09
エアリスの自宅に戻る途中、タークスの男が一人、待ち構えていた。
先程、伍番街スラム駅で見かけた男だ。
黒いスーツに身を包み、背筋を伸ばして立っている。
年齢は二十代後半か三十歳手前くらいだろうか。
スキンヘッドとサングラスが特徴の男だった。
体格もかなりいいため、まるでプロレスラーのような印象を受ける。
男はクラウドたちに気がつくと、サングラスのブリッジを上げる仕草をした。
「ごきげんよう」
それから、ゆっくりと歩み寄ってくる。
その立ち振る舞いには隙がない。だが、殺気や闘志といったものは感じられなかった。
おそらく、この男もエアリスの監視と護衛だろう。
クラウドたちは身構えた。しかし、男は構わず近づいてくる。
クラウドたちが逃げようと思えばいつでもできるほどの距離まで来ると、男は足を止めた。
「エアリス。これが新しい友達か」
「新しいって……人聞きが悪い」
エアリスは口を尖らせる。
しかし、男は動じなかった。
彼は一歩進み出ると、まじまじとクラウドの瞳を観察する。
「なるほど、魔晄の目だ。レノをやったのは、こいつか?」
「だったら、どうする?」
クラウドは挑発するように言った。
すると、男も負けずに言い返してくる。
「事実確認、上長に報告」
口調は淡々としているものの、そこには強い意志が込められているように感じられた。
男は、小道の脇にあった広場へ視線を向け、顎をしゃくった。
レノの落とし前をつけさせろ、というつもりらしい。
クラウドは肩をすくめ、それに応じた。
男は無言のまま歩き出す。
クラウドとフキもあとを追った。
「クラウド、いこ。ルード、悪い人じゃないから」
エアリスはさっさとその場を離れようと、クラウドの手を握る。
しかし、ルードがそれを許さなかった。
「そのとおり。だが、エアリス。俺たちはなめられたら終わりだ。悪く思うな」
そう宣言して、三人の前に立ちふさがった。
と、思いきや、目にも留まらぬ速さの蹴りがクラウドに入る。
だが、間一髪、バスターソードで防いでいた。
ルードの蹴りはスピードだけでなく、重量感もあったのか、クラウドの身体は後ろに引き摺られていた。
「思ったとおりだな。タークスなんて、見掛け倒しだ」
クラウドがつまらなさそうに言った瞬間、ルードも皮肉で返す。
「おまえもな」
ルードが腕を大きく振るうと、クラウドの身体が大きく吹き飛ばされる。
そのまま壁に衝突し、地面に崩れ落ちた。
「クラウド、大丈夫か!?今、回復技かける!」
フキは慌てて駆け寄ろうとするが、ルードに制される。
「させはしない」
今度はフキに、ルードの一撃が向かってきた。
フキは寸前でルードのパンチをかわし、そのままルードの腕を掴んだ。
小手返しを決めようとしたが、逆に腕を掴んで引っ張られ、腹に膝を叩き込まれた。
「っあぐぅ!?」
痛みに顔を歪めた隙を突いて、ルードは掴まれていない方の拳を突き出す。かわしはしたが、フキの体勢は崩れる。
そこに、ルードの容赦のない攻撃が続いた。
一発食らうたびに、内臓まで響くような衝撃を感じた。
それでもフキは耐えるが、ルードの攻撃はまるで何かを狙っているかのように、単調だ。
それをチャンスに変えられるかどうかは、自分の技量次第。
あえて、やりすぎともとれる範囲でルードの間合いに入り込み、フキは彼の顔を狙った。
ルードはそれを避け、背後からクラウドに突きを繰り出されて吹っ飛んだ。
ルードとの距離ができている隙に、フキはクラウドのもとに向かう。
クラウドは何とか起き上がっていたが、フキよりダメージが大きかった。
並みの回復魔法では追いつかないかもしれない……。
軽傷のフキは、ポケットに入れていたポーションを取り出し、クラウドの口の中に流し込んで済ませる。
傷自体は治っても、体力までは戻らない。
フキはすぐに、次の行動に移った。
フキは故郷の、回復魔法の詠唱を始める。
クラウドも彼の意図を理解したようで、ルードに向かって突進し、バスターソードを叩きつける。
「女神の慈悲たる癒しの旋律……リョ レィ クロア リョ ズェ レィ ヴァ ズェ レィ……」
「歌……?」
クラウドの呟きが聞こえたが、無視した。
フキの唱えている呪文は、生物、無機物を問わず世界のあらゆるものを構成する元素を歌に乗せて行使する魔法。
一子相伝レベルの高等魔法なので、旋律や歌詞を知っていても、歌に込められた意味と象徴を正しく理解しなければ、魔法としての効力を発揮しない。
フキが歌唱する、四番目の譜歌(歌魔法)は、近場で足を止めていたクラウドの足元に、光り輝く紋章が現れ、HPを大幅に回復させていた。
