TOA×シリーズ


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夕食後のコーヒーブレイクでカフェラテを飲んでいると、数ヶ月ぶりにセフィロス師匠がルームシェアしている部屋に帰還を果たした。
俺とザックスがモデオヘイムから帰ってきても、資料室に籠城を決め込んでいたというのに。どういう気持ちの変化だろうか。

俺はリビングのソファで寝転がりながら、ミッドガルで流行っているラブコメディの鑑賞中に、セフィロス師匠と師弟としての親交を再開することとなった。
師匠は俺とテレビ画面を交互に見ながら、"こんなものを見ていて楽しいか?"と白けた視線を俺に投げかける。
きっと次は、その台詞を口に出すだろう。


「こんなものを見ていて楽しいか?」


ほらね。それ見たことか。

俺は皮張りのソファから起き上がると、正面へと前屈みに座り直し、顔だけ師匠に向けた。


「こうでもしないと気持ちを切り替えられないんですよ……あとは性交渉」

「……シスネと別れたのは聞いた」

「資料室にいたのに、どうやって知ったんです?」

「シスネ本人が報告してきたんだ。最近のおまえの生活態度のことも含めてな」

「ああ……なるほど」


ソファのもう一つの端に行けと、師匠に手で追い払われ、俺は席を詰めた。
足をローテブルの上に置くと、そこに足を乗せるなと師匠に太ももを軽く叩かれる。


「フキ。アンジールの死を悼むのは悪いことじゃない。だが、シスネを傷つけたり、不特定多数と乱交するのは間違った悼み方だ」


師匠が言ってることは至極真っ当な意見だ。
情緒不安をセックスで解消することも間違ってるし、そんな立ち直り方では、ザックスだけでなく、ソルジャーとしの心構え、色々なことを俺に託してくれたアンジールさんを冒涜しているということもだ。

寂しい、悲しいといった気持ちを素直に言えなくて、無闇矢鱈に体だけを重ねて俺は数ヶ月間、胸にポッカリと開いた穴を抱えながら凌ぐしかなかった。
性交渉で女性に思いっきり甘えて慰めてもらえば、心はスッと軽くなる。
行為に及んでいる時、「自分はこんなにも愛されているんだな、この人はいつも私の味方になってくれる」という錯覚に酔いしれていたが、その結果がシスネを悲しませてしまっていた。随分と最低なことをしたものだ。


「長い間、弟子のおまえを放置した責任が俺にはある。フキ、よくやった。俺の代わりに、アンジールを看取ってくれてありがとう」


視線はテレビ画面に向けたまま、師匠は俺の頭に手を置いて優しく撫でてくれた。
それがトリガーだと言わんばかりに、涙があとからあとからわき出ては俺の頬を濡らした。
師匠が俺を慰めてくれていることにつけ入り、俺は横にいた師匠に寄りかかる。師匠も俺の魂胆を知りながら、あえてその体勢で俺を受け止めてくれた。


アンジールさんもジェネシスさんも、セフィロス師匠同様に、俺にとっては追いかけたい背中で、心の底から尊敬していた、人達だ。
だからこそ、今回のことはとても辛かった。

綱渡り中に、ふと足元を見てしまった時のように、一度気づいてしまった重圧は無意識に俺を包み込み、モデオヘイム以降、任務でのチームワークをも乱してしまっていた。
仕事や私生活でも支障をきたすほど、あの二人の存在も俺にとっては特別なものだった。


−−また、俺にとって大切な人が裏切って、目の前から去ってしまったら?敵対してしまったら?
どちらかが滅びるまで戦い続けなければ、終わりが見えないのだとしら?
そして、その先は……?


