TOA×シリーズ


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警備システムや警備メカの制御プログラムが書き換えられた事により、事務室に閉じ込められた人を片っ端から脱出させながら、時には神羅社員や俺を襲ってくるモンスターを迎撃したりと、目が回るほど救出任務は忙しかった。
ザックスや師匠ほど、立て込みはしないだろうと舐めていた自分を呪いたい。


20階まで降りると、またオフィスフロアに行き着いた。
ガラスの衝立に科学部門と記載されている。


「科学部門かよ……。しゃあねえ、行くか」


部署の名前と雰囲気からして、楽しい所ではないだろう。
それでも、人命救出の仕事を任されているわけだし、なけなしの使命感を頼りに、俺は自身を奮い立たせる。
受付の裏にある剥き出しのワークスペース。
一定間隔で列を成している事務用の机と対岸の机との間にできた、歩道スペースを虱潰しに端から俺は歩いていく。


「誰か、逃げ遅れた人はいませんか……!?」


固い声になってしまったが、俺は身を隠している人や負傷して動けない人がいるかもしれないと考え、手当たり次第に声を投げる。
ワークスペース内を練り歩いていると、奥の壁に扉があるのを見つけた。おそらく倉庫か客間だろう。

迷わず、ドアノブに手をかけたが……。


「うぉわっ!?」


俺が開ける前に扉は開かれ、中から出てきた何かとぶつかり、押し倒される。
軽く頭を床に打ち、反射的に目を閉じてしまった俺に、少しハスキーのかかった優しくも芯の強い声が降りかかる。

声と同時に、俺の胸部に何か柔らかいものも当たっていた。


「ごめんなさい、大丈夫……かしら?」


眼球に貼り付いた瞼をこじ開けて、俺は眼前で起こっていることを把握しようとする。
まず、視界いっぱいにスペアミントの波が入ってくる。その中心にレモンイエローの眼。

散乱していたピントが合うと、それらは人間の髪と目の色だということが呑み込めた。
どうやら、俺を押し倒したのは科学部門の女性らしい。


「いや……驚かせた俺も悪いんだけど、その降りてもらってもいいか?」


俺とぶつかった拍子に、女性も俺に乗っかったままずっこけたらしいが。
今の俺とこの女性の体勢というか、絵図は非常にまずい。


女性が俺の下腹部に、馬乗りになっているからだ。


「やだっ、ごめんなさい!私ったら……」

「やー、その、俺も考えなしに扉を開けたから……」


俺は赤面しつつも女性から視線を外し、横目で彼女の人となりを窺うが、これまた妙齢で見惚れそうになる。
ザックスが今の俺の立場だったら、絶対に唾ぐらいはつけそうだ。


それほど、彼女の容姿はもっと華やかな職業に就いていてもおかしくないぐらいの、美しさを纏った女性だった。

素肌の上に黒のVネックロングのキャミワンピース着て、いかにも研究員の象徴と言わんばかりの白衣を重ね着していた。
モンスターに追いかけられでもしたのか、本来なら装着しているはずの履き物がなかった。


彼女の手を引いて、二人して立ち上がると服の汚れを払った。
立ち上がってようやく、俺達はしっかりと対顔を果たせた。

彼女は俺の顔をまじまじと見るなり、嬉しさに揺れるような微笑みを浮かべる。
その微笑みを見た瞬間、見知った誰かの面影を彷彿とさせた。
けれど、ぼんやりとしたまま、記憶の奥底に沈んでしまう。


