07
07
ソルジャーフロアにある、ラウンジのベンチに腰を掛け、俺はセフィロスさんに事情説明する。
目が覚めたら記憶の一部が消えていて、気づいたら医務室に収容されていた事。
自分がこの世界の人間ではない事等を話した。
「あの、セフィロスさん?」
事情を話し終えると、セフィロスさんは黙り込んでしまった。
元から無言だったけど、今まで相槌とかでコミュニケーション取ってくれていたのに。
宙を見つめるばかりで、何をするでもない。
それがなんとも居心地が悪い。
頼むから、何か喋ってください。
「にわかに、信じがたい話ではある」
だよなぁ。
異世界から来たなんて、結構痛い話だと自分でも思う。
ここがオールドラントだったら、まだ通じそうな御伽噺だ。
「無理に信用しろとは、言いません。ですが、世界情勢やここでの生活習慣に疎いのは事実です」
セフィロスさんと話していて、たまに知らない単語で質問されたりするから返答に困った。
「それに関しては、納得できる。温室育ちにも程があるレベルだったしな」
本当の事だから、セフィロスさんの言葉に言い返せない。
「それで、これからお前はどうするつもりだ?」
「どうするって……」
この先の事を言われても、すぐに思いつかない。
後ろ盾があるわけでもないし。
このご時勢、みんな自分の事で手一杯だ。
ましてや、他人の事なんて気にしてられないだろう。
今の俺に、行き場所なんてどこにも無い。
「その子の行き場所なら、もう決まってるわよ?」
後ろからそんな声がして、俺達は振り返った。
そこには、幼い顔立ちをした美少女がいた。
緩いウェーブをした赤茶の髪は肩で揃え、ブラウンの瞳は好奇心を秘めていて、黒いスーツで包んだ見事な曲線美が、目立つ体型。
見た目は、さほど自分の年と変わらないぐらいの少女だ。
あまりのルックスの良さに、一瞬年上に見えた。
「セフィロス、その子をこちらに」
「引き渡せと?」
「ええ」
どうやら、この女の子は俺を迎えに来たようだ。
俺、研究所みたいな所に連れて行かれるのかな?
それだけは勘弁してほしい。
連れて行かれるのが嫌で、俺はセフィロスさんの後ろに隠れた。
俺の気持ちが伝わったのか、セフィロスさんが完全に俺の姿を隠すように、女の子の前へと立ちはだかる。
セフィロスさんナイス!
「どういうつもり?」
「悪いが、こいつは俺が保護させてもらう。泣かせた償いもしなきゃならないんでな」
セフィロスさんの思いもよらない言葉に、同性だけどときめいてしまう。
今なら、この人に何されても文句言わないよ、俺。
「ホランダー博士に連れて来るよう、命じられたのよ」
「どうせ、玩具にされるのがオチだろう」
「恐らくは、ね」
「だったら、なおさら渡すわけにはいかない」
誰か、俺の胸のときめきを止めてくれ。
惚れてまう、本気でこの人に惚れてまう。
「……一つ、提案があるわ」
「それは?」
「貴方の監視下で、この子をソルジャーとして育てれば良い。クラス1stの特別待遇を使えば、少なからずはその子を科学部門の人間から遠ざけられる」
「汚れ役を担うタークスの考えそうな事だ」
「あら、力づくでその子を連れてっても良いのよ?」
セフィロスさん、お願いだから空気読んで。俺の人生がかかってるから!
「冗談だ……本当にその手を使っても良いのか?」
「言ったでしょ? 汚れ役と面倒ごとを担うのが、タークスよ」
そう言うと、彼女は踵を返して何処かへ行ってしまった。
きっと、俺の為に裏工作をしに行ってくれたんだろうなぁ。
なんとか実験台にはならなくて済んだけど、俺の所為で彼女が危険な目に合わないだろうか……。
「お人好しだな、お前は。あの女よりも、自分の心配をしたらどうだ?」
セフィロスさんの言う通り、そんな悠長に構えてられない。
彼女は俺の為に、上司の命令に逆らったんだから。
「でも、」
「良いか、お前に時間の猶予は無い。ただでさえ、科学部門という厄介者に目をつけられたんだ。あいつに対して罪悪感を感じたのなら、ソルジャーになって、特別待遇の利くクラス・1stになれ」
理不尽な事から他者を守りたければ、権力と戦闘者としての力をつけろ。
セフィロスさんはそう言うと、俺をその場に置き去りにしてその場を立ち去った。
× × × ×
「フキ、起きろ」
くるまっていた布団を乱暴に剥がされ、セフィロスさんは俺の肩を掴むと力を加えて前後に揺する。
もう十分、と懇願するが冷めた声音は、それを容赦なく切り捨てる。
「駄目だ。俺は早番で任務が入っているからな。今日のお前のするべき事を伝えたい」
だから、起きろと言ってセフィロスさんは、俺の体を無理矢理起こす。
用件なんて、メモとかに書いといてくれれば良いのに。
こんな朝早くから起こさないでほしい。
