08
「危うく死ぬところだったんだぞ」
聞き慣れたセフィロスさんの声で、俺は意識を取り戻した。
けれど、まだ夢の続きのような気がした。
「死んだら、所詮はその程度のレベルという事だ」
「ジェネシス!」
ジェネシスさんでもなく、セフィロスさんでもない第三者の声が、ジェネシスさんの失言とも捉えられる言動を諫めた。
誰だ…?
ぼやける視界の中、俺の目はその人をとらえた。
髪も身に付けている服も、かろうじて黒だというのが見えた。
「ともかく、全治二週間の怪我を負わされたんだ。その落とし前はつけさせてもらう」
「勝手にしろ」
なんだか二人の会話が物騒になってきている。
もう一度寝ようかな……。
「二人ともいい加減にしないか。怪我人の前で物騒な話をするんじゃない」
ここにまともな人がいてくれてよかった……!
「しかし…!」
「セフィロスさん……俺、もう大丈夫だよ」
掠れた声で、セフィロスさんに無事であることを俺は伝えた。
「フキ、起きたのか!?」
普段は無表情で装っている彼の顔が、見たこともないぐらい取り乱したものになっていて、俺を除きこんでいた。
その反応が少し嬉しく思えた。
俺の事を、そこまで心配してくれていたのかと思うと。
「心配したぞ」
セフィロスさんはにこりと笑い、貼られたガーゼ越しに俺の頬を優しく撫でた。
「良かったな、君は一週間眠っていたから」
たおやかな表情が印象的な第三者は、俺の頭を撫でながら言った。
どうりで、体が鉛のように重いわけだ。
「以外にしぶといな」
二人が俺の生還を喜んでいるのに対し、当の加害者は感心したように皮肉めいた言葉を吐き捨てる。
「ジェネシス、そんな言い方は無いだろ!」
すかさず、第三者の人がジェネシスさんをたしなめてくれた。ジェネシスさん、怒られてやんの。
「あの……俺は大丈夫ですから。一応」
「何が大丈夫だ!お前はこいつに、全治二週間もの怪我を負わされたんだぞ!?」
確かに、セフィロスさんの言うとおりだけど。
「良いんですよ。俺自身の敵討ちは、後日にでも打たせて頂きます。また腕試しでね」
「なるほど……いい弟子を持ったな、セフィロス」
第三者の人の言葉に、セフィロスさんは不思議そうに首を傾げる。
「……」
表情に出してはないが、ジェネシスさんもセフィロスさん同様に、その人が言っていることを理解できていないようだ。
「なんだジェネシスも……二人ともわからないのか? セフィロスの弟子の言葉の意味が」
「!」
まさか、この人……。
「本当にとりたいのは自分の中の"武"の仇だろう。自分が負けたことで泥を塗ってしまった、師匠への教訓の汚名返上と彼は言いたいんだ」
なんで、わかったんだろう。
俺が本当に伝えたかった気持ちを。
その人の洞察力の鋭さに、俺は驚かされた。
「実に義理がたい…よい弟子だ、君は」
一端離していた手を、その人はまた俺の頭に置く。
「ありがとう、セフィロスの弟子が君のような男で本当に良かった」
その人の心から言われた、お礼だ。
明るい、包み込むようなその笑顔に、俺は泣きたくなった。
だけど、我慢した。
他二人に笑われたくないからだ。
「弟子は師を育て、師は弟子を育てる。その事を忘れるなよ」
その人は俺とセフィロスさんにそう言うと、背を向けて歩き出した。
ジェネシスさんも、その人に続いて部屋を出ようとするが、途中で立ち止まる。
「怪我の事、すまなかったな。手合わせぐらいなら、いつでもしてやる」
俺に向けてジェネシスさんはそれだけ言うと、逃げるように部屋から出ていった。
「どうやら、君は奴に気に入られたようだな」
ジェネシスさんの背中を見送りながら、その人は微笑んで俺に言う。
「もし、あいつと手合わせするなら、俺も呼んでくれ。また怪我でもさせたら、セフィロスが暴れだしかねん」
「(セフィロスさんでも暴れるんだ……)俺は気にしてませんから。 それと、俺の言いたい事を代弁してくださって、ありがとうございました!」
俺は照れくさいのを押し殺して、その人に礼を言った。
言っている事は滅茶苦茶だが、その人にどうしても感謝の気持ちを伝えたかったからだ。
その人は立ち止まると僅かに振り返り、ゆっくりと頷いた。
「大したことはしてないから、気にしないでくれ。奴と俺は同郷なんでな。あいつが間違った事をすれば、俺が正すのは当然のことだ」
「……」
「俺は、時たまソルジャー達の訓練に付き合っている。アンジール・ヒューレー…そこら辺の奴等に俺の名を出せば、取り次いでくれるだろう。では、またな」
アンジールさんはそう言って、部屋を退出した。
やがて、彼の姿は見えなくなった。
「……どうやらお前はジェネシスだけでなく、アンジールにも気に入られたようだな」
「これからのことを考えれば、それはいいことなんですよね?」
「多分な」
× × × ×
ジェネシスさんに負けてから一週間が経ち、負わされた怪我も完全に回復すると、今日からセフィロス師匠とのトレーニングが再開する。
朝飯を済ませてからトレーニングルームで、午前の稽古を行う予定……なんだけども。
ガラスの隔たり越しから対面の壁にもたれたまま、ジェネシスさんが俺達の稽古を見つめてくるので、稽古への集中力が半減していた。
(ずっとあそこにいて、疲れないのかな?)
