10
「遅かったじゃないか!一体、何してたんだい?」
家に入った途端、エルミナの怒号が響いた。
エルミナが怒るのも無理はない。
年頃の娘が、何処の馬の骨とも分からない輩二人と、こんな時間までほっつき歩いてるのだ。
しかも、その二人が男なのだから尚更だろう。
「ごめんね。いろいろ回ってきたから……」
「あの、すいませんでした……エルミナさん。エアリスは俺達の我儘に付き合ってくれて、それで帰るのが遅くなったんです。もっと早くに帰すべきでした」
エルミナの怒りに対し、エアリスは申し訳なさそうに謝った。
フキはすかさずフォローを入れつつ、頭を下げた。
ダイニングテーブルを拭いたまま、エルミナはため息を吐く。
「夕食の準備ができてるよ」
エルミナがキッチンへ戻ろうとすると、エアリスもついて行く。
「あ、運ぶね!」
「だったら、客間の準備を頼むよ」
そう言い残し、エルミナはキッチンへと消えた。
「はーい。クラウドとフキはくつろいでて」
エアリスはそのまま二階に上がると、客室に向かっていった。
残された二人は立ったまま、少しの間無言になる。
この沈黙を破ったのは、エルミナだ。
「あんた、その目、ソルジャーなんだろ?」
「元ソルジャーだ」
「悪いけど、何も聞かずに、今夜のうちに出ていってくれないかい?」
二人の答えを待たずに、エルミナは続けた。
その表情は険しく、どこか悲しげにも見える。
フキはそんな様子に疑問を抱きながらも、すぐに返答することはできなかった。
「あんたたちは普通の暮らしと引き換えに、力を手に入れたんだろ?欲張っちゃいけないよ」
それは、エルミナなりの優しさなのかもしれない。
だが、それを素直に受け取れるほど、クラウドはまだ大人ではなかった。
そして、目の前にいる女性は、自分の親と同じくらいの年齢だからか、クラウドには不思議と反発心が生まれた。
自分だって、好きでこんな生活を選んだわけじゃない。俺はただ──。
湧き上がった感情を抑え込みながら、クラウドは無愛想な声で答えようと口を開いた時だった。
「おまたせ~~」
明るい声と共に、エアリスがダイニングに降りてきた。
「ご苦労さん、お腹空いただろ?」
「ペコペコ~~、ね?」
エアリスの問いに、クラウドは何も言わず目をそらす。
その様子を見て、フキにも視線を投げたが、やはりクラウドと同じ反応を示した。
「ほら、席につきな」
「美味しそう!二人とも、はやく食べよ!」
エルミナが運んできた料理に、エアリスは嬉しそうな顔をして、そのまま席についた。
四人は揃って食事を始めたのだが、クラウドとフキだけは黙々と食べ続けていた。
そのせいなのか、エアリスは終始笑顔のまま、一人だけ食事を楽しんでいるように見える。
しかし、エルミナはその光景を見ても、何も言うことはなかった。
ただ静かに見つめているだけだった。
◆
夜もすっかり更け、辺りは静まり返っていた。
そんな中、クラウドとフキは、家を出ようとしていた。
結局、あの後二人は何も話さなかった。
エアリスだけが終始笑っていたが、エルミナとのこともあり、それが余計に居心地の悪さを感じさせた。
一階に降りてくると、エルミナの姿があった。
「行くのかい?」
エルミナは振り向きざまに言った。その顔は、どこか不安げだ。
クラウドは小さくうなずくと、家を出て行こうとする。
「七番街へ行くには、どうすればいい?」
「六番街を抜ければいいのさ。簡単だろ?途中に危ないところもあるけど、ソルジャーなら問題ないよ」
「……元な」
ぶっきらぼうに答えると、エルミナが呼び止めた。
「……あの子にはもう、関わらないでくれるね?」
「わかった」
「……はい」
フキも遅れて返事をした。
エルミナは二人の言葉を聞くと安心したのか、ありがとう、と言って優しく微笑みかけた。
その表情は、二人にとって初めて見るものだった。
エアリスとは違った意味で、この女性も優しい人なのだと感じた。
