TOA×シリーズ


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長い悪夢から解き放たれ、現実で意識を醒ました俺の目には、海を感じる景色に活気づけられた。
視界だけじゃなく、聴こえてくる心地良い小波の音や優しい潮風が、異世界で起きたこと、経験したことは全て夢として片付けてくれたのではないかとさえ、安堵の涙を浮かばせる。

オーシャンビューという贅沢なロケーションに佇むこの部屋。
外の景色と調和するグレーとブルー、白のカラーコーディネイトが爽やかな内装だ。
時折、身体中を巡る痛みと本格的には覚醒していない頭で、のろのろと考えていると一つの足音が近づいてきた。


「もう起きて、大丈夫なんですか?」


小麦色の髪と銅色の瞳。オーバルフレームの眼鏡をかけた三十代後半の男性が、部屋に入ってくる。
男性と最後に会ったのは確か……そう、八年くらい前だろうか。
実年齢に反した、若づくりの見た目に、やつれでできたような小皺が追加されていた。


この人でも歳をとるのか、とせせら笑っていると、ちょっとした仕草ですらこの人には筒抜けなのか、趣味の揚げ足を取ることに勤しみだす。


「おや~?八年前、世界中から捜索隊を出させるほど行方を晦ましておきながら、五年前には意識不明の重体の誰かさんを私が匿い、数年も育ての親にやきもきさせながら眠っていたというのに、いつから献身的な父親を小馬鹿にできるほどの身分になったんでしょうかね~?」


人の痛いところを的確につきながら、毒を吐いてくる義父に引きつった笑みを浮かべながらも、俺は義父の腰に縋りついた。

やっと、母星のオールドラントに、生まれ故郷のグランコクマに、帰ってこれたのだ。


あの世界にいた頃は、ほんの探検とかのつもりで、ちょっとだけ世界を回ったら帰りたい時に帰れるのではないかと、安易な考えをしたこともあった。
ただ、どんな魔法や技術を駆使しても、一向に故郷へ帰れることはなく、長い月日をあの世界で過ごすしかなかったのだ。
だからと言ってあの世界を、遊んだ後には必ず帰れる娯楽施設のように、軽んじたことはない。


オールドラントほどではないとはいえ、あの世界で俺は信頼できる友や師、好いた女の子がいて、その人達と生きたのだ。第二の母星と言ってもいい。


「ジェイド、父さん……、なんで、俺はこの世界に帰ってこれたんですか?他のみんなは?」


つぶやくと、ジェイド父さんは事細かく俺がいなくなった後のこと、俺がここに運ばれたことを答えた。


「久々の親子の感動の再会だというのに、貴方という人は……ま、いいでしょう。だらだらと余計なことを話している暇はありませんからね。貴方がこの世界に帰ってこれたのは、五年前です。致命傷を負いながらも、グランコクマの港に流れ着き、運良く私の部下に発見され、邸に運ばせました」


その声は穏やかではあったが、過度のいたわりは含まれていなかった。
ジェイド父さんは淡々と事実を告げていく。


俺が異世界へと失踪した日、オールドラントの三大勢力のキムラスカ王国、マルクト帝国、ダアトという場所に総本山を構える神託の盾騎士団(読みはオラクルきしだん)が協力して、私兵から軍隊を総動員しかかってまで一年間を費やし、捜索にあたってくれてたらしい。下手に権力者の息子として生まれると、色々と怖いね。


俺の関わりのある人に関しての情報はというと。

父さん(実父)の双子の兄とされているアッシュ伯父さんは、伴侶でキムラスカ王国の王妃、ナタリア伯母さんと隠居し、養女で俺の一つ上の姉、カルバートが女王として在位した。

父さんの親友であるガイおじさんは貴族としての地位が上がったらしく、今は領地経営で忙しいとのこと。アニスさん女性導師(宗教団体のトップ)として、各地巡礼中。


そして、俺が十歳の時に父さんと再婚したティアさんは、ユリアシティという街で市長している。因みに、俺の十五歳年下の異母兄弟もそこにいるらしい。



八年前に失踪し、五年前に帰ってきたと思ったら、植物状態になっている間に世界は目まぐるしい進化を遂げているではないか。
やっとのことでジェイド父さんの話を聞きながら、自分に理解と納得をさせていた。

