12




コルネオの館の前にある橋の上。
そこにクラウドが立っていた。

橋の欄干に手をかけ、川を覗き込んでいる。
水面を見つめる彼の顔は真剣そのもので、何か考え事をしているようだ。
そこへフキがやってきた。

クラウドはチラリと彼を見てから、また視線を川に戻す。
その態度に、フキは少しむっとした表情を見せた。
彼は不機嫌そうな態度を隠しもせず、クラウドに話しかけた。


「クラウド!そっちはどうだった?」


クラウドは振り返らずに答える。


「エアリスの推薦状とドレスは確保した。今、エアリスが着替えているから、ここで待ち合わせることにした。あんたの方は……心配なさそうだな」


いつも通りのぶっきらぼうな口調だ。
しかし、声音にはどこか優しさが含まれていた。


彼は、この男が好きになれない。だが、嫌いにもなれない。
不思議な感覚を覚えていた。

フキは苦笑いを浮かべながら答えた。


「まあな」


フキは気づいていた。
クラウドは自分を励ますために、わざと冷たく接してくれていることに。
だから、あえて何も言わなかった。

しばらく沈黙が流れた。
そして、ようやくクラウドが口を開きかけたその時だ。


屋台が連なった通りから凄まじい歓声が湧き上がり、海が割れたように道ができる。
奥から赤いマーメイドドレスに身を包んだ彼らの待ち人、エアリスが姿を現した。

二人は息を飲む。
目の前に立つ彼女は、今まで見たこともないほど美しかったからだ。

クラウドは言葉を失い、立ち尽くしていた。
一方、フキは目を細めて、彼女の姿を眺める。
まるで、太陽のような眩しさを感じずにはいられなかった。

エアリスは微笑んで二人に声をかけてきた。


「お待たせ」


その笑顔を見た途端、クラウドは胸の鼓動が大きく高鳴っていくのを感じた。
見惚れてしまったのだ。
恥ずかしくなったのか、彼は慌てて顔を背けた。


「エアリスなのか?」


その様子を見て、エアリスはくすりと笑う。


「うん……コルネオは、こういうのが好きなんだって。なんか、あちこち盛られて、不愉快」

「……そうか」

「フキは、このドレス、どう思う?」

「……」


フキは黙っていた。
正直、自分の語彙力では彼女を褒められないと思ったからだ。

それに、こんな美しい女性を前にすると、何を言っていいかわからなくなる。
しかし、エアリスは、そんな彼を責めたりしない。


「フキ?」

「はいっ?あ、ああ!その、こんなに綺麗な人、初めて見た……」

「普段は、綺麗じゃないってこと?」

「そ、そうじゃなくて!!」


フキは必死に弁解しようとするが、うまく言葉が出てこない。
それどころか、どんどん追い詰められていく。

助け舟を出すかのように、クラウドが口を開いた。


「それより、エアリス。ジョニーの伝言は聞かなかったのか」

「待ってろってやつ?聞いたけど、心配だもん」

「ここは思っていたよりも、危険なところらしい。オーディションで何をさせられるのかもわからない。やはり、ひとりで行かせるわけには−−」


クラウドは忠告したが、エアリスは首を横に振る。


「ひとり?そんなつもりないよ。ほら、こっちこっち」


そう言うと、彼女は手招きして、橋の下の暗がりへと入っていった。
クラウドとフキも後に続く。



エアリスが小走りで向かった先は、ウォール・マーケットの中心部にあるショーホール。


「ここは……」

「蜜蜂の館。代理人のアニヤン・クーニャンに推薦状もらうの。そしたら、わたしとフキだけじゃなく、クラウドもいっしょに、コルネオのところ、入れるでしょ?クラウド、女の子の服も似合うと思う」


