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地方の魔晄炉周辺でモンスターが大量発生しているらしく、セフィロス師匠とザックス、数人の神羅兵の団体様がニブルヘイムへ調査しに行ってから四、五日経った。
俺は日課になったスラムの教会の花の世話を、今日もエアリスと行っていた。
「ザックス、お仕事長いね−」
「ああ、長いなぁ……」
ペットボトルの口のところにジョウロを付けて、水やりをしながら俺達二人は花を眺めていた。
ザックスから連絡もないし、花の世話以外に俺達にとっての娯楽は何もない。
退屈の二文字が浮かびそうになった時、俺の中で名案が閃いた。
俺はポケットから携帯端末を取り出し、ディスプレイ画面を開くとエアリスに突きつけた。
「ザックスに電話しよう、エアリス」
「でも、忙しくないかな?」
「その時は俺が謝るから。な?」
「うん。かけてみる」
壊物を扱うように、俺の携帯端末を受け取るとエアリスはザックスの電話番号へ発信ボタンを押した。
一度目は電話に出なかったが、何回かかけ直すとザックスは電話に出てくれた。
「もしもーし」
『エアリス!?』
「やっと通じた!」
エアリスは俺と顔を見合わすと、ハイタッチをせがんでくる。
俺もエアリスの嬉しそうな反応に引っ張られて、彼女のハイタッチに応えた。
「ううん、しなくていいから−−」
「待ってる」
長電話になると思っていたが、あっさりと二人の会話は終わってしまう。
電話が繋がった時とは違い、通話の切断ボタンを押し終えるとエアリスは暗い顔になった。
「エアリス、その……ザックスは元気だったか?」
「うん。フキもザックスと話したかったのに、切っちゃって、ごめんね。電話、ありがとう」
力なく笑い、エアリスは俺に携帯端末を返した。
このままでは、二人とも報われないと推し量った俺はある決心をする。
それとなくエアリスに切り出してみる。
「エアリス、俺に何か頼み事はある?」
「えっ……?」
彼女の翡翠色の目が静かに揺れた。
その反応が落とし所だと、今度はもっとはっきりとした質問をエアリスに投げた。
「言って、エアリス。君が俺に行けと言えば、どこにでも行って、君の目となり耳となり、足にだってなってやるさ」
エアリスの両肩にそっと手を置いて、キュッと引き締まり、自分がへんに真剣な、引きつったような顔になるのがわかる。
ここまで頑張り通したのは、今までになかったかもしれない。エアリスはどう出るだろう?
こめかみから汗が滴るのも厭わず、俺は全神経をエアリスに注いだ。
「わかった……フキ、ザックスを助けてあげて」
これほど歓喜したのはいつぶりだろうか。
俺は彼女の願いに、是、と即答した。
「ニブルヘイムに行くついでに、何かザックスへの言伝とか手紙とかあったりするか?」
「手紙、一通だけ届けてくれる?」
「もちろん」
白い封筒を受け取ると、俺は大事にコートの内ポケットにしまう。
行ってくる、と俺はエアリスに告げて教会を出た。
去り際、エアリスは何か言っていた気がするけど、引き止められるほどのことではなかったので、思わず振り切ってしまった。
さて、ニブルヘイムに直行したいから、その辺にいるエアリスの監視係のタークスでも引っ掛けて、送ってもらうとしよう。
「フキ、絶対、帰ってきてね。……あなたを、好きになること、できなくてごめんなさい。あなたは、わたしが仕えなきゃいけない、人だから。守らなきゃいけない、人だから。あなたとザックスの帰りを、待ってる」
この言葉は届かなくていい。
けれど、彼の姿を前にして謝らなければ、エアリスの抱える罪は一生、許されることはないだろう。
フキが自分に好意を寄せているのは、気づいていた。でも、彼の気持ちを受け止めるには、星の声を聞き届けるだけの存在である自分には荷が重い。
だが、セトラとしては"星の記憶そのもの"である彼に好かれたことが、予期していない誉だった。
しかしこの先、セトラとしての自分とそうでない部分の自分がエアリスの中でせめぎ合っている限り、彼の好意に応えることは永遠にない。
ただ、彼が苦しんでたり、心からの救済を望めば、助け、導く。
これがエアリスなりの、精一杯のフキへの贖罪だった。