中編 | ナノ
 松田さんと萩原さんと宅飲み


到着した我が家は独身暮らしじゃかなり持て余す2LDKの広めな部屋。不動産屋が「お客様は大柄ですので広めなお部屋がオススメですよ」なんて言うから、仕事が忙しい時期もあって全部お任せで適当に借りてしまった結果がコレ。俺が無趣味なこともあって貯金はあるし、部屋の広さにしては安かったから文句はない。本棚も何もなく、リビングのテレビの正面に机とソファー、最低限の筋トレグッズとほぼスーツで埋め尽くされたクローゼット、身長に合うベッドが近所の家具屋で見つからなかったので適当にネットで買ったマットレスが洋室の奥にポツンと存在している。キッチンには包丁すらおいていない。他の部屋にはもちろん物も何も置いていない、本当に人が住んでいるのかも怪しい家だ。
玄関を通るとあまりの質素な家に驚く二人、

「なんだこの強盗にあったみてーな部屋は。」
「暇も部屋を飾る趣味もなくて…必要なもんだけ集めた結果っすね…。」
「とはいってもあまりにも寂しすぎじゃない?」

机の上に買ってきたものを広げてから隣の部屋のクローゼットに向かう。何着も同じスーツがかけられている下のボックスの中に、またしても同じスウェットが何着も収まっている。ジャケットを脱ぎながら予備の部屋着をソファーの上に二着おいておく。

「俺、家の中では必ず部屋着じゃないとダメな人間なんで着替えるんすけど、お二人も必要だったらこれ着てください。たぶんサイズそんな変わんないと思うんで。」
「サンキュ〜!お言葉に甘えて俺も着替えよっかなあ、スーツだと息苦しいんだよねえ。」
「俺も借りるわ。」
「じゃあ俺風呂はいってくるんで、先に始めちゃっててください。」

そう言うとリビングに二人を残して風呂場へ向かう。
歳上の先輩たちをお客として迎えているのに一人風呂へ行くなんて失礼かもしれないが、どうしても仕事を頑張った日は汗臭くもなるし、家に帰ったらまず風呂に入る派の俺には我慢なんて無理だ。男のシャワーなんて烏の行水みたいなもんだし、すぐ出てくればあの二人なら文句も言わないだろう。普段より気持ち早めに済ませてリビングへ戻ると、俺の用意した部屋着を着た二人が缶ビール片手にテレビを見て談笑していた。

「お二人とも風呂入ります?」
「明日出てく時に借りるわ。」
「俺もそうするよ。ジャケット掛けるのに勝手にハンガーとか借りちまったけどいい?」
「あ、すんません気が利かなくて。家のモンは勝手に使っちゃってください。」

酒類は冷やしておいた方が良いと冷蔵庫にしまっておいてくれたみたいで、またもや気を遣わせてしまったと反省する。ソファーの両端に二人が座っているので、その真ん中にお邪魔することになった。そのまま寝れるくらいのサイズのものを購入してよかった、普通のソファーだったら男三人でギチギチになるところだった。

「そぉーだ、鴻ちゃん初めて家にお友達連れてきた記念に写真撮らねえ?」
「なんすかその記念。」
「ほら陣平ちゃんも寄って寄って。」
「わーったよ。」

また突拍子もないことを。ほらほら〜と言いながら肩を寄せる萩原さん。二人の間に俺が挟まる状態で萩原さんがスマホのインカメラで写真を撮る。一方的に写真は撮られたことはあっても、人とこうやって写真を撮ったのはもう数年ぶりだから割かし、いやかなり嬉しい。萩原さんが撮った写真を見せてくれたけど、俺は明らかに嬉しそうな顔をしていて自分で見てて恥ずかし気持ち悪いし、萩原さんは満面の笑みだし松田さんは相変わらず口角をあげて仕方なさそうに笑っている。萩原さんは「二人にも送っとくね、」と言ってスマホをいじるとすぐ俺のスマホが振動する。いつもの連絡用のアプリで送ってくれたみたいだ。
自分が写っている写真を壁紙にするのは少々気恥ずかしいが、せっかく記念に撮ったものだからロック画面に設定しておいた。今までずっとデフォルトの画面だったものが写真に変わっただけなのに気分も良くなる。

「待ち受けにしてくれるなんて嬉しいねぇ、俺もそうしちゃお。陣平ちゃんのも俺が変えとくわ!」
「おいハギ勝手にすんなって。」
「なんか、いいっすねこういうの。」

へへ、と笑うと気を良くしたのか萩原さんがニッコリと笑いながら缶を突き出してくる。その反対で松田さんも同じようにしている。言葉を交わさずに三人で缶を突き合わせて本日二度目の乾杯をする。

