TOA×シリーズ


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38.5







意識が闇にのまれ、次にぼんやりと浮かび上がったのはいずことも知れぬ真空の海を漂っていた。
恐ろしいほど美しい星々は、瞬きせずじっと俺を見つめている。

落下しているのか、上昇しているのかも分からないまま、目を転ずると何もない空間から明るい橙色の光が束となり湾曲し、最後には円形の塊になると光の中から、二十代後半から三十代前半の朱色の長髪を靡かせた男が出てきた。
パラパラと重力に従うように、巻き上がった髪が落ち着きを取り戻すと、髪で隠れた男の顔を隙間から窺うと俺はあまりのことに言葉を失った。


なぜなら、その男の顔は俺の実の父、ルーク・フォン・ファブレと瓜二つ−−だったからだ。


「な、なんで……?いや、その前にどうして俺は生きてるんだ!?」


思いがけない出来事にすっかり忘れていたが、俺は確か、シスネの手にかかって死んだ筈だった。
驚くことばかりで、俺の頭の中は限界まで振り切り、混乱しっぱなしだ。


「落ち着け、落ち着け。我が子よ」


軽い調子で俺を"我が子"と呼びつける男に、外見だけは自分の父であるものを俺は見た。
顔形や声、背丈も最後に会ったあの日の父のままだが、これは本当に父さんなのか?という疑問ではない。
<これは父さんではない>という理屈を超えた直感だった。

男の目を疑心の渦がひたひたと広がりながら、じっと見つめると、ようやく男の抜穴を埋める方法を嗅ぎつけた。それは、男の瞳の色だった。

父さんの目の色はエアリスと同じく翡翠色だが、この男の目の色は−−金色だ。


父の形をした父ではない何かを相手にするとなった途端、その直感的真実に戦慄して、俺の精神的機能はほとんど停止している。俺は今、怖気を震っている。


「恐らく、お前が私と会うのは初めてに思えるかもしれんが、直で出会ったのは今回で二度目だよ」


父さんモドキの言葉に、俺は一拍おいてあわてて反論する。


「そんなわけないだろ!?俺はあんたと会ったことなんかない!!それに、覚えてなかったら、あってないのと同じだ!」


支離滅裂なこと言っている自覚はあったが、この男と面識がないという自信だけは誰にも譲れなかった。
だいぶ無礼な振る舞いをしているにも関わらず、男は逆上することなく、切なげな表情になる。
だがそれはたちまち消え去り、すぐに包みこむような笑顔になった。


「それもそうだな。初めてお前に会ったのは、まだ、お前がガウナの子宮の中にいた頃の話だ。だが、産まれる前に心肺停止で胎内で亡骸となったお前に、私とユリアの子の生命力を全て与え、息を吹き返させたのは"この私"であることを、お前の父達に教わらなかったか?」

「なっ……まさか!?あんた……」


男の話で、俺の意識は時の狭間を飛び越える。
幼少の頃、父さんだけじゃなく、周囲の人間が口を揃えて俺に言ったことを。



−−あなたこの世に生まれ出でたのは、奇跡よ。

−−産まれる前に、ガウナのお腹の中で一度死んだのですから。

−−だからな、フキ。ローレライとユリアに感謝するんだぞ。


やがて遡る記憶はある地点へたどり着く。


−−ローレライとユリアの子の魂をフキにとどまらせたことで、ガウナは正気を失った。


誰が言ったのかは未だに分からないが、その言葉だけははっきりと覚えている。胸に刻んでいる。

目の前にいるこの男−−ローレライの所為で、俺の母は死んだのだ。



男の正体がローレライだとうかがい知ったことで、俺は彼に対する見方が変わった。

確かに彼は、俺の命の恩人だろう。
だが、それと同時に直接的に関わっていなかったとしても、母さんが死ぬ原因を作った奴だ。
こいつへの感謝よりも、憎しみが燃え上がっていた。


