27
零番街のハイウェイまでやってくると、神羅ビルや街のあちこちから煙が上がっているのが見える。
「神羅ビルが……!くそっ、ジェネシスのやつ……なんでこんなことすんだよっ!俺が止めてやる!!」
零番街のハイウェイから神羅ビルまで俺達は全力疾走で目指して進む。
次々と出てくるジェネシス・コピーやら神羅兵器を倒しつつ、先を急ぐ俺達の前に、アンジールさんが空から降りてきた。
「力を貸してくれ」
「どーだろ。あんたが考えていること、全然わからない」
そっけない態度を取るザックスにアンジールさんはものともせず、話を続ける。
「実は俺にもわからない。ときどき、頭の中に霧がかかったような感じになるんだ。でもな、たとえどんな状況でも俺は誇りを持たなくてはいけない」
−−このバスターソードがともにある限り。
いつものように、バスターソードを掲げて祈るアンジールさん。
モンスターになっても、アンジールさんの本質は全く変わっていなかった。
「ザックス、フキ。俺と一緒に戦え。敵は世を苦しめるものすべてだ」
「力、貸してやる」
「行きましょう、アンジールさん!」
アンジールさんの本音を聞いた俺とザックスは、力を貸すことに決めた。
アンジールさんともう一度、目を合わせようと俺達二人はアンジールさんの方に振り向くが、姿がない。
彼を必死に探していると、後ろからアンジールさんは俺達を担ぎ、空を飛んでいた。
「あそこまで運んでやる」
「いいって!」
「飛ぶのはいいもんだぞ。見ろ、フキなんて大人しく空の旅を楽しんでいるぞ」
「いや、あれは眼が死んでるだけだから!アンジール!!」
ヘリとかに乗って飛んでるわけではないので、アンジールさんに担がれ、剥き身状態で飛んでいる俺は発汗と動悸が止まらなかった。
アンジールさんに抱っこ移動され、俺達は神羅ビルの割れた窓ガラスのところから侵入し、師匠と合流する。
着地時、ザックスだけは放り投げられていたが……。
「いてーよ、アンジール!わりぃ、待たせた」
「遅いぞ」
「セフィロス、やつれたか?」
「ふん」
こんな時でも友達を気遣うアンジールさんは優しいなって思ったけど、師匠がやつれたのは大体、ジェネシスさんとアンジールさんのせいなんだけどね……。
「さっそくだが……ホランダーは宝条抹殺をジェネシスに命じているはずだ」
「宝条って科学部門統括の?」
「ああ。自分の地位を奪われたと思っている」
「だったら狙いは、上の科学部門フロアだな」
いく先が決まり、行動に移そうとしたところで、師匠が珍しく嘴を入れる。
「宝条など放っておけ」
「相変わらずだな……。では、セフィロスはここより下を頼む。外は俺に任せろ。ザックスとフキは上だ。宝条は任せた」
「はい!」
「了解!!」
解散した俺たちは各々の持ち場に行く。
科学部門フロアの前の通路でザックスは一度、足を止めた。
「どうしたんだ?ザックス」
「アンジールが何考えてるのか、今の俺にはさっぱりわからない。でも、また一緒に戦える。俺はそれでいい」
「ザックス……」
荒れていたザックスの気持ちが、なんだか穏やかなものに変わっていた。ザックスの中で、雑念がなくなったのだろう。
俺はそう推測するしかなかった。
「さて科学部門フロアは……この奥だな。行こうぜ、フキ!」
「ああ!」
ポンっと軽く俺の肩を叩いて、ザックスは元気づけてくれる。
止めていた足を、俺達は再び出発する。
−−良かったな、ザックス。アンジールさんが戻ってきてくれて。
ただその時ばかりは、純粋にザックスの願いが叶って、俺も自分のことのように喜んでいた。
神羅ビルの67階の奥へと進み、配合ルームの中央に行くと、宝条らしき科学者に出くわす。これが師匠の言ってた宝条博士か……。
痩せてもいないが、弛んだ肉もない。
汚くはないが、お世辞に綺麗とも言えない研究者らしい白衣の下の服装は、見た目に無頓着そうなセンスが窺える。
伸びほうけた黒髪は簡単に後ろへ纏められており、どこからかはみ出た前髪数本とビンの底のような分厚い丸渕眼鏡が、得体の知れない不気味さを漂わせていた。
プライベートでは決して、関わりたくない相手だ。
「よかった!無事か」
「静かにしてくれないかね」
「今、ビルがジェネシス軍に攻撃されているんだ。敵の狙いは宝条博士かもしれない」
「それで君が私の護衛か」
避難しろと頼んでいるのに、手元にあるファイルと目の前の研究装置を交互に見比べて、動こうとしない宝条博士。
こいつ……無理矢理殴って、引きずっていった方が早いんじゃねーか?