晩酌が始まる。




「らから〜〜〜〜〜、おれはぁ、あしをつかうのがめいんなんでぇ、じむなんてやってられねえんす〜。」
「はいはい、最近事務作業ばっかでつまんないんだねえ。」
「仕方ないだろ、最近までお前の体穴だらけだったんだぞ。」
「でもぉ、いきてるんす〜。みんなみたいに、しごろしたいぃい…。」
「あ〜らら、こんなに酔っぱらっちゃうとは思ってなかったや俺。」
「俺もだわ。缶ビール3つあけてこんなベロベロってガキじゃあるまいし。」
「2つしかちがわないのになんでみんながきってゆうんれすかぁ!!!!!」
「はいはいそうですね、ほら鴻ちゃん水のみな。」
「………うす。」

190センチも近い成人男性が呂律の回らない舌で仕事の愚痴を吐く。もう頭が重くなってきて自分じゃ支えられなくなってしまっているのか、ソファーから降りて机に突っ伏してしまっている。顔色が分かりにくい黒い肌なのに真っ赤になっているのが分かるくらいにアルコールに免疫がないのが分かる。これは外で酒は飲ませないのが正解だな。
組織壊滅の件で奔走した鴻は、連中とのやり取りで3か所撃たれた上に爆発する建物から飛び降りたりなんかして最近まで全治三か月の入院をしていたというのに日常に戻りたくて仕方ないらしい。さすがについ最近まで満身創痍だった人間を気遣うのは当たり前だと思うので、同僚には少し同情してしまう。そういえば、この男は最初に出会い、そして命を救ったときにも体がボロボロになって入院していたな。その時入院先にお見舞いに行ったときにも病室で「俺はもう大丈夫っす!仕事に戻らせてください!」と暴れて医者に怒られていたことを萩原は思い返す。
ぶすくれて水を飲んだりテレビを見たり突っ伏したり世話しない2つ年下の男をソファーから見下ろす。
そういえば諸伏が可愛いと揶揄ってくると言っていたが、気持ちは良くわかる。初めて出会ったその日から、そこそこの年月彼の成長を見守ってきた。初めて出会った時、彼は成人したばかりの交番のお兄さんだったのに、危険を顧みずに事件に突っ込んで行く為に生傷は絶えず、あっという間に身長も越されて、成熟した大人になっていった。去年公安にスカウトされて転属することになったと報告してきた彼は、興奮冷めやらぬといった面持ちで。三人でお祝いパーティーなんかもしたっけな。初対面で怖いと勘違いされそうなのは何も変わっていないが、気を許した人間に見せる笑顔や空気で自分は特別なんじゃないかと勘違いしてしまいそうになるくらいだ。
ちらりと目線だけで松田を見ると、彼もぶっきらぼうで有名であるものの、鴻に向ける視線は優しい。本人が気づいているかは知らないが。
べろんべろんになった鴻が4本目のビール缶を手に乾杯しましょうと詰め寄ってきてからはもうどんちゃん騒ぎ。酔っ払い共の勢いで次々と空き缶を増やし、手元が狂った鴻がスウェットにビールをぶっかけてしまい、その事故を起こした本人なのに「しかたねえな〜」と見当違いなことを言いながらスウェットを脱ぎ始める。そのままではさすがに目に毒だと片付けを買って出た松田と萩原が脱衣所にビールまみれのスウェットを置いてから部屋戻ると、上半身裸のまま床で寝てる鴻の姿が。二人してお互いを見ると、思わず笑ってしまう。二人とも相当酔っているし、服のことはまた明日考えればいいとそのまま床の上で三人仲良く川の字になって寝ころんだ。





「こういうのはハギの役目なんだろーけど。」

明け方一人だけ起きた松田が床に転がる二人を見下ろしながら一人呟く。スマホのカメラを起動して、パシャり。そこに写っているのは半裸で眠る鴻にひっついて眠る萩原の姿だった。半裸と言っても写真に下半身はうつっていないので、見ようによっては裸も同然だ。

「お前らは同じ職場でいつも会えんだから、こんぐらいの悪戯は許せよな。」

慣れた手つきで片手だけてスマホを操作し、誰かにメールを送る。マナーモードになったのを確認してから鴻にかかっている萩原の手をどけて、自分も鴻にくっついて横になる。朝起きて何か文句を言われたら、寝相を言い訳にしてしまえばいいか。鴻の体温を感じながら、机の上で何度も光るスマホを無視して二度目の眠りにつく。




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