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起き抜けに入ってくる景色は、空間に特別な魅力を与えてくれる、テイストの部屋だった。
リゾート地における自然の光景やリゾートホテルをイメージした、インテリア・雑貨が非日常を生み出し、自然を意識した開放感を実現させた内装とは裏腹に、湿り気をおびた生ぬるい夜風が、簾を通して客室のなかにまで流れこみ、灯された燈台の炎を悲しげにゆらめかせている。



「あんた、相変わらず人や物がそばにないと眠れないクセ、直らないんだねえ」


右隣から声をかけられたことで、フキは我に返ったが、みひらいた眸がまず見たものは憎々しいまでに大きく熟した、乳房だ。
その次に、少なくとも十ほど離れている、三十代のトウのたった女の顔。


彼女は、六番街スラムの商業地区を取り仕切る実力者−−手揉屋のマダム・マムである。


不定期に彼女のもとめに応じ、枕辺に侍るのが務めになったのは、宇宙空間から虹の橋でこちらの世界に馳せ戻ってきてから、話は始まる。







この世界に転移した直後、泥酔でもしたかのように、スラムの廃材置き場でフキは寝そべっていた。
数時間前の出来事をそっくり忘れているのが、なんとも恐ろしい。

盛大に失敗する前に、悪酔いの疑似体験ができて良かったというべきか。
ベッド代わりに使っていた、潰れたコンテナからフキは飛び降りた。通り道に立ち、周囲の様子を確認する。


見慣れない家並みだ。見知らぬ場所にいるのは間違いなかった。
瓦礫の山隙間から見える風景は、伍番街スラムのものではない。


(……どこなんだ、ここは)


疑問を口にするより早く、フキは気づいた。
視界の隅に、七三分けにした金の短髪の男がフキを目掛けて走ってくる。


(……あー……やばいなぁ)


逃げるには遅すぎた。
男はすでにフキの前にいて、息も絶え絶えに両肩をがっしりと掴んだ。
フキと目が合うなり、金髪の男は口を開く。


「お兄さん、喧嘩は得意?」

「まあ……弱くはないかな」

「それは良かった!……あとは任せた」

「はあっ!?」


フキが驚く間もなく、金髪の男は瓦礫の山の中に身を隠す。
溜息をつくと、男が何に追われているのか理解できた。


モンスターによる、スタンピードだ。


(……まずいな)


逃げようにも、すでにモンスターが向かって来ている。

さっきの男のように、自分も隠れた方がいいだろうか? いや、ダメだ。
囲まれている以上、隠れても無駄だろう。


フキが思案している間に、モンスター達はすぐ側まで迫っている。
考える余裕など与えてくれそうにない。
フキは意を決すると、慣れた手つきで左手に剣を出現させた。

迫り来るモンスターに向けて構える。そして、一閃。
目の前にいた2体のホウルイーターを斬り裂いた。

続けて3体目を横薙ぎの一振りで倒す。
その隙を狙ってか、背後から襲いかかってきたウェアラットの攻撃をバックステップでかわす。
体勢を立て直すと同時に、次の攻撃に備えた。


だが、予想していた追撃はなく、別の方向から雄叫びが上がる。
そちらを見ると、4体目のウェアラットが仲間の仇だと言わんばかりに、フキに向かって突進してきた。
フキは迎え撃つ形で、斬撃を放つ。
放たれた衝撃波が地面を沿って飛んで行くと、ウェアラットの動きが止まった。そのまま崩れ落ち、息が絶える。


それを皮切りにして、他のモンスター達が一斉に襲いかかった。
しかし、どれもフキに触れる事なく、絶命していく。
気がつくと、辺り一面にモンスターの死骸が転がっていた。

戦闘を終えたフキは、大きく息を吐く。
剣を一振りしてから、左手に収めると、改めて周囲を確認した。


見計らってから、金髪の男が姿を現す。
彼は少しだけ驚いた表情を浮かべていた。


「あ、あんた……ソルジャーか?」


金髪の男は好奇の目を向ける。
フキは自分とモンスターの戦闘を、男に見せたつもりはなかった。


(今の……見られてたか)


もしそうなら、マズイ状況だった。
超人的な筋力、耐久力、反射神経を獲得し、剣を使う戦闘者といえばソルジャーの代名詞だ。

その特徴を知られているのであれば、間違いなく神羅の人間だと勘付かれる。
幸いにも、フキは現在、神羅カンパニーから殉職扱いされているはずだ。


警戒するフキに対し、金髪の男は両手を広げて笑みを浮かべた。だからといって安心はできない。
男の反応次第で、対応を変えなくてはならないからだ。

金髪の男は、フキを見つめたまま動かなかった。まるで何かを考えているようだ。
やがて、納得したのか、ゆっくりと口を開く。


「あんた……"セフィロスの弟子"だろ?神羅に売らないでおいてやるから、その代わり、俺の頼み事を一つ聞いてくれ」


男の口から発せられた言葉は意外なものだった。
男は言った。アバランチに入ってくれないか、と。











フキが連れていかれた先は、スラム街の一角にある診療所だった。

金髪の男はジージェと名乗った。
彼によると、この診療所の主から建物を買い取ってアバランチのアジトにしたらしい。

ジージェに連れられて中に入ると、フキは地下屋へと案内される。
ガレージのような室内には、最低限の家具や雑貨が揃っており、生活するには不自由しない環境が整っていた。


奥の部屋へ進むと、三人の男女がパイプ椅子に腰掛けていた。年齢層はいくらかばらつきはあるが、壮年に達して見える。
ジージェが入ってくると、彼らは居住まいを正した。
フキを彼らの前に立たせると、ジージェが口を開いた。


「分派と違って、本家は穏健かつ向上心があるのを示してくれて重畳だ。三人とも、聞いてくれ。今日から"本家"アバランチに入る、えっと……名前なんだっけ?」


名前を聞かれたフキは首を傾げる。
本名を名乗るべきか、偽名を用いるべきか迷う。
どうせすぐにバレるだろうが、偽る必要はある。

咄嵯に思いついた名前を選ぶ。フキは少し間を空けてから答えた。


その名は―――


「俺は……ガウナ。ガウナ・ヴァレンタイン」


死んだ母の名前を口にした。それがこの世界での、自分の新しい名となった。









投稿日 2021/08/17
改稿日 2022/10/12




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