本来なら、フキ自身も完全回復に至りたかったのだが、クラウド自身がルードを倒したかっただろうと思い、彼に託すことにしたのだ。
フキの狙い通り、クラウドがバスターソードでルードを薙ぎ払うと、ルードは背後に押し戻される。
クラウドが入れた一撃を、ルードはあえて避けようともせず、まともに受けたのか、今の衝撃でサングラスのレンズが片方、砕け散っていた。
それすらも計算済みだったように、ルードは平然としていた。
「やるな……」
「帰る気になった?」
エアリスはルードに尋ねるが、スペアのサングラスに付け替えながら構えをとった。
「いや、楽しくなってきた」
「うっぜえー……」
フキは吐き捨てるように言いながら、武器を構えなおした。
ルードとの第二ラウンドが始まる。
回復魔法が効いたのか、なんとか動けるようになったクラウドは、再びルードに攻撃を仕掛けた。
しかし、先ほどとは違い、ルードはクラウドの攻撃を全て捌き切るどころか、クラウドの攻撃を完璧に見切り、カウンター気味に強烈な蹴りを放つ。
その威力に耐えきれず、クラウドも間合いに入りづらそうにしていた。
ルードはクラウドとの適正距離を絶妙に保ちながら、フキの方を向いてくる。
じっと、フキを見つめているようだ。
「おまえがそこまでして、そいつに付く価値はあるのか?」
ルードの言葉を聞きながら、フキは少し緊張していた。
この男がどういう人間なのか、ツォンやレノ以上にわからないからだ。
だが、ルードにはルードなりの考えがあるのだろうと、彼は判断した。
「神羅につくよりはマシだろ?神羅なんかにいたら、自由はないし、逃げられない。逃げる場所なんて、この世にない。こんなことをするために、今まで生きてきたわけじゃないっていうことを、実感させられてばかりだ。俺はもう、あの頃には戻りたくない」
そう、何も知らなかった、できなかった頃の自分には。
「俺はおまえらみたいに、器用な生き方はできないんだ」
「そうか」
ルードは静かに告げる。
「昔のよしみで手加減してやったが、交渉決裂だ」
断じて、フキとクラウドは手加減された覚えがない。
ルードはフキに向かって突進してきた。
「くっ!馬鹿力がっ……」
フキはルードの拳をかわしつつ、反撃に移る。
しかし、全て避けられ、反撃の隙を与えてはもらえなかった。
「クラウド!今だ!」
フキが叫ぶと同時に、ルードの脇腹目掛けて、クラウドは剣を振り下ろす。
「おう!」
クラウドの攻撃がルードの肩口を切り裂き、ルードは大きく仰け反った。
フキはすぐにルードから離れ、クラウドのフォローに入る。
ルードは肩を押さえながら、フキを睨んだ。
「まだ、終わらんぞ……ッ!!」
ルードはフキに飛びかかるが、冷静にルードの顎を蹴り上げた。
ルードは空中で体勢を立て直そうとするが、クラウドがバスターソードで突進しながら大振りの峰打ちを叩き込む。
今度こそ、決着をつけることができたのか、少しよろめき、三点着地をしてルードは踏み留まった。
「お願い!今日は帰って」
エアリスはルードに懇願したものの、フキとクラウドへ恨めしげに言い放つ。
「そうもいかない」
どこにそんな体力が有り余ってるのか、ルードがファイティングポーズを取った瞬間。
陽気な着信音が鳴る。
どうやら、ルードの携帯端末が鳴っているようだった。
電話に出たルードの顔色が、変わる。
「わかった」
ルードはそれだけ言って通話を切り、三人に背を向けた。
「事情が、変わった?」
「そんなところだ」
三人はルードを警戒していたが、彼は迎えのヘリの縄はしごに登り出す。
「しばらく家にいてくれ」
そう言い残すルードに、エアリスは囃す。
「それ、苦手なの」
「はあっ?」
ルードは呆けたまま、飛び去ってしまった。
そのまま何も言わず、三人はルードを見送った。
ルードの姿が見えなくなると、フキとクラウドは同時にため息をつく。エアリスは安堵したような表情を浮かべていた。
二人は互いに顔を見合わせる。
どうやら、助かったようだ。
ルードが去ったことで、張り詰めていた緊張感が解ける。
フキはその場にへたり込んだ。
クラウドはバスターソードを地面に突き刺し、背中を預ける。
ザックスの形見なのだから、もっと丁寧に扱ってほしい。
「なんだったんだ、一体……」
「さあな……」
フキは立ち上がり、ルードが去っていった方向を眺める。
彼と戦えたことは良かったと思う。
しかし、クラウドにとっては複雑な心境だろう。
「あんた、神羅となんの関わりがあるんだ?」
「……必死に忘れようとしてる、思い出があるってだけだ」
「それはどういう……」
「いつか、話すよ」
フキは話を遮るようにして、その場を離れた。