中編 | ナノ
 正義執行、使い走りの俺


(ゼロ執添い:本作ではコナンはもう新一になっているので、本編とは展開が大きく異なります。)


久しぶりに酒を飲んだから羽目を外しすぎた。

見事な二日酔いと共に目を覚ました。床で寝てたせいか全身が筋肉痛のように痛い。顔だけ動かして両隣を見れば見慣れた二人がそれはそれは幸せそうにぐっすり寝ていた。二人との距離があまりにも近いことに吃驚した俺は思わず飛び起きそうになるも、二人を起こしてしまうと思いぐっと我慢した。昨日はビールをこぼしてスウェットを脱いだらとてつもなく眠くなってそのまま寝たことは覚えている。

「何一人で百面相してんだ。」
「ぅおっ。…起きてたんすか、松田さん。」
「そりゃこんな近くでモゾモゾ動いてたら起きるだろ。」

そう言うと俺の頭を抱えるようにしていた松田さんは俺の頭をくしゃくしゃに混ぜて何か含みのある笑顔を見せながら離れていく。腕にしがみついている萩原さんを起こさないようにそっと離してから時計を見ると、いつも起床している時間だった。嗚呼悲しきかな社会人の”サガ”ってやつ。
今日は久しぶりの休みだと幸せを感じながら連絡チェックのためにスマホを見ると、昨日撮った写真を埋め尽くす大量の通知が降谷さんから来ていた。え、何これホラーですか?一人スマホ片手に青ざめていると、その様子を見た松田さんがソファーで寝ころびながら「昨日悪戯しといたから今日のゼロはめんどくせーぞ」とまたニヤニヤと笑っていた。さっきの顔はそう言う事だったんですか。
『連絡しろ』『何してるんだ』『寝てるのか』『僕というものがありながら』という彼女みたいな短文のメールがずらりと並ぶ中、一番最近のメッセージに目がつく。1時間前に『緊急の仕事。8時までに指定地へ。』という地図を添えた連絡が来ていたのを見て一気に目が覚める。スマホの時計には7時と表示されていたので、ゆっくり準備しても指定の時間には間に合いそうでほっとする。

「すみません松田さん、緊急の仕事みたいなんでちょっと準備します。」
「公安のお兄さんはたまの休みも消えちまうんだな。」


シャワーを浴びてから出勤の準備を済ませる。
萩原さんを起こさないように静かな声で松田さんに鍵を手渡す。

「このメールの感じだと今日は長引きそうなんで、これ。合鍵渡しとくんで帰る時には施錠お願いしてもいいすか。」
「合鍵渡してくれるってこたぁ〜俺が本命ってことか?」
「揶揄わないでくださいよもう!返すのはいつでもいいんで、また俺から連絡入れますね。」
「リョーカイ。気を付けて行ってこいよ。」
「それじゃあ、行ってきます。」

家に誰かを残して出勤するなんて初めてだから、「いってきます」という一言でさえ気恥ずかしくてソワソワした。






「来たか鴻、せっかくの休みなのに悪かったな。」
「いえ、仕事の方が優先なんで、お気遣いなく。」
「まだ若干酒臭いぞ。あとで水分補給を忘れるなよ。」
「了解っす。」

最近の降谷さんは以前解決した組織の残党――根幹を潰したので残っているのは末端も末端――を抹消すべく、また潜入捜査でバーボンの顔を使いながら忙しくしているらしい。前ほどではないものの、表立った行動は出来ないのが動きにくくて仕方ないと言っていた。
軽い会話を終えた降谷さんは、資料と一緒に業務の内容をあらかた説明してくれた。開発途中の”エッジオブオーシャン”という統合型のリゾートの一角で週末にサミットが行われるらしく、その現場の下見と当日の警備の両方を公安の人間が担当することになったそうだ。

「今日はサミット会場の下見ですか。」
「ああ。急遽欠員が出てしまったから、その穴を埋められるのは鴻しかいないと僕が推薦した。」
「お、仕事で褒めてくれるなんて珍しいすね降谷さん。」
「そんなことを言える元気があるなら昨日の松田のイタズラを問い詰めてやってもいいんだが?」
「じょ、じょーだんっす…。」

