08
「この道を抜けたら、わたしの家。着いたら、お母さん、紹介するね!」
伍番街スラムの中心地区から老朽化したバラックのトンネルを通り抜け、枕木で舗装された道を進んでいくと、前方には棚田になっている花畑とその奥に、スラムの中では一番豪儀な家が見えた。
「ねえ、こっちだよ!」
エアリスは足取り軽く小道を駆け上がり、家の扉を開ける。二人もその後に続く。
中に入ると、薄暗い玄関ホールだった。
正面には二階へと続く階段とリビングを兼ねているのか、母親との二人暮らしにしては、大きめのダイニングテーブルが置かれていた。
リビングの右側の奥はキッチンなのか、昼食後の香ばしい匂いが漂ってくる。
エアリスはきょろきょろと見回すと、キッチンで洗い物をしている女性に呼びかけた。
「ただいま」
彼女は、振り返り、微笑んだ。
エアリスより、明るい色の髪をした女だ。
「おかえり。少し前にルードが来たけど、一体−−」
言いかけてから、フキ達の存在に一瞬だけ驚いた視線を向けて、言葉を止める。
エアリスは、母親の前に走り寄り、右手で指す。
「わたしのお母さん。エルミナ」
紹介されたエルミナが、柔らかく微笑むと同時に、フキ達は頭を下げた。
エアリスとは違い、金髪にアメジストグリーンの瞳をした女性である。
「こちら、クラウド。ボディーガードなの。で、こちらは、フキ。前に、フキについて、お母さんと話したこと、あるでしょ?」
エアリスの紹介を受けて、母親はもう一度笑みを浮かべる。
その顔には、警戒心や嫌悪感などはない。
しかし、何か引っかかるものを感じながらも、フキは挨拶をする。
「はじめ、まして……」
「世話になったね」
「いえ、そんなことは……」
「仕事だ」
短く言って、クラウドは目礼だけを返した。
「これで完了だな」
「うん、ありがとう。クラウドとフキ、七番街行くんだよね?」
エアリスの言葉に、二人は同時にうなずく。
エアリスは少し考え込むような表情をして、母親を振り返る。そして、言った。
「じゃあ、送ってく」
それを聞いた二人は、目を丸くして、それからクラウドが抗議の声を上げる。
「ここまで送った意味がない。またタークスが来たらどうする?」
エアリスも頬を膨らませながら、反論する。
「面倒だけど、慣れてるから」
「フキより、クラウドが心配。あっちこっち迷いそう」
「それなら、俺がちゃんと世話するよ。エアリス」
二人のやり取りを聞きながら、クラウドもさすがに眉間にしわを寄せてため息をつく。
「俺は犬猫じゃない!大きなお世話だ」
「わかんないよ~~?フキとはぐれて、迷っても格好つけちゃって、助けてって言えない」
「俺の何がわかる!」
二人が言い合いになりそうなところで、フキが割って入った。
「クラウド、落ち着けって。エアリス、クラウドは俺が責任持って送るから、それでよしとしてくれないか?」
エアリスは、まだ不満げに唇を尖らせる。
「フキ、伍番街スラムから七番街スラムの行きかた、知らないでしょ?」
スラムの地理は、ある程度理解しているつもりだったが、エアリスの言うとおり、フキはスラムのみのルートで七番街まで行ったことはない。
クラウドも同じはずだ。
「お母さん、わたし、七番街までクラウドとフキを送っていくから」
それはまるで、悪戯を思い付いた子供のような笑みだった。
「そうかい。でも、明日にしたらどうだい?今から行って帰ってじゃ、遅くなる。今日はもうゆっくりして、朝早くに出な。そしたら昼には着くだろう?」
エアリスの笑みの意味を察したのか、エルミナはやんわりと、諭すように言葉を紡ぐ。
「だね。クラウド、フキ、いいよね?」
念を押すようなエアリスの問いかけに、クラウドはまだ納得がいかない様子で、不同意を示す。
「待て」
「そうだ!リーフハウスから、お花の注文あったの。夕食まで、まだ時間あるよね?クラウド達と行ってくる」
「約束がちがう」
クラウドは、エアリスの提案に難色を示し、首を横に振る。エアリスは、さらに畳みかける。
「そんなこと言う?報酬……すっごく高いのに。お母さん、聞く?」
「待て!」
クラウドが、慌てて制止の声をあげる。
エアリスは、にっこりと笑った。
「ふふっ、カゴ取ってくるから、ちょっと待っててね」
エアリスは、楽しげに階段を駆け上がっていった。
クラウドは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「まったく、慌ただしい娘だろ」
エルミナの言葉に、フキは曖昧に笑みを浮かべるしかなかった。
「えっと……はい」
「あの子のことで、あれこれ考えるのはやめた方がいい。考えるだけ、無駄だよ。行動力の塊だからね」
「そう……なんですね」
