07



教会の奥に逃げ込んだ三人は、急いで屋根裏へと続く階段をのぼる。

途中、ローブ姿の魔物に邪魔されたり、助けられたりしながら、どうにか最上階に到着した。
通路が物置として使われているらしく、雑多なものが置かれている。三人はそれを退かしながら狭い通路を通り抜けていく。

やがて、床板一枚となった先にぽっかりと開いた大穴があった。これを渡りきれば、出口のようだ。


「俺が先に行く」


クラウドが床板を渡りきり、続いてフキも渡ってくる。
最後にエアリスが一歩を踏み出そうとした時だ。


「大丈夫だ」


クラウドが振り返り、手を差し伸べた。
エアリスはホッとした表情を浮かべたが、すぐに不安そうな顔になる。

なぜなら、後ろの方からたくさんの足音が聞こえてきたからだ。
どうやら、あの追っ手たちが追いついてしまったらしい。


「あそこだ!」


下を見ると、兵士たちが叫び、マシンガンでこちらを狙っていた。
銃口から飛び出した無数の弾丸が、飛んでくる。エアリスがいた場所に、銃弾が降り注いだ。


「きゃぁあっ!?」

「エアリス!」


彼女の手を取って引き寄せると、バランスを失ったフキは、エアリスと一緒に落下する。
二人はもつれ合いながら、床の上を転がっていった。


一方、クラウドは迫り来る弾丸を避けて、天井に飛びつく。
そして、格子状に張り巡らされた梁を雲梯のように使い、シャンデリアを兵士に向かって投げ落とした。

シャンデリアが直撃した兵士はうめき声をあげながら倒れ込む。
フキはその隙を見逃さず、エアリスを小脇に抱え、一気に最上階まで跳躍した。
フキはクラウドの隣に立つと、エアリスを降ろす。


「フキ、怪我は!?」

「大丈夫、大丈夫だ……」


憂わしい顔を見せるエアリスを安心させようと、フキは微笑むが、本当は肋骨が二、三本折れているんじゃないかと思うほど、ズキリと痛んでいた。
しかし、ここで弱音を吐くわけにはいかない。


「いけそうか?」

「ああ……。それより、エアリスを気にかけてやれよ」

「はなから、そのつもりだ。エアリス」


クラウドはエアリスの手を取ると、彼女を誘導しながら梁の上を二人で並んで歩き出し、通路の奥へと向かう。
やがて、通路は行き止まりとなり、そこは巨大な吹き抜けになっていた。
吹き抜けから教会の外へ出られるようになっている。