大切な人との別離が怖いという自分の心に気付いてしまった俺には、出口が見えてこなかった。

いつの日か、出口にたどり着けば、少しは辛くなくなるのだろうか。
この涙を止めるすべが見つかるのだろうか。

俺の気持ちをどこまでも知り尽くしているのか、師匠は静かにゆっくりと口を開いた。


「悲しくて周りを見る余裕なんてないだろう。あいつらの背中も追いかけたかっただろうが、今は俺の背中で我慢しろ。フキ」


師匠のこの言葉が、どれだけ俺を力づけてくれたことだろう。
師匠の励ましが、揺らぎっぱなしだった俺の感情に深くしみ込み、今もそばにいてくれている大切な存在を実感した。
泣いて泣いて、もう涙も涸れたと思っていたのに、また新しい涙がかたく閉じた瞼に滲んだ。




× × × ×



しばらくの間、会社から休職の辞令が出た俺は暇を潰すため、毎日スラムの教会に通い詰めた。
俺と違って、悪い成績を残していないはずのザックスも、何故か休暇扱いで観光地のコスタ・デル・ソルに飛ばされていた。

上層部の考えていることは、よう分からん。


街で買ったガーデニング用品を背負い籠に入れて、肩に担ぎながらスラムマーケットを通り抜けていると、スラムストリートを走り抜けるザックスの姿が見えた。俺は尋常じゃない様子のザックスの横顔に、胸騒ぎがして追走した。


「ザックス!何があったんだ!?」

「フキ!?ってか、その肩に背負ってるもん、なんだよ!?」

「そんなのはいいから!!エアリスに何かあったのか!?」

「そーいうこと!」


並走しながら俺たちは、互いの近況報告をし合う。
俺は、乱交ざんまいしていたのをぼかしながら話し、ザックスは干されていたこと、タークスに監視されていたこと、エアリスの生まれについてのことを聞かされた。

ソルジャーとして、かなり優秀な成績を収めているザックスをぞんざいに扱う神羅に、俺はこんこんと怒りが湧き上がってくる。口も感情につられてひん曲げていると、ザックスが俺を宥めすかす。


「そんな怒んなって。俺は平気だからさ」

「ザックスがいいなら、それでいいけどな……」

「ヘヘッ、サンキュー」

頭を撫でてくるザックスに、俺はつい声が尖ってしまう。

俺達が教会の中に飛び込むと、エアリスのそばに一体のモンスターが詰め寄っていた。


「ザックス、フキ!」


モンスターの意識を俺達の方に向けさせようと、剣の柄を握りしめてモンスターににじり寄る。
次の一手で勝敗が決まる、と覚悟した瞬間、モンスターが顔を上に上げ、顎の下にあった模様というか人面を俺達に掲げた。

見覚えのある人面に俺もザックスも、驚きのあまり言葉を失う。
そこにあったのは、俺達二人が尊敬してやまないアンジールさんの顔があったからだ。


「アンジール・コピー!?」


まだ生き残りがいたのか、と俺達は想定外の展開に立ち尽くしていると、教会の出入り口の扉が開かれる。そこから、神羅の機械兵器が現れて俺達の誰かを標的にしようと照準を合わせ始めた。
俺とザックスはいつもの陣形を取ろうとしたが、アンジール・コピーのモンスターが機械兵器に突進し、一撃で機械兵器を破壊した。

爆発を予期したザックスがすかさず俺とエアリスをかばう。


「こりゃどうも」

「守ってくれたのかな?」

「そう……みたいだな」


平穏が戻ってくると、アンジール・コピーが倒れ、俺達三人は駆け寄った。
俺は治癒術を施してみるが、効果はない。


「劣化、か?」

「かわいそう−−」

「でも、俺達じゃどうすることもできないよ」

「アンジールも、どこかにいるのか?」


モデオヘイムで倒したアンジールさんが、偽物であって欲しいと切実に願うザックスの言葉に、俺の胸がズキンッと痛む。
俺もザックスと同じく、アンジールさんにはこの世のどこかで生きてて欲しいと思うけど、アンジール・コピー達だって、勝手に作られて少ない人生を送っている。それをアンジールさんが生きている手がかりというだけで、アンジール・コピーの存在意義をザックスに認識して欲しくない。


俺の父さんも、実験で生まれた人間だったから。



「わかってんだろうな!そこでじっとしてろよ!」


アンジール・コピーに向かって張り上げた声で念を押すザックスの言葉に、思いに耽っていた俺は呼び戻された。
どうやら、アンジール・コピーは教会の梁で仮住まいをするらしい。


「ね、花売りワゴン、作ろうよ」


重い雰囲気を断ち切るように、エアリスがふしぎなほどに皮肉な響きのしない、親身とさえ感じられるような穏やかな口調でそういうと、俺達は花売りワゴンの製作に取り掛かった。








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