「そして、あの世界で死んだお前の体、魂を引き取り、今ここに蘇らせたのも私だ」


だから、感謝しろと?
申し訳なさそうに言うでもなく、恩着せがましいローレライの物言いに、苛立ちを隠す必要などないと俺は判断した。


「それで、俺にどうしろと!?あんたらに感謝の花束を贈呈しろってか!?」


本当に言いたいこととは逆の言葉が、俺の口からどんどん出てくる。

ローレライとユリアが生かしたかったのは、俺じゃない。彼らの子だ。
だけど、俺は彼らの子の意思を奪い、明日を奪い、生きている。
その事実がどうしようもなく、苦しく歯痒い。

泣きそうな気分になって下を向いていると、俺を迎え入れるように両手がさし伸され、やがてその手は強く俺の体を抱き寄せた。
戸惑って身を離そうとする俺の背中を、抱きしめた人物は子供にするようにぽんぽんと叩く。


「よしよし、大丈夫よ……大丈夫」


俺は両手を宙に浮かせたまま、固まる。
ローレライとは違う、ひどく優しい声となだめるように背中を叩く手が、不思議と見知らぬはずの母を思い出させた。

最初は戸惑っていた俺は、いつのまにかその感触に身をゆだね、目を閉じる。体の奥底で歪んで軋んでいたなにかが、ゆっくりと静まっていく……。目を開けると、継母のティアさんによく似た女性がじっとこちらを見上げていた。
マーメイドタイプの白いドレスに、ストールを腕に巻きつけたシンプルながらも神々しい服装。クリームに近い金のストレートの長髪に、ミントグリーン……魔晄を思わせるような瞳。
彼女の全体像を見て、この人が惑星オールドラントの誕生から終焉までの出来事を預言(スコア)として詠み、ローレライ教団の始祖となった女性なのか。


「ごめんなさい、ローレライがあなたを沢山いじめたでしょ?久しぶりに息子に会えるのが、嬉しくて、浮かれてたのね」


おっとりとした彼女の口調と人柄に、なんだかペースを乱される。
だが、この人が二千年前の戦争を終わらせたんだよな……。芯は強いのかもしれない。

物珍しさに彼女の顔を真剣に見ていると、彼女と目が合い、俺はなんだか気恥ずかしくなって目を逸らした。


「フキ、あなたがせっかく覚悟して成し遂げたものを、台無しにするようなことをしてしまって……本当にごめんなさい」


心からの謝意を言い表し、俺に深々と頭を下げてくるユリア。
いくら魂の母親?といえど、オールドラントの偉人にこんなことをさせるのは逆に俺の方が申し訳なく思ってしまう。すぐにユリアに謝るのをやめさせた。


「実は、あなたがまだガウナのお腹にいた頃、ルークとガウナに契約を持ちかけたのは−−私なの」

「はあっ!?」


今度こそ、頭のキャパが底をつきそうだった。
彼女の口からもたらされた衝撃的な真実に、自身の存在意義に疑心、諦念が乱舞していた。


「あなたが死ぬのを分かっていながら、私とローレライは彼らの絶望につけ込んだ。私とローレライの間にできた子の魂が、消滅しかかっていたから」


−−だから、あなたが人間としての人生を終えたら、意識集合体に生まれ変わらせて、ローレライの眷属にするってこじつけたの。


今すぐにでも、ユリアは自害しそうなほど、俺に謝り倒した。


「それで、死んだはずの俺が生き返れたのは、もともとローレライの小姓をやらさられる体だった、ってわけか……」


うんざりとした物言いで俺は、誰にあてるでもなく吐き捨てた。

俺も結局は父さんと同じで、誰かの代わりで生かされていただけだったのか……。なんだか自分の人生が、一気に価値を失ったガラクタのような気がして、どうでもよくなりそうだった。


「あなたの意思に反することばかりやってきたわ。私たちに償わせて。あなたはこれから……どうしたい?何がしたい?」


しばらくの放心状態の後、ユリアが俺に寄り添うように問う。
何がしたい、と言われても。一つの山を超えたばかりだというのに、次の山を探して登れというような言い草に思えてきた。
けれど。