そして二人は、エルミナに背を向ける。扉に手をかけたところで、もう一度振り返り、頭を下げた。
エアリスの家を出ると、街灯もなく、真っ暗な道が続いていた。
月明かりが道を照らしてはいるが、それでも暗いことに変わりはない。
しばらく歩くと、ふいにクラウドが立ち止まった。
何かあったのだろうかと思いフキが見ると、そこにはエアリスがいた。
「あれ?これは偶然ですなあ」
「エ、エアリスっ!?」
「どういうつもりだ?」
「待ち伏せ?」
フキが驚いていると、エアリスはゆっくりと近づいてくる。
そして、クラウドをじっと見つめると、にっこりと笑いかけてきた。
「もっと、一緒にいたいから」
エアリスの言葉に、クラウドはため息を吐くと、フキの方へ視線を向けた。
フキは困惑しながらも、こくんとうなずいて見せる。
「道案内を頼む」
「喜んで!」
そう言って、エアリスは二人の前に出ると、歩き始めた。
その後ろ姿を見つつ、クラウドは突発的な頭痛に襲われる。
「クラウド、どうした!?」
突然頭をおさえたクラウドに、フキは心配そうに声をかける。
だが、クラウドは痛みに耐えながらも、大丈夫だと答えた。
「どうしたの?」
足を止め、戻ってくるエアリス。
クラウドは何でもないと伝えると、再び歩き出した。
しかし、エアリスはすぐに追いついてきて、また話しかけてきた。
まるで、クラウドとの時間を少しでも長くしたいかのように──。
◆
エアリスに先導され、フキとクラウドは七番街スラムに繋がる、陥没道路を抜けていく。すると、前方に明かりが見えてきた。
それは、フキとザックス、エアリスが出会った教会から帰る途中で、訪れた公園。
何度も三人で遊びに来たり、事件が起きたりと、様々な思い出がある場所だった。
「あれ、七番街スラムへ抜けるゲート」
エアリスが指差す先には、鉄製の門がある。
「閉まってるな。開くのか?」
「ね、少し座って話さない?」
「いや、そんな時間は……」
断ろうとするクラウドだったが、エアリスは強引に腕を引っ張ってくる。
「クラウド、フキ、こっち」
エアリスに連れられ、ゲート付近の動物を模した、ドーム状の滑り台の頂点にクラウドが腰かけると、隣にエアリスが座る。
フキは、空いているクラウドの隣におそるおそるといった様子で座り、エアリスは満足そうに微笑むと、左手を振って見せた。
二人はその行動の意味がわからなかったが、エアリスが話し出すのを待つことにした。
やがて、エアリスは口を開く。
「昔、ここでお花売ったこと、あるんだ。フキ、覚えてる?」
「俺が忘れるわけないだろ?」
フキは自信満々に答える。
確かに、フキはエアリスや彼女に関連することを忘れたことなどなかった。
それどころか、フキはエアリスに会うためにミッドガルまでやってきたのだ。
「覚えててくれて、ありがとう」
エアリスは嬉しそうに笑うと、そのまま話を続けた。
「でも、わたし、あの時はそれが、いちばん楽しかった」
エアリスが目を細めて微笑んでいるのを見て、フキは顔を逸らす。
「クラウドって、クラスファーストだったんだよね?」
その問いに、クラウドはうなずく。
「そっか」
「それがどうかしたのか?」
クラウドの疑問に、エアリスは首を横に振りながら言った。
「ううん、同じだと思って」
「同じ?誰と」
「はじめて、好きになった人」
その瞳は、どこか悲しげだ。
しかし、その言葉を聞いて、フキは確信する。
エアリスは間違いなくクラウドのことを好きだと。
だからこそ、こんなにも必死になって追いかけてきたのだと。
だが、クラウドは違うようだった。
その顔には戸惑いの色が見える。
そして、エアリスもそれを察したようだ。
無理もないと思った。
エアリスは、クラウドにとってただの……護衛対象のはずだ。
それでも、エアリスは自分の気持ちを伝えたかったのだろう。
「名前は?たぶん、知ってる」
フキが内心、狼狽えていると、クラウドがエアリスに向かって問いかけていた。
