17
砦を脱出し、俺達三人は山道でラザード統括と合流する。
ザックスは輝かしい戦果を収めたことで、統括への覚えが良くなった。
後はミッドガルに帰るだけと思いきや、林からウータイ兵の残党に俺達は敵襲を受けた。
アンジールさんが殿を勤め、ザックスはラザード統括を安全な場所まで、避難させる。
俺はというと、セフィロス師匠に加勢してもらうため、タンブリン山の一角に構えたとされる神羅の本陣に招請しに行く。
ラザード統括は連絡を入れると言っていたが、戦地の……しかも敵の領地でもある山の中で携帯電話が通じるわけもなく、本陣までの最短距離とされる獣道を駆け抜けながら、セフィロス師匠のいる本陣を目指す。
暗い林の中を進む度に、後ろから爆発音やら赤い光が沸き立っているのを、ひしひしと背中越しに感じていた。
ドォーンッと、何度目かのけたたましい破裂音が耳をつんざき、こだまするだけの山が、我慢の限界に達した。
ついには爆発音だけでなく、大きな横揺れが発生したのだ。
アンジールさんやザックス達は大丈夫だろうか?
第六感……なんて、俺は迷信ぐらいにしか捉えていない。
今までもこれからも信じようとは思わないし、ましてや必要となる場面に出くわしたことすらない。
だが、今日に限って、信じてこなかったものがまざまざと実であると、体の奥底から職務放棄していた直感が警鐘を乱打していた。
本陣に向かうのをやめて、俺は早急に来た道を引き返す。
走りながら、セフィロス師匠に留守電も入れたし、怒られることはない筈だ。
無事でいてくれよ……ザックス、アンジールさん!
× × × ×
「ザックス!と−−セフィロス師匠!?こちらに向かっていたんですか!?」
獣道をスライディングしながら降りていくと、聴き慣れた声が数メートル先から聞こえ、俺はそちらに目掛けて走る。
こういう時のヤマカンは当たるらしく、開けた場所にザックスとセフィロス師匠いるのを発見した。
屈んでいたセフィロス師匠の足元に、俺たちを襲ってきたウータイ兵のような格好をした、ジェネシスさんが目に入る。
思わず息を呑んだ。
必死で忘れようと思っていた人間が、何気ない形でそこら辺に寝転がっているのだから。
想像を超えていて泣けばいいのか叫べばいいのか、それとも気を失えばいいのか分からずにいると、セフィロス師匠からそっけないほどきっぱりと言咎めを受ける。
「これくらいで、いちいち動揺するな。フキ。これはジェネシスコピーだ。この分だと、アイツも行ったか」
「まさか……そんな!」
「勝手に二人で盛り上がるなよ!それに今の、どういう意味だよ!」
俺が察知したことをなかなか言い出せずにいると、セフィロス師匠が代わりにうんざりとしながら、一段階冷ややかな声で吐き捨てた。
「アンジールも裏切り者になった。そういう意味だ」
「ありえない!俺、アンジールのことはよく知ってるんだ!そんなことする男じゃない!」
「ザックス、アンジールさんをよく知っているお前以上に、セフィロス師匠の方が分かっているよ。何故、アンジールさんがここにいないのかを」
相次ぐソルジャーの脱走に、俺も師匠も気難しそうな非常に憂鬱な顔になる。
それでも、ザックスはアンジールさんを信じ抜くという眼差しで、俺達に訴えた。
「アンジールは俺を裏切ったりはしない!」
ザックスのアンジールさんに対する熱心な気持ちが強ければ強いほど、ジェネシスさんの時にさんざか苦渋を舐めさせられた俺とセフィロス師匠の胸に、痛く突き刺さるものが増えた気がした。
帰りのヘリの中では、お通夜モードだった。
ザックスは、違うヘリに乗っていたが。
ヘリの貨物室にある、補助席のような簡素なベンチに座りながら、俺は背後にある窓から景色を熱意もなく目で追っていた。
−−アンジールは、俺を裏切らない……か。
ザックスのあの澄んだ空色の瞳を思い出す度、憎悪と羨望と嫉妬に満ちた感情に駆られる。
それは、ザックスが無意識のうちに備えているソルジャーとしての資質に、到底自分が辿り着くことができないと自覚させられたからなのか。
それとも、自分もザックスと同じ経験をしていながら、ザックスのように自分を裏切った相手を信じ抜くという志を持てなかったからだろうか。
どっちにしろ、何もかもザックスに敵わないことがありすぎて、あの空色の瞳を見るたび、俺はこれから先、数え切れないほど胸がぎゅっと締め付けられるような気分を味わうのだろう。
我ながら、内心で黒い炎を燃やし続けることが予想されると思うと、あまりの浅ましさと卑しさに不快感が伴った。
「フキ、アンジールがいなくなる前、何か予兆とか、お前にだけ伝えた事とかはあったりしたか?」
対面に座っていたセフィロス師匠が、感情の読み取れない眼差しで体を突き通すほど鋭く見つめる。
俺が脱走を手引きした、とかの疑惑のものではないのだとは思う。
ただ単に、セフィロス師匠はジェネシスさんとアンジールさんのことが、友達として心配なんだろうな。
ジェネシスさんほどでないにしろ、セフィロス師匠も集団行動が苦手だったり、お世辞にも社交性があるとは言えない。
だからこそ、あの二人はセフィロス師匠にとって貴重な存在だったのだと、今更ながら実感する。セフィロス師匠にとっても、だろうけど。
「わかりません。二人とも、俺の前から消える直前まで、いつも通りの立ち振る舞いでしたから」
「そうか……」
「……」
セフィロス師匠と寝食を共にして、一年半は経っている筈だが、相変わらず、この人と話していても、ふとした拍子に気まずい雰囲気が生まれる時がある。
こういう時は大抵、時間が解決してくれるので、俺は胸をそらして目の前の壁や後ろの風景の方に顔を向けていた。
しかし、そんな事をしても、構わずセフィロス師匠は意識と視線を怠りなく俺に注いでいるのを感じる。
頼むから、放っておいてほしいな……こういう時は。
でも、そうしてくれないのが、セフィロス師匠の長所でもあり、短所なんだろう。
「フキ」
「はい、師匠」
どこに行っても、どんな事をしていても、セフィロス師匠からは逃れられないと悟り、ようやく俺はセフィロス師匠と互いに目と目を結び合わせた。
正直、ソルジャーの魔晄の瞳を見るのは、苦手だ。
俺が持っていない色。
俺だけが、家族からも、ソルジャーからも外れていると実感させられる、その色が。
嫌いで、なのに、とてつもなく惹かれて焦がれてしまう。
そして、その瞳に何かを乞われると、逸らせず、目が釘付けにされてしまうのだ。
魔晄が秘めている、美しさの深みにはまりそうで。
「お前だけは神羅を……俺を裏切るな」
「もちろん……もちろんですよ、師匠。指切り……しましょう?」
「そこまでする必要はあるのか?」
「俺が、したいんです」
「フッ、子供騙しだな……」
「それでも、約束ですから」
フック状に曲げた小指を互いに引っ掛け合い、指を絡め合った状態で上下に振る。
指切りに納得したように、師匠の口元は綻んでいたが、ミントグリーンの瞳は床へと伏せってしまう。
ああ……俺はきっと、守りきれない約束をこの人としてしまったのかもしれない。
指切りを解いた瞬間、俺の小指はしばらく行き場を失ったように、宙に彷徨っていた。