15
フキは、落ちている途中で意識を失った。
次にフキが目覚めたのは、薄暗い部屋の中だった。
コルネオの部屋にいたはずだが、どうやら地下通路のような場所に落とされていたようだ。
身体を起こすと、全身に鈍痛が走る。
フキは、自分が生きていることに驚いた。
あの時、確実に死ぬと思ったからだ。
医療ミスはあったものの、過去に魔晄を照射されたことで、普通人よりは体が頑丈な造りになっているからだろう。
そうでなければ、あの高さから落ちて無傷でいるはずがない。だが、そのお陰で助かった。
神羅の技術に助けられたのは業腹だが……。
そんなことを考えながら辺りを見回すと、すぐ隣には誰かが倒れていた。
一瞬、敵かと思い警戒したが、よく見るとそれはクラウドだった。
慌てて駆け寄り、脈を確認する。
(良かった……生きてる)
クラウドの心臓が動いていることを確認して安堵する。
念の為、クラウドと他の二人に治癒術をかけ終えると、今度は別のことが気になり始めた。
それは、ここがどこなのかということだ。
悪臭と薄暗さから判断すると下水道かもしれない。
だとしたら、出口まで戻るのはかなり大変だ。
まず間違いなく、七番街までの移動距離がプラマイゼロだろうし、下手をすれば地上での移動よりも時間がかかる可能性もある。
そうなったら、せっかくコルネオに口を割らせた意味が無くなる。
猶予はないのだ。
焦りを覚えつつも、フキは気を失っているクラウドを揺り起こすことにした。
すると、すぐにクラウドは目を覚ました。
そして、フキの顔を見ると驚きの声を上げる。
「ここは?」
「おはよう、クラウド」
「先に起きていたのか?にしても、ひどいにおいだ……」
「まあな。多分、コルネオの館とここ、直結してたんだろ。かなり上にから落とされたみたいだ」
そう言って上を指差す。
クラウドもそれを見て納得したようだったが、すぐに顔をしかめた。
おそらく臭いが原因だろう。無理もない。
下水道だから当然なのだが、この下水道にはかなりの異臭が立ち込めている。
フキも正直辛いのだが、今は我慢するしかない。
それにしても、とフキは思う。
やはり、体の造りが完全なソルジャーになっているからだろうか?
いくらクラウドが超人的な身体能力を持っていたとしても、流石に骨折くらいはすると思っていたのだが、何事もなかったかのようにピンピンしている。
その証拠に、先程治癒術をかけた時に気づいたことなのだが、すり傷などの回復が早いだけでなく、意識を取り戻すまでの時間もほとんどなかった。
おそらく、これもソルジャーになれた恩恵だろう。
フキは、改めて神羅の技術力の高さを思い知らされた気がした。
同時に、ソルジャーの適性がなかったクラウドが、どうやってソルジャーとしての身体を能力を手に入れたのか、フキは不思議に思いながらも、そのことを口に出さずに話題を変える。
「あんたが最初に起きたのか?」
「そうだよ。って言っても、クラウドと大差ないけどな」
「怪我はしてないか?」
「治療は済ませてる。みんなにも、一応治癒魔法はかけておいたけどな」
「そう、だったのか……ありがとう」
素直に感謝されて、フキは何とも言えない気分になった。
別に大したことをしたわけじゃないのだが、クラウドと出会ってから、心から礼を言われたことがほとんど無かったせいで、どう反応すればいいか分からなくなったのだ。
なんと言うか、むず痒い感じだ。
しかし、悪い気はしなかった。
それがクラウドという人間の本質なのだろう。
フキは複雑な表情を浮かべる。
そんなフキの様子に気づいたのか、クラウドは少しバツの悪い顔になって話を変えてきた。
「変な事でも言ったか?」
その様子がおかしくて、フキはつい笑ってしまう。