それに、エアリスは寂しそうな笑みを浮かべ、静かに答えた。
「−−ザックス」
クラウドはその人物に心当たりがあったようで、目を見開いた。
フキは咄嗟に、エアリスがザックスの名を口にした瞬間、両手でクラウドの耳を塞ぐ。
「フキ、なにしてるの!?」
「へっ!?えっと~~、これは~~、そうだ!アレだ!殴打療法って言うんだぜ、エアリス!!その、クラウドが、頭、痛そうにしてたし!」
「わかったけど、離してあげたら?クラウド、なんだかすごく、嫌そうにしてる……」
フキが慌てて手を放すと、クラウドは耳を摩りながらジト目で彼を睨みつけていた。
フキは冷や汗を流しつつ、なんとか誤魔化そうと頭を働かせようとした時、クラウドが急に頭を抱え込む。
尋常ではない痛みに、クラウドは思わず声を上げてしまう。
「うぅっ……!」
「大丈夫?」
心配そうにエアリスが尋ねると、クラウドは苦しげに息を吐き出す。
痛みが治った後も、エアリスはクラウドの顔を覗き込んでいた。
「きれい……」
エアリスが呟く。
その一言が、クラウドには胸を打つ言葉に聞こえるだろう。
しかし、フキにはナイフで胸を貫かれたような苦しさによる悲鳴が、身体中に反響していた。
もうやめてくれ、と叫んでは鳴り止まない。
「えっ?」
「瞳」
エアリスの言葉に促されるように、クラウドは顔を上げる。
すると、エアリスがクラウドの目を、じっと見つめてくる。
クラウドは気恥ずかしくなり、顔を背けようとするができなかった。
エアリスの真っ直ぐな視線に射抜かれ、クラウドは目を逸らすことができない。それはまるで、魅入られたかのように。
「ああ、魔晄を帯びた者の瞳。ソルジャーの証だ」
(−−この光景を、俺はあと何回、拝まなきゃいけないんだろう)
ソルジャーの証である青い瞳は、フキがどれだけ羨んでも、手に入らなかったものだ。
ソルジャーになる為の手術を受けても、フキの瞳は母親譲りの赤い色のままだった。
クラウドはニブルヘイムの事件後、何かしらの事情で、彼の瞳の色は変わったのだろう。
それを知ったとき、フキは絶望した。
なぜ、自分ではなくクラウドなのか、と。
フキは唇を強く噛み締める。
クラウドに嫉妬している自分が醜くて仕方がない。
だが、どうしようもなかったのだ。
クラウドと再会してからずっと、フキは彼に対して劣等感を抱いていた。
クラウドは強く、そして、なんでもできた。
フキにとって何よりも酷だったのは、ザックスが持っていたバスターソードをクラウドが受け継いだことだ。
ザックスと同じ剣を手にしているということは、彼から全てを託されたということなのだ。
フキでは、到底敵わない。
そんな想いが、フキの心の中で渦巻いていた。
だから、フキはクラウドが嫌いだった。
でも、クラウドへの憧れも捨てきれなかった。
クラウドはいつだって前を向いていた。
どんなに辛いことがあっても、決して諦めなかった。
その姿に憧れた。その強さに惹かれた。
そして、その弱さに気づいた。
クラウドの本当の姿は、弱くて脆い人間なのかもしれない。それでも、彼は必死に足掻き続けていた。
だからこそ、フキはクラウドに人として好感が持てた。
クラウドの強さも、弱いところも、全てひっくるめて、ザックスの代わりに友として、守り抜こうと思えるようになった。
同時に、エアリスのクラウドに対する気持ちに、気づいてしまった今となっては、彼女のへの好意を押し殺すのは難しいかもしれない。
この先、エアリスを諦めれきれないことだってあるだろう。
だが、彼女がクラウドのことを好いているならば、それはそれでいい。
たとえ、二人が結ばれたのだとしても、なんらかの形で彼女を守っていけるなら、自分はそれでいいと思えた。
フキは拳を握りしめ、俯く。
そして、意を決したように顔を上げた。
その表情は決意に満ちたものだった。
投稿日 2022/05/02
改稿日 2022/10/30