「ねえ、屋根のうえ、行こう。ほら、あの柱のそばに、駅、あるの。クラウド、フキ、行くよ」

「ああ」


クラウドはエアリスと共に歩き出す。その後ろをフキが追いかけていった。


「これから、どうするの?」

「しばらくはボディーガードだ」

「そうでした」


ふふっと笑うと、エアリスはクラウドの顔にも、自然と優しい笑みが浮かぶ。
そのまま三人は、雑談を交えながら廃屋の屋根伝いに進んでいった。


「そのあとは、七番街のスラムに帰る」

「帰り道、わかる?」


クラウドは淡々と「ああ」と答えた。


「あやしい」


クラウドの返答に、エアリスは疑いの眼差しを向ける。
そんな二人のやり取りを聞きながら、フキは黙って空を見上げた。


いつもと同じ、どこまでも青い色。
でも、この青空の下に、自分が帰るべき場所も帰りを待っていてくれる人も、もうないのだ。

そのことを思うと、胸が締め付けられるように苦しくなる。
こんなことなら、いっそ死んだままの方がマシだったのかもしれないとさえ思った。


「さっきの男。あれは神羅カンパニーのタークスだ。タークスがあんたたちになんの用だ?」


クラウドが尋ねると、エアリスは困ったように首を傾げた。


「さあ……。ね、タークスってソルジャー候補スカウトするんでしょ?」


しばらく考えて、クラウドに言う。


「それは、仕事のごく一部。タークスの仕事は、ほかにもいろいろあるんだ」

「たとえば、どんな?」


クラウドは考え込んだ。まさか、本当のことを言えるはずがない。
彼は言葉を選びながら、慎重に答えを口にした。


「タークスの仕事は、ほかにもいろいろあるんだ。暴力をにおわせて……」

「脅迫、拉致……最低だよね」


エアリスは、唇を尖らせた。
その横顔を見ながら、クラウドは話題を変えることにした。


「最初の質問に戻ろう。あんたたちとあのタークスの関係は?顔見知りに見えた」

「ソルジャーの素質、わたしたち、すっごくあるのかも!」

「あんたに関してはもういい。だが、ガウナ。あんたの方がエアリスよりも、ソルジャーの素質がありそうに見える。さっきの身のこなしと剣……使えたのか?」


クラウドが尋ねた瞬間、フキは驚いた顔で、まじまじと彼を見た。
それから、クラウドの目から逃れるために、顔を背けた。

クラウドは怪しむような目つきで、フキをじっと見つめる。彼の視線に耐えきれず、とうとうフキは口を開いた。


「俺は、その……むか~~し、ソルジャーに憧れてて、スラムにたまたま遊びに来てたソルジャーに、ちょっとだけ剣術を習った程度だよ」


フキの言葉を聞いて、クラウドは尚も彼に厳しい目を向け続けていた。
ソルジャーに憧れていたとは初耳だったが、それよりも驚きなのは、フキが剣術を習っていたということの方である。


ソルジャー・クラス1stは、いわばエリート中のエリート。

そんな彼らが、スラムの子供を相手に、わざわざ時間を作ってまで、剣術を教えるだろうか。
しかも、フキはソルジャーになる手術を受けてもいないのに、あの跳躍力だ。いくらなんでも不自然な気がした。

フキ自身も、自分の嘘に無理があると感じているらしく、気まずそうな表情を浮かべている。
クラウドは、フキの告白に戸惑うばかりで、言葉を返せなかった。

気まずい沈黙が流れる中、エアリスがクラウドに声をかけてきた。


「あ、ほら、壁!」


伍番街スラムと、ミッドガルの地上部分を囲う壁の全景が一望できる位置に到達したらしい。
彼女は嬉しそうに声を上げると、クラウドとフキに振り返って言った。


彼女の指差す先には、確かに巨大な壁があった。
しかし、その巨大さにクラウドとフキは思わず息を飲む。

それは、二人が想像していたより遥かに大きかったからだ。
高さだけでも数十メートル近くある。

フキは言葉もなく、ただ呆然と立ち尽くした。


「一度、外に出ようとしたことあるんだ。でも、結局、行かなかった」

「危険だからな」

「ミッドガルのそと、自然、いっぱいなんでしょ?わたし、そんなところで生きられないかもって、ときどき思うんだ。この風景、わたし、嫌いじゃない。スラム、好きなんだよね」


エアリスは、そう言って笑みを浮かべると、伍番街スラムの街並みを見下ろした。
クラウドとフキはその横顔から、目が離せなくなる。


二人はエアリスの瞳に映り込む景色を、自分達も見てみたいと思った。

彼女と同じものを見て、同じ空気を感じたい。
そんな風に思ったのは初めてのことだった。

エアリスはしばらく無言のまま、街を見つめ続けたあと、ふっとため息をつくように微笑んだ。そして、くるりと踵を返す。

二人に向かって、エアリスは明るく言う。


「みんな、強く、強く生きてる。ときどき、それ感じて、うれしくなるんだ」


その笑顔には、どこか寂しげな雰囲気が漂っている。
フキとクラウドは、エアリスの顔に見入ったまま、何も言葉をかけられなかった。

二人の胸の中に、熱いものが込み上げてくる。エアリスの言葉が胸に染みたのだ。
彼女はこの世界に生きる人々の強さを信じている。
その強さに少しでも近づきたいと、切実に願っているのだ。


なによりもエアリスは、心の底からスラムの生活を気に入っているのだろう。
神羅に狙われ、自由を奪われながらも、必死にスラムで強く生きるエアリスに、フキは惹かれていた。