「いや、ただ、お前にお礼言われんの、ほぼ初めてだから珍しくてさ」
クラウドは、突然笑い出したフキを怪しむような目で見る。
「あんたは普段、俺をどんな目で見ているんだ!」
「んー、守銭奴かつ銭ゲバで、万年冷血男?ってーのが、第一印象だな」
そう言うと、クラウドは苦虫を噛み潰したような顔をする。どうやら自覚はあるらしい。
「あんたはエアリスの金魚のフンか、ヒモだな」
「何だと!?」
「第一印象は、だ」
そう言い直すが、クラウドの口調は皮肉を含ませていることを、隠そうともしない。
その態度に、フキはまた笑う。
クラウドが起き上がると同時に、ティファが目を覚ました。
ティファはまだ頭が働いていないようで、ぼんやりと辺りを見回している。
「クラウド、フキ?……七番街へ急がなくちゃ!」
ティファはすぐに現状を把握したようで、慌てて立ち上がった。
「エアリス、巻き込んじゃうね……」
「わかってくれる」
クラウドの言葉に、ティファは黙って俯く。
確かに、こんな状況では無理もない。
「どういう知り合いなの?」
ティファの質問に、クラウドは答える。
「助けられて、助けて……また助けられてる」
まるで、自分自身に語りかけるように。
それは、クラウドの本音でもあるのかもしれない。
それは、どこか懺悔のような響きがあった。
「ん?ごまかしてない?どうして、助けてくれるのかな?」
ティファは、思わず疑問を口に出していた。
クラウドは、その問いに対して何か言おうとして、結局何も言わずに口を閉ざす。
その様子に、ティファは首を傾げる。
フキは、その様子を見て察した。
エアリスがクラウドを助けた理由は、初めこそソルジャーであるクラウドの経歴に興味を持ったというのもあるだろうが、クラウドの内面に惹かれたからだと思う。
だが、それを他人に話すのは躊躇われる。
クラウド自身も、まだ整理できていない部分があるのかもしれない。
今、無理矢理聞く必要もないと思い、フキは敢えて、未だ眠っているエアリスの様子を見に行くことにした。
すると、すぐにエアリスが起きる。
「エアリス!大丈夫か!?」
「ん……フキ?」
「ああ、痛いところはないか?」
エアリスは、身体を起こしながらゆっくりと周囲を確認する。
「だいじょうぶ。みんなは?」
「俺が一番先に起きたから、みんなに治癒術かけておいた。だから、大丈夫……だとは思う」
フキは、自信なさげに答えた。
エアリスは、フキの様子に苦笑しながら、安心させるように優しく微笑みかけた。
「ありがとう。早く、七番街行かなきゃ…!」
「エアリス、分かったから落ち着けって」
焦りを見せるエアリスに、フキは冷静に告げた。
エアリスは、それでも落ち着きなく立ち上がり、自分の足で歩き出そうとする。
しかし、ふらついて倒れそうになるところを、フキに支えられた。
そのままフキは、エアリスを抱きかかえるようにして支え続ける。
エアリスは、抵抗することなく、フキの腕の中に収まった。
そんな時だった。
先程とは違い、明確にう"ぅっーと獣のうなり声のようなものが聞こえてきた。
その方を見ると、ズシッ、ズシッと、重量感のある生き物が動く足音。
その後に金属と床が擦れ、引きづられている音が追随する。
暗闇の奥から、巨大な影が近づいてくるのが見えた。
長い舌が飛び出て、頭には牛のような角が二本、左右にある。
ベヒーモスが二足歩行をしているような姿のモンスターだった。
大きな口を開き、フキ達に突進しようとしている。
「いけるか?」
「だいじょうぶ!」
「もちろん」
「無理だけはすんなよ!」
クラウドの言葉に、三人はそれぞれ答える。
クラウドとティファは、同時に駆け出した。
二人は左右に別れ、それぞれ武器を構える。