松田さんあなた本当に何したんすか。
まあまあと降谷さんを治めてから一度別れ、一人会場に行くとそこには風見さんもいて、「お前昨日降谷さんに何やらかしたんだ」とジト目で見られてしまった。今日の下見のために昨日も降谷さんと部署の皆とミーティングをしていたらしく、メールを確認した降谷さんが急に不機嫌になったと文句を言ってきた。「こういうことは十中八九お前が絡んでいるんだろう」、と風見さんに呆れながら言われた。心外だなあと返したい所だが――主に松田さんに――心当たりがあるのでぐっとこらえる。
風見さんにも今日の段取りを軽く説明してもらってから持ち場に着くためにその場から解散した先で、降谷さんから受け取った資料の中にあった詳細地図を片手に、当日の状況をイメージしながら道という道を頭に叩きこむ。危険物がないかチェックした後、自分が担当する区画を完全に暗記し終えた所で降谷さんとかち会った。彼も下見を完了したようだ。
最後にもう一度全員で合流し、情報共有してから解散するので出口に向かう。降谷さんは公安に連絡を入れるために電話をしながら歩いている。道中で何かお湯を沸かした時のような、筒を蒸気が通り抜けるような異音がした。もうすぐで皆との合流地点に着きそうだったが、些細なことでも報告したほうが良いと降谷さんに近づくと、かなり後方から轟音と共に熱風。考えるよりも先に目の前の上司を庇うように抱き着き、爆風に吹っ飛ばされる。




「庇ってくれたことは感謝したいが、お前のその自分を顧みない所は説教が必要だな。」
「へへ、すんません。」
「……はぁ。」

所変わってここは病室。相も変わらず俺はこの白いベットのお世話になっているのだ。目の前で渋い顔をしている上司に笑って誤魔化すと大きなため息をつかれた。こういう事があると大抵は意識不明の重体って言う事が恒例化していたが、今回は運が良かったみたいで打ち身と擦り傷を大量にこさえたくらいで済んで助かった。吹っ飛んだ拍子に頭を打ってしまったこともあって、今日は検査で丸一日病院に居なければいけなくなってしまったのが誤算だが、まあ今までの怪我遍歴からすると軽いほうだ。降谷さんも若干ボロボロになってて、こんな姿のあなたは久しぶりに見たと笑うと頬をつねられた。そこは怪我をしているのでやめてください普通に痛いです。

「それで、今後はどうするんすか?」
「僕は少しやらなければいけないことがあるから別行動だ。鴻は退院したら風見について指示に従ってくれ。」
「了解。降谷さんも気を付けてくださいね。」
「僕は鴻の方が心配だけどな。」

退院までは大人しくしてますよ、とあえて退院という言葉を強調すると、降谷さんはもう一度深いため息をついてから病室から出て行く。

翌日病院から直接職場に戻って風見さんに動向を聞く。風見さんが説明してくれた今回の作戦は正直、俺にとってはかなりキツいものだった。一応彼に誰の考案ですかと聞けば当たり前のように降谷さんの名前が挙がる。彼は今潜入先の目が厳しくなっているために大っぴらに調査もできず中々動けない。だからといっていくら事件解決の為とは言え顔見知りを利用するというのは、良心がどうこうといったレベルではない。個人的な話、毛利小五郎という男は俺にとってはただの知り合いなんてもんじゃない。だが、まだ誰にも自分の生い立ちについて話したこともないのでこの作戦を決行すると決まってしまった以上は従う外ない。あの事件以来もうしばらく会っていないコナンくんを思い出すと胸が痛んだ。風見さんはこれから警視庁に出向いて、また安室の皮を被っている降谷さんと合流しなければいけないらしい。もう既に降谷という事実を知っている人間がいる警視庁内で安室の演技をしなければならないなんて、彼も大変だな。

警視庁に到着し、風見さんを先に下ろして駐車場に車を止めてから彼に合流するため小走りで入口に向かう。自動ドアをくぐると少し遠くで制服を着た男の子が風見さんと何かもめている様子だった。風見さん、と声をかけながら近づくと彼の傍にいたのは蘭さんが以前見せてくれた写真に映っていた少年だった。確か名前は、

