドさんだったら、もっとスマートにやれたと思うッス」

「ハハハッ、クラウドだったら、もっと荒っぽい」


クラウドがやったわけではないのだが、二人は笑い合った。



「ねえ、ウェッジ。セブンスヘブンは、この先だよね?」


エアリスが尋ねると、ウェッジは首を縦に振った。


「そこの道を抜けて、右側ッス」

「マリンは、わたしたちにまかせて!」

「街のみんなは、まかせてください!」


エアリスの言葉に続くように、ウェッジも言う。
そして三人は、その場を離れた。









フキはエアリスと共に、逃げ遅れた者がいないかどうか確認と避難誘導しながら、セブンスヘブンを探しに走った。


「みなさん、避難してください!七番街の下から、離れてください!!」


道行く人々に声を掛けながら、彼女は息を切らして、居住区の奥に進んでいく。
しかし、いくら声を張り上げて呼びかけても、誰一人として反応しない。


「早くしないと……!クラウド達、戦ってるのに……」

「大丈夫だ、エアリス。きっと、大丈夫。クラウド達を信じよう」

「うん……七番街から離れて!早く、遠くへ!」


焦りを募らせる彼女とは対照的に、フキの声には落ち着きがあった。

彼が冷静なのは、クラウド達の実力を知っているからだ。
そして、クラウド達が簡単にやられるはずがないと信じているからでもある。


そうこうしているうちに、居住区の広場で人だかりができていた。
その中心には、二人の男と老婆の姿がある。

男達に見覚えはなかったが、老婆のことはすぐに分かった。彼女はフキとエアリスに声をかける。


「ちょっとアンタ達。なにか、知ってるのかい?支柱は無事なんだろ?」


彼女の問いかけに対し、エアリスが答える。


「今はまだ、でも……」


その表情には、不安の色が浮かんでいた。

それを察したのか、老婆は優しく微笑んだ。
まるで、何も心配はいらないと言うかのように。
そして、老婆の口から衝撃的な言葉が発せられた。


「プレートは落ちるのかい?」


少し考え込んでから、エアリスは答えた。


「はい!」


そして、老婆はまだ避難していない者達に向いて言った。彼らに、拍車を掛けるかのように。


「あんたらもアバランチかい?」

「俺はそうだけど、エアリスは……」


そう言いかけたときだった。
エアリスは一度、首を横に振ってから決意を固めるように、力強く言い放つ。


「友達です」


エアリスの瞳には、強い意志が宿っていた。
その様子を見届けた老婆は、満足そうな笑みを浮かべると、二人に視線を向けた。

そして、穏やかな口調で語りかける。


「あとで顔を見せなって、ティファに伝えておくれ」


それは、まるで孫娘を見守る祖母のような優しい眼差しだった。

二人は一瞬だけ目を合わせると、大きくうなずき合う。
それから、フキとエアリスは、再び走り出した。




「あそこだ!」

「待て、エアリス!」


セブンスヘブンに向かって駆け出そうとした彼女を、フキが呼び止めた。エアリスは立ち止まり、フキを振り返る。
彼は真剣な面持ちで、空を指差した。


その先には、黒煙と火の粉を纏いながら、ヘリコプターが墜落していく姿があった。
そして、ヘリが墜落したであろう場所には、セブンスヘブンの店先が見える。


「そんな……」


それを見た瞬間、エアリスの胸中に絶望が押し寄せてきた。
だが、間一髪のところでヘリコプターは道を塞ぐように落下し、セブンスヘブンは助かったようだ。

安堵の息を漏らすと同時に、今度はヘリコプターの残骸によって、セブンスヘブンへの道が絶たれてしまっていたのだ。


「エアリス、一旦、ここを離れよう!!」

「でも、マリンが!」


フキの言葉を遮り、エアリスが叫ぶ。
マリンの身を案じているのは、フキも同じだった。

だが、今の自分たちにはどうすることもできない。
フキが無言のまま、首を左右に振る。

それが何を意味するのか、エアリスにも分かっていた。
それでも、彼女は諦めきれない様子だった。
その時だった。

もとから発火していたヘリコプターが、引火爆発を起こした。
その爆風に煽られ、二人は後方に吹き飛ばされてしまう。

咄嵯に彼女が地面に叩きつけられる寸前に、フキが手を伸ばす。
そして、どうにかエアリスの身体を抱きかかえることに成功した。

しかし、二人ともバランスを失い、そのまま地面へと倒れ込む。
その拍子にフキの左脇腹に激痛が走った。

痛みに耐えながら、フキはゆっくりと立ち上がる。
彼の腕の中では、エアリスが苦痛に顔を歪めていた。幸い、怪我は大したことなさそうだ。


「いたた……、マリン!」


彼女は我に返ったのか、すぐに起き上がる。
そして、辺りをキョロキョロと見渡した。

しかし、そこには瓦礫の山があるだけで、人の気配はない。


「エアリス、ここは俺がなんとかするから、逃げ遅れた人がいないか見てきてくれ……!」

「そんなこと、できない!」


フキの提案に対して、エアリスは即座に否定した。

だが、フキは彼女の肩に手を置きながら、諭すように言った。
まるで、子供をあやすような口ぶりだ。


「現に、一ブロック先の通りで、マリンのお友達が逃げ遅れそうになってる!ここは俺が、なんとか……するから……」

「フキ?大変……ケガ、してるよ!?治さなきゃ!」


フキの異変に気付いたエアリスは、慌てて彼の元へ駆け寄ろうとした。だが、それをフキが制止する。
その表情には、いつもの柔和な笑みが戻っていた。


「……!」


エアリスは何かを言いかけたが、口を閉ざしてしまう。
そして、意を決したのか、彼女は大きくうなずくと言った。


「ここで死んじゃったら、フキのこと、今度こそ、ほんとにゆるさない」


フキは少し驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔に戻る。


「わかった。努力するよ」


そして、彼は立ち上がり、セブンスヘブンの方角へ歩き出す。

その背中を見つめたまま、エアリスは何も言わなかった。
ただ黙って、彼が行くべき道を示すだけだ。

フキはその道を進み、エアリスは来た道を戻ることにした。



フキはエアリスの姿が見えなくなるまで見送ると、目の前に立ちふさがる障害物に向かい合う。


それは、ヘリの残骸だった。
エアリスの言ったとおり、セブンスヘブンに続く道は塞がれている。
だが、これさえ撤去すれば、まだ間にあうかもしれない。

フキは残骸に右手をかざし、慎重に手のひらへ力を込める。
魔晄とは違った物質の塊を纏わせ、超振動で残骸の物質を分解し、消滅させた。

すると、ヘリの破片や鉄屑は音もなく消え去り、再びセブンスヘブンへの道が開かれた。


「はあーあ……いってぇな、こんちくしょう」


フキは左脇腹に治癒術をかけながら、苦笑いを浮かべた。
そして、エアリスが歩いて行った方向へと視線を移す。


エアリスは無事だろうか。
自分がこんな状態じゃなければ、一緒に行動できたのに……。

フキはエアリスの後ろ姿を頭に思い浮かべながら、そんなことを考えていた。





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