エアリスとフキは、後方で援護する。
クラウドは、バスターソードを振り下ろす。
ティファは、蹴りで横に薙ぎ払う。二人の攻撃が、見事に直撃する。
攻撃を受けたアプスは、苦しそうな叫びを上げた。
だが、すぐに体勢を立て直すと、その巨体には似合わない素早い動きで、後方の二人に向かっていく。
鋭い爪を、フキに向けて振り下ろした。
間一髪、それを避けたが、フキの頬からは血が流れ落ちる。
今度は、エアリスに襲いかかった。
エアリスは、咄嵯に身構えるが、間に合いそうにない。
「エアリス!」
その時、横から飛び出したクラウドが、バスターソードを振るう。
アプスは、クラウドの攻撃を避ける為に飛び退いた。
そこに、ティファの追撃が入る。だが、ティファの攻撃も避けられてしまった。
クラウドは、チッと舌打ちをした。
クラウドは、ティファの方へ視線を向ける。
ティファは、クラウドの意図を理解して、コクリと小さく肯いた。
クラウドは、再びエアリス達の元へ走る。
ティファは、拳を構えながら後ろへと下がった。
「業火よ爆ぜろ!ファイアボール!」
クラウドが走り抜けた後、すぐ様、フキの発した魔法で火炎弾の雨が降り注ぐ。
火炎弾を受けたアプスは、悲鳴を上げ、後退りした。
ティファは、すぐにクラウドの後を追う。
クラウドは、エアリスの前に立つ。そして、バスターソードを構えたまま、じっと相手の出方を伺っていた。
エアリスは、クラウドの背中を見つめる。
この人なら、大丈夫。
クラウドを見ていて、不思議とその気持ちが強くなった。
クラウドの背に隠れるようにして、エアリスは両手を胸の前で組む。
ロッドに魔力を纏わせ、皆を包み込むイメージをする。
すると、四人の身体が淡い薄桃色の光に包まれた。クラウドは、目を大きく見開く。
(エアリスの力なのか?)
クラウドは、ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせる。
フキとティファにも、力を分け与えているようだ。
クラウドは、グッと手に持ったバスターソードを握る。
こんなところで、負けられない。
仲間を守りたい。
クラウドは、覚悟を決めて、剣を強く握り締める。
クラウドは、大きく息を吸い込み、気合を入れて目の前にいる敵に、集中した。
クラウドは、一気に地面を踏み切る。
そのまま、バスターソードを振り上げた。
しかし、相手は巨体にも関わらず、軽々と避けてしまう。
そのまま、反撃に転じようとしたのか、アプスが尻尾を振り上げる。
だが、それをティファが妨害した。
素早く踏み込んで、強烈な回し蹴りを叩き込んだのだ。
アプスは、バランスを失い、床に倒れ込む。そこへ、クラウドの一撃が放たれた。
クラウドの渾身の攻撃が、アプスの顔面に当たる。
しかし、あまり効いていないようで、すぐに起き上がった。そのまま、クラウドに向かって突進してくる。
クラウドは、慌ててその場を離れるが、間に合わなかった。
「クラウド!危ない!!」
フキが、クラウドを突き飛ばす。
だが、その代償にフキは攻撃を受けてしまった。
脇腹に、深々と切り傷を負う。フキはそのまま、膝をつく。
そんなフキの元に、クラウドは駆け寄った。
「俺のことは……いいから、ティファと一緒にあいつを倒せ!」
「何を言って……」
クラウドは、躊躇する。
だが、その間にも、アプスは暴れ回っていた。
ティファは、エアリスと二人でなんとか押さえ込もうとするが、なかなか上手くいかない。
「治癒術に関しては、お前やティファよりかは得意だからな」
「そんなことを言ってる場合か!?今、マテリアで回復を……」
クラウドが、ケアルのマテリアをフキの傷口にかざそうとした時、マテリアが発動しなかった。