クラウドは、しばし呆然としていたが、やがて大きくため息をついた。

確かに、この格好のまま行くよりはマシかもしれない。
だが、それは女装するということでもあった。

フキの方をちらと見る。彼はクラウドの視線に気づくと、楽しげな笑みを浮かべて言った。


「クラウド、ガンバ!」

「"フキ"も、クラウドといっしょに、ここで、おめかしするんだよ?」

「ですよね!いや、でも俺、自分でメイクするし、できるし!!」

「「えっ」」


二人の驚きの声が重なる。
フキは、さっと顔を赤らめた。


「単に、元カノにメイクの実験台にされてたから、できるっていう話だっつーの!」

「あ、シスネかぁ~~」

「シスネ?」


聞き慣れない名前だったのか、クラウドは首を傾げる。
しかし、フキはクラウドの納得のいく答えを教えなかった。代わりに、こう切り出した。


「シスネのことはいいから、早く行こーぜ。代理人待たせてるんだし!」

「……」


クラウドはまだ何か言いたげだったが、フキは強引に話を終わらせてしまう。
そして、三人は、劇場の扉をくぐったのである。









クラウドはともかくとして、フキもまさか自分が、女装して潜入することになるとは思っていなかった。

控え室で自身にメイクを施しながら、彼は内心、複雑な気持ちを抱いていた。
メイクの仕上がりでできた顔が、亡くなった母と瓜二つだったため、余計に気分が沈んだのだ。


(うわっ、母さんに似ていて、すごくイヤ……)


鏡の前で項垂れていると、エアリスが入ってきた。
彼女は、フキを見て目を見開く。

彼女はフキの側に駆け寄ると、まじまじと見つめてきた。


「フキ、だよね?」


その問いかけに対して、フキは苦笑いを浮かべた。
自分の顔なのに自分ではないような感覚があり、少し気持ち悪い。そんなことを思いながらも、返事をする。


「エアリス、これ、いけると思うか?」

「すごく、攻め攻めなドレスだね……だいじょぶ?」


エアリスは心配そうな表情になる。
おそらく、服屋のオヤジに仕立ててもらったドレスが、レオタードのインナーに、スリットの入った踊り子の衣装だからだろう。

フキは肩をすくめてみせる。
そして、自分の姿を全身鏡で確認した。


股関節の部分が露出しており、布を巻きつけただけのスカートからも、白い太腿が見えていた。
それすらも、フキにとっては憂鬱なものだった。


(こんな姿でオーディションとか……。マジ勘弁してくれよ……)


しかし、もう後戻りはできない。
覚悟を決めるしかなかった。



ショーホールの外でエアリスとフキが待っていると、しばらくして、クラウドが姿を現した。
クラウドの女装姿に、フキは息を呑む。


「あ、フキ!クラウドも終わったみたい!」

「マジで……クラウド?」

「……」


彼の反応が気になり、フキはおずおずと尋ねた。
クラウドは、しばらく無言でフキとエアリスを眺めていたが、やがて二人の前から立ち去ろうとした。


「クラウドさ〜ん、クラウドさ〜ん」


慌ててエアリスが呼び止める。すると、クラウドは二人に背を向けたまま、ぽつりと言った。


「やめてくれ」

「……クラウド、その……似合ってるぞ」

「って、おい!何をする気だ!?」


フキは、胸のパッドに挟んで忍ばせていた携帯を取り出そうとしたが、画面を開く前にクラウドに没収された。
そのまま、投げ捨てようとするクラウドの勢いが、急に止まる。

どうしたんだ?と、首を傾げていると、携帯のサブディスプレイを凝視しているクラウドの顔。
クラウドからサブディスプレイに視線を移せば、とある衝撃的な事実をフキは知った。