「はじめ、まして。…工藤新一、です。」
「初めまして、警視庁公安部の鴻です。」
「……ッッ、鴻さんは、おかしいとは思わないんですか?!」

何かをこらえる様に俯きながら挨拶する彼に返事をすると、彼は弾かれたように顔をあげて俺の胸倉をつかんでくる。その様子を見た風見さんは、何を思ったのかその場から離れていく。目線で追えば向かう先はトイレだった。こんなシリアスな場面に遭遇してすぐトイレに行ける心境を是非お聞かせ願いたい。
それにしても自分よりも身長が10センチ以上もある大男に食って掛かれる工藤くんはすごい。それほどまでに毛利小五郎という男は工藤くんにとって重要な人なんだろう、…俺にとっても小五郎さんは大事な人だ。これから先のシナリオをすでに知っている俺は、これから小五郎さんがどうなるかを知っている。事実を知らない可哀そうな少年には、大人の俺から少しの激励を送ることにした。

「俺は、彼が無実だということを知っているよ。」
「!?じゃ、じゃあ、どうして…。」
「俺はただの、公安という組織の一部でしかないんだ。」
「一介の警察官でも主張することだってできるハズだろ?!」
「……それに小五郎さんは俺にとっても大事な人だから、今回のことはすごく胸が痛いよ。」
「小五郎、さん?鴻さんはおじさんと知り合いなんですか…?」
「おい鴻、あまり余計なことを言うな。説教を食らうのは俺だ。」
「あ、すんません風見さん。じゃあね、……名探偵。」

(恐らく)トイレから急いで戻ってきた風見さんに釘を刺されてしまった。君が頑張れば、必ず小五郎さんは無罪放免だ。頑張ってくれよ、名探偵くん。

それからしばらく風見さんと行動を共にする。大型スーパーで降谷さんとの情報共有をするらしいので同行しようとすると、「お前は見た目が派手だからここで待ってろ」と言われてしまい、車内で時間を潰すことにした。その間、調査資料に目を通しつつ、私用のスマホで小五郎さんに『大丈夫です。』とだけメールを送る。彼ならこれで俺が無実だと信じていると理解してくれるだろう。浮気の言い訳みたいでみっともないけど、これくらいは許してくれよ、降谷さん。
スマホをしまって資料確認をしていると、風見さんが戻ってきたと思ったらまたすぐに「裁判所に用がある」と運転を急かす。どうして裁判所なんかと言わんばかりに見つめれば、短く「2291」と返された。……協力者と会う必要があるらしい。
裁判所に向かう道中で「今日の俺は専属運転手ですか」なんて嫌味を言ったからだろうか、また警視庁に捜査会議に参加するために連れていけとパシリの如く指示を受ける。到着してから会議に同行するかと聞かれたけど、会議に参加して久々に高木達に会いたいという気持ちはあったものの、今回の件について色々聞かれるのも面倒なので、こちらから待機を申し出ると風見さんは警視庁に戻っていった。…と思ったらまた数分で風見さんが戻ってきた。どうしたんですかと聞けばなんと降谷さんに招集されたらしい。嫌な予感しかしないので車内で待機を申し出たが、彼に俺も連れてくるように言われたらしく見事に却下された。


風見さんと共に指定地点まで行き、物陰から様子を伺うと私服の降谷さんと工藤くんが何やら真剣な面持ちで話している様子だった。この雰囲気の中に俺たちが入っていくんですかと視線だけで風見さんと会話していると、この場にいることが分かっていたらしい降谷さんの「構わない」という一言で近づいていく。風見さんが声をかけたと思ったら思い切り腕を捻り上げられ、手首のあたりで降谷さんが何かを探している。出てきたのは盗聴器のようなもの。それを見つけた彼はこれ以上ないくらいに怒っている。工藤くん、風見さん、やっちゃったね。

「これでよく公安が務まるな。」
「す、すみません…。」
「……鴻も、気付かなかったのか?」
「いや、俺はほとんど車内待機だったんで。」

両手を上げて無罪アピールをすると、本日何度目かの大きなため息をついてから「鴻、来い。」と短く言って歩き出す。座り込んでいる風見さんの肩を励ましを込めて数回叩き、俺の車のカギを押し付けてから急いで降谷さんを追いかける。後ろで工藤くんからの静止の声が聞こえたけど、それを無視する降谷さんは俺を助手席に押し込めて車を発進させる。


助手席でスマホにきた部署からの連絡を確認する。そこには捜査会議を簡約したものとサミットの調査資料があり、降谷さんにも共有するために読み上げる。途中で俺が読み上げるのを制止した降谷さんは、しばらく黙ったのちに”IoTテロ”というものについて語った。なんと、工藤くんのスマホをハッキングしているらしく、彼が電話で目暮警部にテロについて情報提供しているところを盗聴したそうだ。降谷さんも悪い人だなあと思ったが、この前のサミット爆破の件もそれが噛んでいると踏んで間違いない。