それどころか、不吉な音を立てて、マテリアは割れた。
クラウドは、呆然とする。
マテリアが使えない? どうして……。
クラウドは、自分の手を見る。手が震えていた。
どうしようもない恐怖に、襲われる。クラウドは、歯噛みする。
こんな時に、俺はまた何も出来ないのか。
「クラウド、フキの回復はわたしに任せて!」
エアリスが叫んだ。
だが、今のクラウドには、その言葉すら届かないほど動揺していた。
このままではいけない。
そう思うのだが、足が動かない。
だが、フキは言った。
「クラウド……お前、ソルジャーだろ?なら、夢を持って、誇りも手放すな。お前はそう……教わったはずだ」
ザックスに。
クラウドは、ハッとしたように顔を上げる。
そうだ。自分はソルジャーなのだ。
ならば、やるべき事は一つしかない。
クラウドは、力強くバスターソードを構えた。
エアリスは、クラウドの様子を見守る。
クラウドの瞳に、光が宿っている。もう、大丈夫だろう。
エアリスは、フキの側にしゃがみ込んで、手をかざした。
淡い緑色の優しい光がフキを包む。
みるみると傷口が塞がっていく。フキの表情が和らいだ。
良かった、とエアリスは安堵する。
「エアリス……、ありがとう」
「ううん、でも、無茶しないで」
「それは、ごめん」
フキは苦笑する。
エアリスは、首を横に振った。
二人はクラウドの方を見ると、バスターソードを構えたまま、彼はアプスに向かって突っ込んでいく。まるで、剣と一体化したかのような姿。
フッと笑みを浮かべ、アプスの攻撃をかいくぐりながら、クラウドは剣を振るった。
フキは目を見張る。
あの速さは、今まで見たことがない。
やはり、クラウドは強い。フキは、心の中で呟いた。
クラウドは、バスターソードを構え直し、そのまま振り下ろした。
その一撃は、見事に決まる。
アプスは怯み、後退りをした。
クラウドは、間髪入れずに追撃をしようとしたが、アプスはフキ達の前から姿を消した。
フキは辺りを見回すが、見当たらない。
一体どこに消えたのだろうか。
クラウドも、息を整えつつ、辺りを確認する。他に敵はいないようだ。
クラウドは、フキとエアリスの元へ歩み寄る。
クラウドが振り返ると、ティファも駆け寄ってきた。
四人は合流し、お互いの顔を見て、ホッとする。誰も大きな怪我はしていないらしい。
クラウドは、胸を撫で下ろす。
「ねえ、コルネオの話、信じる?」
ティファが訊いた。
クラウドは黙ってティファの目を見た。
ティファの言う通り、コルネオの言葉を全て鵜呑みにするのは危険だ。
だが、ティファの気持ちを考えると、どうしても信じたくない気持ちもある。
クラウドは、目を伏せた。
クラウドの沈黙に、ティファは不安になる。
「プレートを落とすなんて、アバランチをつぶすどころじゃない。ミッドガルの危機だよ?神羅カンパニーがそんなことする?」
確かに、その通りだった。
ティファの言う通りなのだが、それでもバノーラ村の時のことがある。
フキは、ティファの淡い期待に頷けなかった。
だが、クラウドは違うようだった。
「コルネオは、ありもしない計画で俺たちを脅したのか?」
クラウドは、真っ直ぐにティファの瞳を見ている。
クラウドの目に迷いはない。
ティファの気持ちを汲み取っているのだ。
「あいつならやりそう」
ティファは、力なく笑う。
「でも、もし本当だったら?」
その時、エアリスが言った。
「えっ?」
「万が一って、あるよね。ね、急ごう!何も起こらなかったら、それで良し!でしょ?」
「だな。……このまま放っておくわけにもいかねーし」
「ああ、行こう」
クラウドは、力強く答えた。
四人は、急いで下水道の奥へと進んだ。
投稿日 2022/05/08
改稿日 2022/11/07