かれこれ稽古がはじまってから、二時間が経つ。
ジェネシスさんは先程からああやって、壁にもたれて腕を組みながらこちらをじーっと見ている。
時折、飽きを感じてはいるらしく、LOVELESSとかいう本を開いては暇を潰していた。
まさか、俺の事を気になる存在として見て……って、あの人に限ってそれは無いか。
淡い期待をしてみるが、ジェネシスさん相手にそんな事をした所で、本人にバッサリと切り捨てられ、否定されるのがオチだろう。
そして、最後に「何を勘違いしているんだ?」とか、嫌味を言われるに違いない。
ともかく、今は稽古に集中、集中!
「フキ、これから実践用の訓練を行う。俺がオペレーターとして、指示や質疑の応答をしてやる」
「はい」
俺にイヤホン型の無線機を渡すと、師匠はガラスの隔たりを通過して、機材の所へ向かう。
仮想空間の設定を調整しているようだ。
『今から、仮想空間でモンスターとのバトルを行ってもらう。ソルジャーをやっていれば、いずれモンスターや人間と戦う。訓練だからと、なめて懸かると痛い目を見るぞ』
「わかりました、師匠。訓練を始めてください」
俺は、腰につけた鞘から剣を抜いた。
途端に、トレーニングルームの景色がだだっ広い草原へ形を変える。
仮想空間を使った稽古は、今回が始めてで、結構緊張してたりする。
それと同時に、興趣も増していた。
『北の方角に100mぐらい進め。そこにターゲットがいるから、排除しろ』
「わかりました」
師匠の言う通りに、北の方角に足を進めた。
100mは対した距離ではないし、すぐにターゲットの姿が確認できた。
だが、
「嘘でしょ……これを相手にしろってか!?」
師匠が指定したチェックポイントに、巨大なドラゴンが待ち受けていた。
てっきり俺は、ポリゴン形式のなんちゃってドラゴンがいると思ってた……。
バトルが始まる前から、すでに戦線離脱をしたい。
『今回はバハムート・烈が相手だ。逃げ回っていればどうにかなる。……死ぬなよ』
「最後、ボソッと何言いやがったぁああ師匠!!あんた今、不吉な応援の仕方したよな!?」
プツッ、プーップーッ……
あんの野郎。
通信まで切りやがった……!
アドバイスぐらいくれよ、オペレーターだろうが!!
俺の気配に気づいたバハムートがグォウ、と咆哮した。
どうやら、使えないオペレーターの代わりに、バトル開始の合図を買って出てくれたようだ。
おかげで、逃げるという選択肢が完全に断たれたけどな。
「くそう!」
剣を片手に、俺はバハムートに向かって走った。
「魔神剣!」
間合いを取りながら、遠距離系の技でバハムートを攻撃するが、固い鱗の所為で効果が無い。
空飛ぶなんて、ずりぃよ。
たまにぶっぱなしてくるエクサフレアとか、あれこそ卑怯だろ!?防御も回避もできねぇよ!
「グォオウ」
ほら、またぶっぱなそうとしてるし!
「来るなっ!」
咄嗟に剣を投げ捨て、両手をバハムートにかざし、超振動(秘奥義のレイディアント・ハウル)で撃退した。
バァアンと巨大な爆発音がして、空間全体が共鳴したかのように震える。
仮想空間がテレビの砂嵐(のようなもの)に蝕まれていき、目の前の草原が暗い室内へ変わっていく。
俺が放った秘奥義の所為で、バーチャルシステムに異常事態が発生したようだ。
仮想空間が綺麗に無くなり、トレーニングルームの景色に戻ると、鋼板でできた壁が、半円を描くように裂けていた。
火事が起きていなかったのは、不幸中の幸いかもしれない。
「どうやら、派手にやってくれたようだな」
師匠が当惑顔で、眉間を指で摘まんだ。
「アンジールが面倒を見ている仔犬のザックスよりも、手の架かる奴を拾ってきたようだな。セフィロス」
「それ以上は何も言うな、ジェネシス」
ジェネシスさんの発言が、この状況に相応しく、的を射ていた為、師匠は何も言い返せなかった。
余談ではあるが、後日、師匠とジェネシスさんはラザード統括から多額の修繕費を請求された。