−−どんな道を選んだとしても、彼女は俺の意思を尊重し、全力で応援してくれるんだろうな。


ミントグリーンの瞳から、ユリアの確固たる信念がうかがえた。
俺は全く知らない母という存在を、彼女を通して知った。

俺は涙が出そうになって、目を瞬いた。


「俺、まだあの世界でやりたいことがある。それをやり遂げるまで、あんた達には離れたところで俺を見守っててほしい……頼むよ、もう一組の父さん、母さん」

「フキ……」


今度はユリアが涙ぐんだ。


「フキ……どうして私達に、愛息子の手助けをさせようとしてくれない?」


ローレライはやっとのことでそれだけ言い、涙をこらえるようにうつむいた。


「そりゃあ、あんたとユリア母さんが出てくれば、なんだってうまくいくさ。でも、それは間違ってる」


なにか起こるたびに、二人が動いたら、俺だけじゃなく二人の影響下にある人々がどれだけ大変な思いをすることになるだろう。
彼らの親心には、再び泣かされそうになるが、俺に任せて待っててくれることも覚えてほしかった。


「やっと……今になって、ユリア母さんが何を……誰に向けて"ユリアの譜歌"を託したのかわかった気がする。だからこそ、どんなに弱くても、みんな自分のことは自分できるんだ。毎日毎日"俺がやる、俺がやる"ってやってたら、あんた達以外の人は何もできなくなってしまう」


任せても気に入らないのなら、何回でもやらせてみればいい。
そして我慢して見守っていてほしい。

わずかな時間と苦労を無駄にしたくなくて、二人がやってしまったら、一生二人に頼ることになってしまう。
それに、ローレライが俺を眷属として従えるというのなら、俺を信じてくれなければ困る。

彼らが人間という種を信じてくれなければ、誰が彼らを信じるというのだろうか。


「ローレライ父さん、ユリア母さん。俺、もう少し寄り道していたい。ダメ、かな……?」


二人に形式的に謝ってはみるものの、俺は今決心したことを覆す気はなかった。
だからなのか、ここ最近で一番晴れやかに笑えた気がした。


「ええ……ええ!あなたの望むように、なさい」


静かに泣きながら、ユリア母さんは俺に抱きついた。
俺も母さんの背中に手を回して、もう一人の母とのしばしの別れを惜しむ。
−−俺を産んでくれて、ありがとう。


「無茶だけはするな−−といったところで、お前は聞かないだろう。お前は信じるものだめならば、滅びも厭わないだろうから。でも、これだけは忘れないでくれ……ルークとガウナだけじゃない。私達が心の底からお前を愛し、見守っているということを」


抱きしめ合っている俺とユリア母さんごと、ローレライ父さんは俺達を力強く抱きしめた。




ユリア母さんが杖を大きく振り動かし、異次元への扉を開いた。
俺はそこから、エアリスが待っている世界に帰ろうとした。
あの世界に戻るというだけなのに、知らない土地へ行くような緊張と好奇心が胸の中で渦巻いていく。

光だけでできた道筋に、早速入ろうとすると、どうしてもこれだけは……!とせがむようにローレライ父さんが呼び止める。


「おまえが産まれた頃は、オールドラントで写真というものは普及していなかったからな。ガウナがオールドラントに来た時、持っていた写真だ。役に立つかもしれないから、持っていろ」


肖像画ではない、鮮明な姿が写された母さんと、隣にいるのは母さんの家族だろうか?
母さんに似た同世代の壮年の男が写っていた。
写真を裏返すと、ヴィンセント&ガウナ・ヴァレンタイン兄妹と書き記されていた。


「おまえはオールドラントだけでなく、あちらの世界の息子でもある。ほんの少しでもいいから、親に興味を持ってくれよ。自分のことを子供に知ってもらう楽しみが、俺たちにはあるんだから」


ローレライ父さんは荒々しく俺の頭を撫で回すと、背中をポンと押して、光だけしかない異次元の扉に俺を突き落とした。
落とされる瞬間、父さんの顔を凝視すると、父さんの瞳は金色から翡翠色に変わっていた。


最後の最後に、ローレライ父さんは自分の中に眠る父さんを呼び起こし、俺を送り出させたのだ。途中から、口調も変わってたしな。

二人の父さんによる粋な計らいを無駄にしないように、これから起こることすべて、取りこぼさないよう、全力で取り組もう。
俺の大切な女の子−−エアリスが、思いっきりの笑顔でこの先の人生を歩んでいけるように。


虹の橋に運ばれて、俺は再びあの世界に降り立った。








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