「ここからどう動くんすかね。」
「粗方目星は付いているが、まだ確証が持てん。彼にはもう少し頑張ってもらわないとな。」
「彼って、風見さん?それとも工藤くん?」
「さあ、どうだろうね。」
「降谷さんの愛情表現ってたまに厳しいっすね。」
「ホォー…鴻はとびきり甘いのがお好きかな?」
「……冗談は顔だけにしてください。」

丁度赤信号で停止したタイミングに文字通りの”甘いマスク”でこちらに微笑みかけてくる降谷さん。本当にそんな冗談は顔だけにしてほしい。どうせここまで盗聴器のことを泳がせていたのは工藤くんに情報を筒抜けにするためなのに、一人とばっちりで可哀そうな風見さんには元気をだしてとメールをしといてやろうとスマホを触る。

「今から風見と連絡を取るんだろう。」
「う、画面も見えないのによくわかりますね。」
「わかるさ、お前のことならなんでもな。…10分後に例の場所で落ち合うと連絡を入れてくれ。」
「降谷さんなら本当になんでも分かりそうで怖いですよ…。」

”例の場所”というのは情報共有の際に使う、そこそこの人通りがあって目立たない、どこにでもあるような場所のことだ。毎度その場所は変わるものの、伝える人間とそのタイミング、前後に使われた言葉によって各所に集合できるように俺たちは教育されている。励ましの文章と共に言われたとおりの文言を入れると、降谷さんは指定地点に車を走らせた。コンビニ近くの駐車場で車を停めると、降谷さんは待機という一言を残して集合場所に向かおうとする。雨降ってますよと注意したのにそのまま歩いて行ってしまった。
暫くしてびしょ濡れになった降谷さんが戻ってきた。と同時に風見さんからも「これから忙しくなるぞ」というメッセージの後に警視庁の会議室で次の計画についての情報共有を行うための招集を受ける。もうそろそろ日付も変わるというのに、仕事はまだ俺を離してはくれないみたいだ。降谷さんはまた別行動になるので、このまま警視庁まで車で連れてって貰った。


会議の結果――と言ってもほとんどが降谷さんからの指示だとは思うが――、小五郎さんを不起訴にするという決定が下され、その為の下準備に奔走する。正義の為とはいえ、ちょっとまどろっこしいしねちっこいんだよなあ、公安の仕事って。
準備が終わるころにはもう日付も変わってしまっていた。シャワーの一つでも浴びたい所だけど、そんなときに呼び出されて何か言われたらたまったもんじゃない。もう一度警視庁に戻って風見さんと落ち合おうと思っていたら、タイミングよく小五郎さんから『出たぞ』とメールが帰ってきていた。車は風見さんに預けてしまったので、走って警視庁に向かう。戻る最中、街の様子がおかしくなったと思えばそこら中で小規模の火事や交通事故が頻発し始めた。小五郎さんに会いたい気持ちはあるが、正義の味方を職業にしている身ではこの騒動は見過ごせない。
車両事故によってケガをした人の処置と交通誘導をしながら事態の収拾に努めていると、胸ポケットが振動する。確認したスマホの画面には『例の場所、今すぐに』という一文だけ。本当にこの人は、俺を使うのがお上手なようだ。






「あの車…!!何やってんすか降谷さん……!」
”例の場所”、”今すぐに”と言われて思いつく場所はここしかない。開発途中の高階層ビルを駆け上がる最中、正面の立体駐車場を猛スピードで走らせる車を見つけた。この町であんなにオシャレな車乗ってる奴なんて相当なもの好きか、いや、あれは間違いなく降谷さんの愛車だ。まさかとは言わないがあの勢いで飛び出して、あの飛来物体と衝突しようなんて考えてませんよね。もし、もしもそのつもりなら降谷さんの車が飛び出してくるのは…あそこだ。そしてそこから飛んだとき着地点を予測して階段を上る足を速める。一か八かの賭けに出るしかないな。