「クックックッ……劣化するモンスターなど恐ることはない」
「……それ、ジェネシスのことを言ってるのか?」
静かに怒気を募らせるザックスに、宝条博士は話を続ける。
俺もザックスと同じように、宝条博士に対し、言いようのない不快感が芽生えた。
「そのとおり。空から来た未知の生命体を古代種だと思い込んでいた愚かな時代の産物だ」
「未知の生命体?」
「空から来た災厄ジェノバ」
宝条博士が言ったジェノバという単語に、何か引っ掛かりを覚えるけど、ふわっと浮かび上がっては、シャボン玉のように弾けてしまう。
誰かが話題に上げていた気がするが、思い出せない。くそっ!
「知らずとも問題はない。何も考えずに私という頭脳を守ることがソルジャーの役目だ。……そこのお前は、もしかしてセフィロスが飼い慣らしている、ソルジャーの成り損ないか?」
今まで、俺達のことなんか気にも止めていなかったのに、宝条博士は俺の瞳を見るなり、存在ごと目に留めてくる。
宝条博士が俺に着目するとは一切思っていなかったので、突然のことに混乱して言葉が見つからない。
黙るしかない俺の代弁をしてくれたのは、案の定、ザックスだった。
「あんた、いい加減にしろよ!?フキはちゃんとした、ソルジャー・クラス1stで、俺のトモダチだ!!」
「ザックス……!」
聞いてて恥ずかしい台詞をザックスは、淀みなく言ってのけてくれる。
ザックスの仲間思いの気持ちに、俺はだいぶ救われた。
ありがとう、ザックス。
「友情など、所詮まやかしに過ぎん。そこの成り損ないの目の色が、気になっただけだ。おい、血液を取らせろ」
「だから言ってるだろ!フキとジェネシスをモルモット扱いすんな!!」
「おや……?噂をすれば、だ」
体のどこからか注射器を取り出す宝条博士だが、彼の頭上から黒い羽根が一枚、舞い落ちてくる。
そこへ、いつの間にか宝条博士の背後を取り、赤い刀身のレイピアを向けるジェネシスさんがいた。
宝条博士は驚くことも、恐れることもなく、淡々とジェネシスさんと話し始める。
肝が据わってるのか、それとも自分の生き死にすら、興味がないのか。
見た目通り、読めない人だ。
「ホランダーの命令か?ホランダーに従えば、劣化が治るとでも思っているのか。哀れ、実に哀れだな」
人の神経を逆撫でするのが上手いな……。
仕事でなければ、一発、宝条博士を殴りたいところだが、俺とザックスは先にジェネシスさんへ剣を構える。
尚も、宝条博士の挑発は止まらない。
「二流科学者に劣化を治せるわけがない」
「もうやめろ、ジェネシス」
宝条博士の、それこそくだらない卑語を諌めたのはいずこからか現れた、アンジールさんだった。
「ほう、これは珍しい」
『君よ、因果なり。夢も誇りも、すでに失い−−女神ひく弓より、すでに矢は放たれて』
「ホランダーのモンスターがせいぞろいだ」
「黙れよ!」
ザックスの言う通りだ。
ジェネシスさんと宝条博士が好き勝手に喋るため、事態に収拾がつきにくくなっている。
何を見せられているんだ。俺とザックスは。
アンジールさん、ジェネシスさん、宝条博士の三人の話は一向に終わらない。
「『LOVELESS』第4章」
「親友同士が決闘を申し込むシーンだ。古来より伝わる叙事詩。研究の役に立つかと読んではみたが、くだらん」
読んではいるんだな、宝条博士。
最初の一行辺りで、読むのを断念しそうなタイプに見えたけど。
意外にも宝条博士の話に食いついたのは、ジェネシスさんではなく、アンジールさんだった。
「決闘の結末は?」
「不明。最終章は欠落し、いまだ発見されていない」
「結末は諸説ある。果たして『女神の贈り物』とは俺たちにとってなにを意味するのだろうな?」
ジェネシスさんはゆっくりとした歩みで、大型のシリンダーの傍まで寄ると魔法でシリンダーを吹き飛ばし、壁に風穴をあけて外へと飛び出した。
「おい!待て、ジェネシス」
「いった!?」
「どうかしたか?フキ」
「いや、大丈夫。シリンダーの破片で腕切っただけだから」
「行けるか?」
「この程度なら、問題ないさ」
幸い、軽傷だったので、アンジールさんに運ばれている間、俺は回復魔法で自身の治療をしていた。
フキ達が外に飛び出て行った後、一人残された宝条は床に散らばっていたシリンダーの破片、ひとつひとつを品定めしていた。
お目当てのものを見つけると、下卑た笑いが込み上げる。
「これぐらいの量なら、十分に検査ができるな……クックックッ」
先ほど、フキに怪我を負わせて飛んでいったシリンダーの破片。
破片の先に付着した鮮血が、宝条に格別の満足感を与えていた。
「私の予想通りなら、奴はあの女と身内のはずだ」
半壊し、仕事が満足に出来なくなった部屋で似つかわしくない笑みを浮かべながら、宝条は配合ルームを去っていった。