クラウドは、しばらくのあいだ黙っていたが、やがてぽつりと言った。


「か弱いだけかと思ってたけど、意外と、強く生きてるんだな……」


クラウドの呟きに、フキが答える。


「そりゃあ、エアリスはいい女の条件を満たしてるからな」


クラウドは苦笑いを返した。

エアリスの明るさに、つい忘れそうになるが、彼女の置かれた状況は過酷なものだ。
そのことに思い至るたび、クラウドとフキの心は痛む。


エアリスはミッドガルの壁の外に、出たいと思っている。けれど、それは叶わない願いだ。
神羅という強大な組織が、エアリスの逃亡を許さないだろう。

フキは、そう思っていたのだが、クラウドは違った。


「エアリスは大事なクライアントで、あんたは、俺たちの仲間だ。神羅には、渡さない」


彼は強い口調で言う。
フキは驚いて彼を見やった。

クラウドは真剣な眼差しで、フキを見つめている。
彼の視線に気圧されて、フキは少し後ずさった。
クラウドは、フキに詰め寄るようにして言った。


「あんたの過去なんてどうでもいい。気になることは勿論あるが、あんたは、"アバランチのガウナ"として、俺達のそばにいろ」


その目は、まっすぐにフキに向けられている。


クラウドの真摯な態度に、フキは戸惑った。だが、悪い気はしない。
むしろ嬉しかった。
こんなにも自分のことを思ってくれていることに感動した。

この男の期待に応えたいという気持ちが、強く湧き上がるほどに。
フキはクラウドを見上げて答えた。


「俺のこと、もっと疑わなくていーのかよ?」


フキはクラウドから目を逸らすと、頭を掻いて照れ臭そうに言う。

クラウドの言葉がフキには嬉しかった。
そして、同時に、ひどく不安になった。


クラウド・ストライフという男に、自分のすべてをさらけ出す勇気がなかったからだ。

自分の弱さを知られることが怖い。
自分は弱く、卑怯で、臆病者だ。
そんな自分が嫌になる。

それでも、目の前にいるクラウドに惹かれていく気持ちを、止めることができない。
フキは、クラウドに何か言わなければと思う。しかし、言葉が出てこない。

口を開きかけては、また閉じてしまう。
クラウドは、そんなフキの様子をじっと見つめていたが、やがて、ふっと笑みを浮かべて言った。


「ガウナ。自分のやり方で、場所で、最善を尽くせばいい。あんたは仲間のためなら、命をかけて戦ってくれる人間であることを、俺は知っている。あんたのような人間を守るのが、俺の仕事で、義務だ」


その声音は優しい。クラウドの言葉を聞いたフキは、思わず目頭が熱くなった。


この男は、どうして、こんなにも自分を必要としてくれるのだろうか。
この男の力になりたいと、心の底から思う。

だからといって、彼に全てを打ち明けられるはずがない。
フキは、クラウドを見つめたまま言った。


「おまえさ、出会ったばかりの人間、信じすぎ。これじゃあ、エアリスも世話を焼きたがるわけだ……」


その言葉は震えていた。
そして、それは紛れもない本心だった。

フキは、自分に言い聞かせるように続ける。


「これから先、どんなことがあっても、俺は傷の舐め合いとかしてやんねーからな?」


まるで、自分自身を鼓舞するかのように。
フキは、クラウドに向かって、精一杯の笑みを浮かべてみせる。

クラウドは、フキの表情を見て、小さく微笑んだ。
それから、二人は、しばらくの間、無言のまま歩を進めた。


二人の間に流れる沈黙は、不思議と心地よかった。

フキは、クラウドと出会えた幸運に感謝していた。
もし、彼がいてくれなかったら、今の自分はないだろう。
自分とエアリスでは神羅の追っ手に追われながら、逃げ延びられなかったかもしれない。
クラウドがいてくれたおかげで、こうして今、生き延びることができたのだ。


クラウドは、いつも他人のことを気にかけている。
誰かが助けを求めたら、彼はきっと力を貸してくれるだろう。

だが、フキだけは彼にそれを望まない。
なぜなら、ザックスの大親友であるクラウドを巻き込みたくないからだ。


クラウドを危険な目に遭わせたくない。
クラウドに危険を冒させるくらいならば、死んだほうがマシだとさえ思った。

フキは、クラウドにだけは知られたくなかった。自分の正体を───。


偶然にも、アバランチで一緒に行動することになった人間の正体が、かつての英雄セフィロスの愛弟子で《ソルジャー》であったことなど、絶対に知られてはいけないのだ。
《ソルジャー》であった自分を、クラウドに見せたくはない。
クラウドには普通の生活をしていて欲しい。

そのためには、自分の存在を隠し通すしかない。
フキは、そう心に誓った。


たとえ、それがクラウドに対する裏切りだとしても。


フキは、クラウドに気づかれないように、そっと息をつく。
クラウドに気づかれる前に、気持ちを切り替えなければいけなかった。







投稿日 2022/04/25
改稿日 2022/10/28




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