そこには、神羅カンパニーのロゴが入ってるのだ。
つまり、神羅カンパニーから支給された製品であることを示している。

フキは、がっくりと肩を落とした。
しかもフキが持っていた携帯端末は、ソルジャー専用のものだった。

アバランチにいるフキが簡単に、所用できる代物ものではない。
アバランチの人間にバレたら、マズイことになる。フキは、冷や汗を流した。


「なんで、あんたがこれを持っている?これは……神羅からソルジャーや兵士に限定して支給されるはずだ」


クラウドの声音が、徐々に低くなっていく。
フキは、思わず目をそらしてしまった。

この携帯は、確かにクラウドの言うとおり、ソルジャーや軍の関係者しか使用できないものだ。
だが、今すぐクラウドに全てを話したり、聞かせるわけにいかない。


今、全てを知ってしまおうものなら、確実にクラウドは壊れる。
ザックスの親友に、それだけはできない。しちゃいけない。

フキは咄嗟の判断で、こう答えた。


「……これ、神羅で働いてた母さんの形見なんだ。俺のじゃない」


クラウドは、黙り込んでしまった。
フキは、クラウドの顔をうかがい見る。

クラウドは、眉間にシワを寄せ、何かを考えているようだった。


(……流石に、無理があるよな)


フキは内心焦った。
下手に嘘をつくのは良くないと思ったのだが、やはり、もう少し上手くごまかすべきだったかもしれない。

クラウドが口を開いたとき、フキは心臓が飛び跳ねるかと思うほど驚いた。
しかし、出てきた言葉は意外なもので、クラウドは、フキに質問してきたのだ。


「あんたの母親も、兵士や軍属かなんかだったのか?」


どうして、そんなことを訊いてくるのか疑問に思ったが、とりあえず答えることにする。


「ガウナって言う偽名もそう。死んだ母さんの名前なんだ。タークスだったらしくてさ、任務に失敗したり、会社に不利益を与えれば、問答無用で殺されるらしい。俺の母さんも、きっと……失敗したんだよ」


フキは、クラウドの反応を見る。
クラウドは、フキの言葉を聞いて、納得した様子を見せた。そして、携帯を返してくれる。

フキは、ほっと安堵のため息をついたその時、


「ガウナさん、失敗なんかじゃない!自分に正しいこと、私達に正しいこと、してくれたんだよ……!」


エアリスが、フキに向かって言った。


「どうしたんだよ、エアリス」


突然のことに、名前は驚く。


「だって、ガウナさん、わたしのお父さん達、助けてくれた……。あの人は、悪い人じゃなかった。絶対に……」

「エアリス?」


フキは、困り果てた表情を浮かべた。
エアリスは、真っ直ぐな瞳でフキを見つめる。
それは、エアリスの心の叫びにも聞こえた。

フキは、助けを求めるようにクラウドを見やる。
すると、クラウドは小さくため息をつき、フキを見た。

その顔には、苦笑いが浮かんでいる。どうやら、諦めろと言いたいようだ。
フキは、仕方ないと思い、覚悟を決めた。


「そうだな。エアリスの言う通りだよな。母さんは、自分のしたいようにやっただけだ。でも、エアリスはなんで、俺の母さんのことを知ってるんだ?」

「ちょっとね……」


フキは、それ以上追求しなかった。
これ以上は、何も聞いてくれるなと、目で訴えられたからだ。

それから、少しの間、沈黙が流れる。
フキとクラウドは、気まずい空気に居心地が悪くなった。

すると、エアリスが


「もう!二人とも、暗いの禁止!!」


と言ってきた。
二人は、ぽかんとした表情を浮かべる。

エアリスは、二人の反応を見て、むっと頬を膨らませた。
それから、明るい口調で続ける。


「それに、早くしないとわたし一人で、オーディション受けにいっちゃうよ?」


先程までの張り詰めた雰囲気はなくなっていった。

フキは、クラウドとエアリスの顔を見ると微笑んでみせる。
クラウドは、肩をすくめて見せた。

フキは、エアリスの方へ向き直ると、 エアリスは、待っていましたと言わんばかりに笑顔を浮かべていた。


「コルネオの館に、行くとするか!」


フキは、そう言って歩き出した。クラウドとエアリスも、それに続く。

三人とも、自然に笑みがこぼれてきた。
これから何が起きるかわからないけど、三人ならなんとかなるだろう。

フキは、そう思うのであった。







投稿日 2022/05/05
改稿日 2022/11/02




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