TOA×シリーズ


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38



オールドラントを発った後、ザックス達の世界に戻ってこれたが、転移する座標を誤ったのか、俺は七番街スラムの廃工場の廃材の上に墜落した。
衣服についた砂埃を払いながら、あてもなく七番街スラムを彷徨い歩く。五番街以外のスラム街には来たことがなく、また、俺がいた頃とは違って、街の広さや景色も変わっているのだろう。

これは人伝いに五番街スラムに行く方法を聞かねばと思い、とある酒場の前にいた女の子に声をかける。


「あの、五番街スラムってどうやって行けばいいんだ?」

「えっ……ええ、この道に沿って広場を突き抜けていけば、駅があるので、列車に乗れば五番街に行けると思います」


黒くてストレートの長髪に、オレンジガーネットに近い瞳の色。ショート丈の白いタンクトップとミニスカート。
結構、攻めてるファッションの子に声をかけてしまったな、と最初は後悔しかけたが、見た目の印象とはだいぶ違い、親切な対応をしてくれるいい子ちゃんだった。

黒髪のお姉ちゃんに教わった通り、酒場の前の通りを行こうとしたら、今度はお姉ちゃんの方から声をかけられた。


「あの!どこかで、会ったことありますか?」


身に覚えのない内容だったので、思わず振り返り、お姉ちゃんの顔をまじまじと見つめるが、俺はどうにも彼女の顔を見たことがないような気がする。うなりながら小首を傾げると、お姉ちゃんは諦めたように、俺に目的地へ行くように勧めた。


「呼び止めてごめんなさい……!その、いってらっしゃい」

「……ありがとう?」


互いにぎこちなく手を振りながら、俺達は別れた。

彼女の顔に見覚えは全くなかったが、会ったことのあるような素振りをされると、実際に面識を持ったことがあるんじゃないかという気分にさせられる。
だが、俺は彼女と面識を持ったことよりも、教会に向かうことを優先したかった。




まるで、記念日を過ぎてから送られてきた、誕生日プレゼントを開けに行くような勢いで、俺は胸を小躍りさせながら、五番街スラムの駅に着くとスラムマーケットやスラムストリートを走り抜けた。
就職の面接の時のような緊張感が、教会の扉に触れた俺の足をその場に踏み止まらせた。
スピーカーのような爆音が胸の中に立つ。

締め付けるような胸の痛みを楽にさせたくて、俺は意を決してドアノブに手をかけた。


「いってぇ……!」


静電気のような痛みが腕に走ったと思ったら、その痛みが頭に到達してきた。
あまりの激痛に、思わず教会の扉に寄りかかって座り込む。


視界がブレ、ここではないどこかの景色の映像のようなものが、俺の脳と視界に流れ込んでくる。


ミッドガルの近辺に広がる荒野だろうか。全てを押し流すようにふり注ぐ雨の中、神羅兵の三人が俺にアサルトライフルを突きつけ、弾丸の雨を浴びせてきた。
途端に場面は変わり、雨ざらしで急所を何発も撃たれて血を流すザックスの姿に焦点をあてられた。


−−ああ、そんな……!ザックス!!


上手い表現が見つからないが、察したというより、魂に刻まれるような感覚が身体中に湧き立つ。
付き合いたての恋人達のように、ここで再会を恥じらってる場合ではないのだ。

この時ばかりは行儀良く、などすっかり忘れて教会のドアを荒々しく開けた。


そこには愛しい人が、何事か!と飛び上がりそうなほど、驚いて祈りで組んでいた両手を振り解いた。
彼女のビー玉サイズの翡翠色の目が、俺を捉えて離さない。


「どうして……」


感極まったような掠れた声が、俺を彼女のもとへと呼び寄せる。
再会を喜び合うのは後だ、と俺はブーツに代弁させてトントンと鳴らして駆ける。


「エアリス、頼む!何も聞かないで、俺についてきてくれ!!ザックスが……ザックスがミッドガルに戻ってこようとしてるけど、面倒なことに巻き込まれてて、それで……!」


引きずるようにして、俺はエアリスの手を取った。

エアリスをあの場所に連れて行けば、神羅の人間はザックスを殺せないはず。
だって、エアリスはこの世でたった一人の古代種だから。貴重な種である彼女を神羅は何がなんでも、その尊い血筋を途絶えさせることはできないだろう。

あまりの内容に、エアリスは呆然とするしかなかった。


闇雲に教会の外へと、エアリスを連れ出そうと走り出した瞬間、何かを感じ取り、飽きたおもちゃをゴミ箱に捨てるように、俺はエアリスの手を離して横へ突き飛ばす。
ドスッと鋭利なものが、何かに刺さる音が鳴り響動むのが耳に入り、俺の足は扉の一歩手前で止まった。
前に進みたくても、これ以上は足が動いてくれない。代わりに、赤い霰が降ったみたいに教会の床が濡れていく。