ある程度、近況報告を頭に叩き込み終えると、俺はずっと気になっていたことをジェイド父さんに聞いてみる。
それは……。


「ジェイド父さん、父さんは……どうなったんですか?」

「……」


失踪した挙句、植物状態でさんざか親や周囲の人間に大変な思いをさせておきながらではあるが、ジェイド父さんは俺にとって明るい話だけをピックアップして、聞かせてくれていた。
みんなのことが気にならないかと聞かれれば、高確率で気になるに票を投じる。でも、俺が本当に知りたいのは……知らなきゃいけないのは、それじゃないんだ。

もう一度、俺はジェイド父さんに父さんのことを尋ねる。
どんな答えが返ってこようと、責めはしない。安心して、自分に判断を委ねてほしいと眼差しで訴える。
こうすれば、ジェイド父さんが俺に譲歩してくれるのを心得ていたから。


俺は顔だけなら、父さんと瓜二つだが、瞳の色だけは死んだ母さん譲りだった。だから、母さんと交友関係が深かった人間にこういうお願いの仕方をすれば、みんなが断れないのを知っていた。
いやらしい手法だし、俺も抵抗感はちょっとあるが、今はなりふり構ってられないんだ。


「わかりました。話しましょう。貴方の父親、ルークは……死にました」


やはりというべきか、でも、予期していたことを簡単に認めるのは難しかった。
俺の心臓は突然跳ね上がった。


「ああっ……そんな……!父さん……なん、でっ……」


俺はもがくように身を起こし、とたんに襲ってきた全身の痛みにあえぐ。


「傷に触ります。落ち着いて。こうなるから、今の貴方にこの話をしたくなかったんです」


俺は震えながら、気遣うように自分に寄り添ったジェイド父さんの顔を見やる。


「異世界に飛ばされる直前、この世界で最後に会ったのは、父さんなんだ」

「ええ、ルークに何度聞いても同じ答えしか返ってきませんでしたし、彼からもずっとそのことを聞かされてきました。だからこそ、ルークは自死を選んだのだと思います。貴方の為に」


ジェイド父さんの目は、俺を責めていた。親友を失うきっかけを作った俺に。

だけど、瞳の奥から嘆きのような揺らぎも見えた。なんで死ぬという選択肢しか見出せなかったんだと、父さんに当たり散らすように。


父さんを、ルーク・フォン・ファブレを失って辛いのは、俺だけじゃなかったのだ。


「しかし、貴方に希望を持たせるという意味であれば、ルークは完全に、この世から去ったというわけではありません」

「えっ……?」


涙で曇っていた目が、晴れる。
俺は衝撃を受け、まじまじとジェイド父さんの顔に見入る。
柔らかで包みこむような表情は影をひそめ、ジェイド父さんは冷徹なまでの冴えた目で、俺をまっすぐに見つめる。


「彼は、肉体的には死を迎えたようなものですが、人間という種を超越した存在に生まれ変わったんですよ」

「……どこかに頭をぶつけました?ジェイド父さん」

「次に目覚める時は、バールで叩き起こしましょうか?フキ」

「冗談です。続けてください、ジェイド父さん」


ジェイド父さんが一瞬、スピリチュアル的なものに目覚めたのかと思い、思考が追いつかなかった。
とりあえず、熱心に話を聞いてるふりをせねばと思い、姿勢を正す。

ジェイド父さんの話は、どれも信じがたいというか、ジェイド父さんがそういう話題を持ち込むこと自体に信じがたく、なんともぶっ飛んだ内容の話をしきりに驚きながら、俺は聞かされることになった。


「ルークの肉体は、八年前、貴方が失踪して半年後に死を迎えました。彼はレプリカでしたし、消滅することは残念ながら、最初から避けられないことでしたから。ですが、彼はローレライと取り引きをし、ローレライと融合することによって、意識集合体となり、今代のローレライに生まれ変わったということです」


墜落するヘリの如く、話のオチが早えぇな……。
父さんの死を悼む前に、父さんが復活してるから、悲しめばいいのか、喜べばいいのかわからなくなってくる。

当惑しながらも、父さんが今まで以上に遠い存在になって、もしかしたらローレライになった父さんのおかげで、オールドラントに帰って来れたかもね!で話は落ち着いた。








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