曖昧な記憶に振り回されていると、彼女がまた、俺に体の具合を尋ねてくる。


「どこか怪我したの?応急処置ぐらいなら、私でもできるわよ」

「怪我はしてない!大丈夫だから……」

「そう、あなたが大丈夫だというのなら、信じるけど。手遅れになる前に、申告してね」

「どうも……。ってか、あんた、もっと安全なところに避難した方がいいんじゃないのか!?」


当初の目的を思い出し、避難所に向かうよう促すが、途端に彼女はしらっとした顔で窓の外へと見遣る。
どうやら、ここを一歩も動く気はないらしい。


「あの、ここは危ないから避難を……」

「避難といっても、どこへ避難しろというの?神羅ビルだけじゃなく、ミッドガルの街全体が襲われてるのよ?……ご覧なさい」

「なっ、なんだよ!?これ!モンスターだらけだ……」

「ソルジャーなら、ご存知のはずでしょう?あれ全部、ジェネシスコピーの仕業よ」

彼女の視線に誘導され、窓の外へと注意を払うと、モンスター達の襲撃による目も当てられない惨状が起きていた。

彼女の言うとおりだ。
今のミッドガルに安全な場所などない。


だからといって、任務を放棄するわけにもいかないし、ザックスや師匠が死力を尽くして任務にあたっているのに、俺だけがここで怠けているわけにもいかない。

信念というよりも、意地みたいなものが俺の闘争心を駆り立てる。
だけど−−俺の役目はあくまでも避難誘導だ。それを忘れてはいけない。
戦って相手を負かすだけが、ソルジャーの誇りとは限らない。
俺はそれを、ジェネシスさんとアンジールさん−−あの二人から学んだのだから。


「なら、避難がダメなら、どうにかこうにかシステムを正常なものに直せないか!?あんた、科学部門なんだろ!?」

「無理難題を吹っかけてくるわね……はぁ……これでも一応、科学部門の端くれだから、やるだけやってみましょう」


やれやれ、と女性はひどく呆れていたが、心の緩みを改めたように笑ったことなど一度もないというような、真顔に早変わりする。
見事な転身っぷりに、不覚にも、俺はドキッとした。

俺が惚けてるのをお構いなしに、ツカツカとサンダルの踵を鳴らしながら急足で、オフィスフロアの非常口の近くまで目指す。
壁に設置されている総合盤の皮を、白衣の内側に忍ばせていたメスらしきもので削りとり、剥き出しになったプログラム入力用キーボードを引き出すや、凄まじい勢いで叩きはじめる。

プログラム画面を睨みつつ、彼女は猛然とシステムを書き換えていく。
彼女の白魚のように美しく、きめの細かい長い指からは想像できないほどの常人にはありえない速さと正確さでキーを叩いていく。


「雑なくせに、人が嫌がるようなめんどくさいシステムにしたの、ホランダーね……やってくれるわ……。なら遠隔操作の受信を切断させればいいわね……」


ぶつぶつつぶやき、悪態をさし挟む。
ビィイイーッとモニター画面に緑色の文字で"SUCCESS"の表記が点滅した。

彼女の後ろで一部始終を見ていた俺は、唖然として総合盤と彼女を交互に見つめた。
その目には驚愕と畏敬の念をこめていた。




× × × ×




「防衛システムは完全に復活することはできなかったけれど、とりあえず、警備メカになるべく同士討ちするようにしといたから、あなた達の手間も省けると思う」

「ああ……ありがとう」


彼女のプログラミングは三十分もかかっていなかった。
見た目以上に、彼女は非の打ち所がない人だった。



「リムさん!こんなところにいたんですか!?探しましたよ……」


団欒としたムードになりつつあった、俺と女性……リム。
彼女を捜索と保護を任されていたらしいソルジャーが、彼女のそばに駆け寄った。

どうやら、これで彼女とはお別れらしい。

他人の関係に戻るだけだというのに、なぜだろう……彼女、リムとは別れがたい気持ちになる。


「いつか、資料室に行って"わたし"を見つけてね」


リムも気のせいか、別離を察し、俺に言うだけいって、迎えに来てくれたソルジャーとすみやかにどこかへ行ってしまった。

彼女達がいなくなった直後、携帯端末の着信音が鳴る。


「ああ、俺だけど……」

『今、あなたのお友だちに会ったのだけれど、ホランダーを追ってもらっているわ。いい子だから手伝ってあげて。多分、行く先は伍番魔晄炉よ』

「はいよ……彼氏への久々の電話がこれかよ」

『何かいった?』

「なんでもございません」


ドライな恋人にケツを蹴り上げられ、俺は伍番魔晄炉に赴くことにした。








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