「くっ…足りないか…っ!」

装弾されたすべてを撃ち込んだが、さすが強化ガラスはびくともしなかった。例の場所にピッタリな安全な場所だと思っていたが、今回はそれが裏目に出てしまった。迫る壁にもう間に合わないと降谷が諦めかけたその時、会議にでも使うような長い机が飛んできて目の前のガラスをぶち破る。月明りの反射が消えたその先にいたのは、息を切らした最愛の部下の姿だった。

「やはりお前なら来ると思っていたよ…!!」





「ウゴッ…!!!!」

決まりの悪いうめき声をあげながら吹っ飛んできた降谷さんと新一くんを受け止める。比較的体重の軽い新一くんの勢いはすぐに収まりそこらへんに止まってくれたが、身長と筋肉があるせいでそこそこ重い降谷さんはさすがに受け止めきれず、そのまま一緒に転がっていく。これ絶対どこかの骨持っていかれた。床で抱きとめた姿勢のまま降谷さんを見ると、俺が割ったガラスで引っ掻けて出血はしているものの致命傷になるものはなく、無事を確認してほっとする。何も言わずに起き上がろうとする降谷さんの手助けをし、肩を貸しながら新一くんに歩み寄る。
自力起き上がった新一くんがどうして小五郎さんを巻き込んだのか聞いてきた。またのらりくらりと言い逃れるのかなと思っていたら、予想外にも洗いざらい話してしまう降谷さん。どうやら俺が戻れなかった間にこの二人は、今回のテロ事件も協力者の件も解決してしまったようだ。橘の話は俺もちょっと不憫だと思っていたので、真実が明らかになって彼女の気が晴れればいいと思う。さあ帰ろうかと動き出そうとする俺と新一くんの動きを降谷さんの声が止めた。

「ああ。そういえば、新一くん。」
「え、まだ何か…?」
「君がした質問…、もう一つ答えがあるんだ。そうなって欲しい相手は、僕の隣にいる彼だよ。」
「…え?俺すか?」
「降谷さん、本気で言ってるんですか?」
「さあね、これから僕たちのことをよく見ていれば分かることさ。さあ、急いで戻るといい。蘭さんたちが心配しているんじゃないか?」
「あっ…、鴻さんも、ありがとうございました。」
「何のことか全くわからないけど、どういたしまして。」

ご丁寧に頭を深く下げた後に駆け出す新一くんに空いてる片手を軽く振って見送ると、彼とは反対の道を降谷さんと共に進む。

「今回は降谷さんが無茶する番すね。」
「人間相手なら鴻の方が分があるが…今回は頭を使わないといけなかったからな。まあ、お前なら落ちてくるカプセルでさえ受け止めてくれそうだ。」
「今めちゃくちゃ馬鹿にされたような気がするんすけど…俺、警学主席ですよ。」
「オヤ奇遇だな、僕もだ。」
「…でしょうね。」

彼が警察学校時代にそれはそれは優秀だったのは、つい最近松田さんと萩原さんが酒のツマミに教えてくれていた。まあ現在の仕事ぶりを見るに、学生時代から相当なキレ者だったのだろうと容易に想像つく。
ここには徒歩で来てしまったので、電話で風見さんを呼び寄せると、俺の車を持ってきてくれたようだ。お前がどうして降谷さんと一緒に?と言いたげな顔をしていたけど、俺が動くのは風見さんの指示だけじゃない、降谷さんの命令でコソコソ動くときだってあるんです。怪我人には任せられないと風見さんが運転席に回ってくれたので、俺と降谷さんで仲良く後部座席に乗り込んで警察病院に向かう。途中、車内で先ほどの工藤くんの質問の意味を聞いたけど、笑ってはぐらかすばかりで何も教えてくれなかった。

「なあ、鴻。」
「ん?何すか降谷さん。」
「見てみろ、月が綺麗だ。」
「うわほんとだ、忙しくて全然見てなかったっす。満月っすね。」
「……そういう所だ。」
「え゛?」

強い力で頭をわしわしと撫でられる。今日の降谷さんはなんかちょっとおかしいな。
撫でるのに満足したのか、「少し疲れたから眠る」と言って俺の肩に頭を預けて静かになってしまった。バックミラー越しに風見さんを見ると、我関せずといった様子で無言で前を見て運転している。まあ、洋画さながらの活躍をしたんだからさすがにあの完璧超人の降谷さんでも疲れるか。それならば病院までの短い時間でも寝かせておいてやろうと静かに置物になることを決め、先ほど彼が綺麗だといった月を見上げる。本当に、綺麗だ。


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