エアリスが戻ってくるまでの間、二人で会話を交わした。クラウドは、あまり口数が多い方ではないようで、ほとんどフキが話しているだけだった。
「お待たせ~~!はい、これ」
エアリスが持ってきたのは、空の花籠だった。
クラウドは、突き出された花籠を見て、少し驚いていた。
「えっ?」
「はい」
エアリスは、花籠を押しつけるようにして渡す。
クラウドは、戸惑いながらも、それを受け取ってしまった。
エアリスは、満足げな笑みを浮かべる。
そして、エルミナに向かって手を振り、家を出た。
クラウドは、その後を追う。フキも、二人に続いて外に出た。
◆
孤児院のリーフハウスに頼まれた花を届けた後、ムギという少年に助けを求められた三人は、秘密基地へ出発した。
その道すがら、子供達の遊び場に不審者が現れたことで、数人の子供達が誤ってモンスターの巣窟に逃げ込んでしまい、三人はモンスターの撃退とはぐれてしまった子供達の保護に勤しんでいた。
「ありがとう」
「今度なにかあったら、すぐ、大人を呼ぶこと」
エアリスの言葉に、ムギは素直にうなずき、三人に手を振って見送ってくれていた。
ようやく、落ち着いたところで、三人は、再びエアリスの自宅へと移動を開始しようとした。
「きゃああっ!!」
突然、子供の一人が悲鳴をあげた。
三人は、反射的に振り返り、声の主を見る。
そこには、ムギの話に出ていた黒いボロボロマントの男が立っていた。
男は、呻きながらギクシャクした足取りで近付いてくる。三人の顔色が変わった。
エアリスは、すぐに子供を庇うように前に出た。
「大丈夫、大丈夫だから」
クラウドは、無言でバスターソードを構えた。
だが、男はその場で倒れた。
エアリスは、急いで男に駆け寄ったが、クラウドがそれを止めようとする。
「待て!」
エアリスは、クラウドの静止も聞かずに男の身体を仰向けにし、抱き起こそうとするが意識はない。
顔は土気色で、唇はひび割れている。
手足は枯れ枝のように細く、肌は乾いていた。
「あれ?なんだろう……。数字の2?」
エアリスは、男の肩口にある文字を読み上げ、怪しむような視線を向ける。
「刺青か。そういえば−−っ!」
クラウドは、倒れ伏している黒衣の男を見下ろし、何かを思い出しかけた瞬間、男がクラウドの左手首を力強く握る。
何かされたのか、クラウドの表情は険しく歪み、頭を抱えた。
男は答えることなく、ただひたすらにクラウドの腕を握りしめている。
「おまえ!クラウドの手を離せ!!」
フキは止めようとするが、男が突然起き上がり、突き飛ばされた。
「ってえ!?」
「フキ!」
倒れたフキにエアリスは駆け寄り、助け起こす。
クラウドは二人が男に近づかないよう、制止する。
「来るな!こいつは危険だ」
クラウドが忠告してくるも、男が襲ってくる気配はなく、フラフラしながらどこかへ去っていった。
二人は去っていった男よりも、クラウドのことが心配になり、急いだ。
クラウドは男に掴まれた手を忌々しげに、注視していた。
息は乱れ、焦点が定まっていないように見える。
「しっかり。クラウド、しっかり!」
エアリスがクラウドの手を取り、顔を覗き込む。
「クラウド!おい!」
フキも駆け寄って、肩を揺さぶるとクラウドは、ハッとした様子で彼を見た。
「ガウナ、エアリス。無事か?」
「こっちのセリフだろ。お前こそ、どうしたんだよ」
「いや……、なんでもない。それより、あんたたち……セフィロスを知ってるか?」
「英雄セフィロス……5年前、不慮の事故で死亡。ニュースで、やってた」
「実は、生きているのかもしれない」
クラウドは、苦しげに眉を寄せながら話す。
「そう……なんだ。行こう、クラウド、フキ」
エアリスとクラウドは、歩き出す。
二人の様子は明らかにおかしかった。
英雄セフィロス。
クラウドの口からその名が出た時は、フキの心臓が止まるかと思った。
思い出したくはないが、フキにとって未来永劫、避けては通れない存在としか言いようがない。
セフィロスは……彼にとって、かけがえのない師だった。
五年前のあの日、ニブルヘイムの魔晄炉で、フキ達はセフィロスに斬りかかった。
ザックスかクラウド、どちらがセフィロスにとどめを刺したのかはわからない。でも、セフィロスは確かに死んだのだ。
それなのに、今になってなぜ、クラウドの……彼らの前に姿を現したのか。
セフィロスと直に接触したのは、クラウドのみだが、どうして、こんなことになったのか。
フキは、この先の運命に絶望したくなるような思いで、いっぱいになった。
エアリスは、相変わらず二人の方へ振り返ることなく、真っ直ぐ前だけを見て歩いている。
その瞳には、何が見えているのだろうか。
投稿日 2022/04/28
改稿日 2022/10/30