床の上に倒れた次に、集中的な痛みが続く胸部をうち見ると、刃が綺麗に俺の心臓を貫いていた。どうやら背後から刺されたようだ。
これは、エアリスじゃないな。
俺を刺した人間の顔を拝もうと、振り返った。

信じられないと、驚愕の眼差しで俺を見つめ、口元を両手で抑えるエアリス。
更に俺の真後ろからは、自分の獲物を放った後のモーションで固まったまま、俺を憐んでいるシスネがいた。


こんなことをしたからと言って、死に抗えるわけでもないのに、俺は背中の手裏剣を抜き取るとそこら辺に放り、膝から崩れ落ちた。
これ以上、痛い思いをさせないようにとの配慮なのか、床に叩きつけるように倒れ込む俺の身体をシスネが抱き止めた。

二人の顔がよく見えるように、シスネは俺の片手で首を支え、上体だけを起こさせる。
二人の少女が俺に気づかわしげな目を向けた。


−−父さん達に、悪いことをしてしまったな……。


俺は心の裡で、この世界へ送り出してくれた父達にわびた。けれど、これでいいといっそすっきりした心持ちになる。


「なんで……なんで、避けなかったのよ!?」


泣き叫ぶシスネに、俺はあえて何も返さなかった。

避けようと思えば、彼女の攻撃を避けられただろう。でも、自分はしなかった。

きっと、エアリスに俺とミッドガルの外へ行く覚悟ができていなかったように、俺もエアリスと一緒にタークスや神羅の軍から逃げ切れる勝算がなかったからだ。心の底で、逃げることを諦めていた。


それにもし、ここでシスネと殺し合うことになったら、俺はシスネを殺せない。
どこの世界に、一度惚れた女を殺すやつがいるだろうか−−。
仮にいたとしても、心の弱い俺にはできないな……。


俺が傷の痛みに朦朧としながらフッと笑うと、シスネの方に寄せていた顔を自分の方へ向かせようと、エアリスが俺の左頬を叩く。
エアリスの方に向き直ると、今まで一度もそんな素振りなど見せたことがないではないか、と言いたくなるほどに彼女の顔はじいっと唇を噛みながらぽろぽろと大きい雨粒のような涙を落としていた。


−−俺のために泣くことなんて、あったのか。


素朴な疑問だった。
彼女は、強かったから。

花のような明るい笑顔を絶やすことはなかったし、見た目に似合わず屈強の精神の持ち主で、こちらがくたびれるほどのハツラツとした人に見えていたから。だから、俺なんかが死んでも、彼女なら乗り越えてくれるだろうと軽信しきっていた。
俺は当てが外れたように、エアリスの表情にひどく驚いた。


彼女に見合う、生命力がもたらす自然な輝きを残せなかったのは心残りだが、俺は……こんな俺でも、人が人に何かを与えられるかということをこの世で最も大切な人に、認知させることができたのだ。それが死と絶望になってしまったのが、悔やまれる。

彼女を泣かせたのは自分だが、これから先もあまり泣かないでくれるといいなと、俺は思った。
エアリスの目の縁の涙を震える手で拭ってやると、彼女はその手を握ってくれた。


「エ、ア、リス……シス、ネ……ごめ……な」


胸の辺りに血が溜まったのか、押しつぶされた蛙のように、とぎれとぎれに二人に謝った。


「フキ、いってはダメ。あるべきように、なっても、これは間違ってる」


彼女のいうことは、いつも正しい。理屈では言い表せないほどに。
その彼女が、今、自分が死ぬのは間違っていると言ってくれている。それだけで、俺は夢心地になれた。

今なら、彼女に伝えてもいいだろうか……。


「君と……出会えて、幸せだった。もし生まれ変わることがあったら、俺と夫婦に……なって」

「っ……!」


俺になんて返そうか、エアリスは必死に考えていたけど、言葉が詰まってばかりで良い返事は貰えそうになかった。
フラれたな。

恋人になれなくても、俺たちは本能でお互いが大切だということを出会ったあの時から、察していた。
俺が彼女の性的欲求の対象じゃなくても、確かに俺たちは心から大切に思いあえていたのだ。

エアリスは、俺が死んだ後も離す気はないのか、さっきから右手を握りっぱなしだった。


−−彼女がいれば、きっとなにも怖くない。


ヒュウヒュウと嫌な音を立てる喉から、かすかな声で振り絞る。


「だいじょ……ぶ、また……ここに、帰って……く……、きみのもとに。……どこもいか……ない。これ……が、……お別れ、じゃ、ないから」


それきり、喉からあふれ出した出血にさえぎられ、その言葉は絶える。
俺はエアリスの翡翠色の目に見入り、あたたかな腕を感じながら眠った。








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