枕元にあるデジタル時計に目を移せば、時刻は6時を回っていた。
「十時になったら、ツォンがお前をトレーニングルームに連れていき、身体能力のテスト等を行う。結果次第では、その後に稽古をつけてくれる」
「んー」
「聞いてるのか?」
「んー」
意識がハッキリせず、曖昧な返答をしている俺に、セフィロスさんはため息をつく。
「あまり迷惑をかけるなよ。奴らだって暇ではないからな」
踵を返すとセフィロスさんは素っ気なく、行ってくるとだけ告げ、部屋を出ていった。
俺はセフィロスさんの後ろ姿を見送ると、再び眠りについた。
セフィロスさんの家に厄介になってから、五日が経った。
朝は問答無用で早く起こされ、家事を手伝い、セフィロスさんの手が空いていれば(もちろん無断で借りた)トレーニングルームで稽古を着けてもらったり。
最初は違う世界だから戸惑ったけど、一日中やっていることはオールドラントでの生活とあまり変わらないので、案外慣れた。
「朝ごはん食べたら、ゴミ出しやって……あと洗濯物干さなきゃ」
あまりにも、一日のスケジュールの大半が家事で構成されている為、俺は着々と主夫への道を辿っていた。
朝飯を食べ終え、桶にたまった食器を洗い、洗濯物を干している時。
部屋のインターホンが鳴った。
おそらく、ツオンが迎えに来たのだろう。
俺は洗濯物を干す作業を止め、玄関の方へ向かった。
自動ドアの開閉ボタンを押し、外にいる人物を確認する。
「どちら、様?」
ドアの前に立っていたのはツオンではなく、長身痩躯を赤いコートで包んだ男がいる。
髪も赤に近い茶色。
瞳は髪や服と対照的な、アイスブルーだ。
「セフィロスは任務か?」
「はい。今、ちょうど行った所です」
「そうか……」
もしかして、セフィロスさんの同僚だろうか?
あの人、自身の事はあまり話してくれないから、近辺の事が分からなくて困るよ。こういう時。
「用件があれば、俺が伝えて置きますけど?」
「セフィロスじゃない。用件があるのは、お前の方だ」
俺?不思議そうに首を傾げていると、その人は訳を話す。
「ツォンの代理、と言えば分かるか?」
俺は無言で頷いた。
ジェネシスさんが言うには、社長直々の急な任務が入ってしまい、タークスが総動員で出払ってしまった為に、自分が駆り出されたというわけだ。
セフィロスさんと同じくソルジャー・クラス1stのジェネシスさん(と言うらしい)に、トレーニングルームへ連れていかれた俺。
ここで適正検査を行うらしいのだが、何の適正を調べるのかよう分からん。
でもニュアンス的には、腕試しと解釈した方が良いのだろう。
場所が場所だけに。
「これを使え」
ジェネシスさんが何かを無造作に床へ放った。
剣だ。
レイピアより、刀身の横幅が少し広い両手剣。
俺は何のためらいも無く剣を手に構え、一瞬のうちに戦闘態勢を整えた。
剣先はまっすぐに、ジェネシスさんへと結ばれている。
「セフィロスが弟子をとったと聞いて、驚いた」
「……」
「俺と同じく、自ら他者と関わろうとしない奴なんだが…」
ジェネシスさんは笑みを消し、剣を抜いた。
(いない……)
剣を抜いたものの、幻影でも見たかのように目の前にいたジェネシスさんが、消えていた。
「ふっ、所詮この程度か」
ふっと影が落ちるのと同時に、そんな声が頭の上から降ってきて、俺は咄嗟に横へ飛んだ。
転がりながら見たものは、地面に突き刺さる剣と、真っ赤なコートに身を包んだジェネシスさん。
あれ、絶対に本気だろ……。
どうやら、容赦してくれる気は毛頭ないようだ。
「だったら、全力で倒すのみ!!」
俺はジェネシスさんに斬りかかった。
持っている力の全てをかけて。
父さんやガイさん達に教えられた技の全てをもって。
だが。
出す技は、全て一太刀で無に返された。
双牙斬も、鷹爪豪掌破も、魔神連牙斬も。
その全てがジェネシスさんの一太刀で無に返され、その切れと威力は俺の実力を上回っていた。
まるで、異世界の剣士は魔晄を浴びたソルジャーには決して敵わない、とでもいうように。
「くっ…烈破―」
「遅い!」
俺とジェネシスさんは掌を互いに向けて突き出した。
烈破掌は、圧縮した気を爆発させて相手を吹き飛ばす技なのだが。
「ぐぁああっ!」
吹き飛んだのは、俺一人だった。
胸に攻撃を喰らい、息が詰まった。
持っていた剣は、どこかに転がってしまったようだ。
息が苦しい。吸うのが辛い。
「…う、ゴホッゴホッ!」
「あっけないな、セフィロスの弟子よ」
喉に剣が突きつけられた。
剣先が、ぷつ、と皮膚を破る。
ジェネシスさんは冷めた目で、俺を見下ろす。
「セフィロスの弟子ともあろう者が、情けない…」
(セフィロスさん……ごめんなさい…)
喉に突きつけられた、ぎらぎらと光る刃を見ながら、俺はセフィロスさんに心の中で詫びを入れ、気を失った。