中編 | ナノ
 松田さんと萩原さんと飲み会



二人の爆弾発言以降、相変わらず諸伏先輩は可愛いと言ってくるし降谷さんの視線はケツと顔を交互に見てくる。降谷さんなんかは前回の飲み会のことを覚えているのかいないのか、遠慮がなくなったようにも感じる。とは言ってもこの前みたいに急に抱き着いてくるわけでもなければめちゃくちゃ距離が近いわけでもないので、そこのところを気にしなければただの日常と変わらないわけで。
事務作業に勤しんでいると、胸ポケットのスマホが振動する。さすがにこの場でスマホを見てたら何を言われるか分からないので、いったんトイレに移動してから送られてきているであろうメールを確認する。『今日も駅前で定例会』いつも通りの短いメールに思わず笑ってしまう。こちらも『了解です』と短く返すと、さっさと仕事を終わらせてしまおうと自分の席へ戻る。



仕事が終わり、愛車を――といっても上司のようなオシャレなスポーツカーではなく、ごくごく普通の一般車だが――走らせて駅前に急ぐ。上がりの時間が遅くなってしまった為、約束の時間には少し遅れてしまう。

「鴻ちゃん久しぶりぃ〜!」
「10分おせーぞ。」
「すんません、ちょっと事務仕事長引いちゃって…。」
「遅刻罪として今日はお前のオゴリな。」
「えっ、ちょっとATM寄っていいっすか!」
「陣平ちゃんの鉄板ジョークだから気にしないの〜。店とってるから早く行こうぜ。」

そう言って笑う二人――萩原さんと松田さん。
数年前、二人と知り合いになったのは彼らが爆弾の解体中。運が良いのか、いや悪いのか、偶然邂逅して事件解決の手伝いをしたことから何故か二人からは「命の恩人」と言われ、たまに近況報告も兼ねてご飯をご馳走になっているのだ。警察のお二人の話も聞けるし、タダメシにありつけるし、数少ない友達でもある二人とのこの時間は一石百鳥といっても過言ではない、とっても貴重だ。

「かんぱ〜〜い!」
「ガキはまだ烏龍茶だけどな。」
「松田さん乾杯に水差さないでくださいよ!」

松田さんが焼き鳥の気分だと言い出したので、あらかじめ予約してあると言っていた焼き鳥が売りの居酒屋に着いて名前を告げると萩原さんが予約していてくれた個室に誘導される。松田さんと萩原さんが並んで、俺がその正面に座るのはもう定位置。萩原さんの音頭でグラスを掲げると、松田さんに揶揄われる。これもまたお決まりの光景だ。それに俺の車で二人を家まで送り届けるまでがセットなんだから酒を飲んだら当たり前だが運転できなくなってしまう。喫煙者しかいないのもあり、乾杯と共に煙草を吸い始めたせいで個室の中は少し煙たい。

「そういえば鴻ちゃん、いつにも増してクマがすごいけど公安ってそんな忙しい?」
「いや、仕事復帰してからは割と平和な方っす。気遣ってくれてるっぽくて外の仕事は今はほぼゼロっす。ただちょっと悩みというかなんというか、微妙な感じのが。」
「悩みだぁ?」
「お兄さんたちが聞いてやろうか〜?」
「え、マジすか。実は…。」

職場のイケメン上司がやたらめったらケツをガン見しては褒めてくること、イケメン先輩が可愛い可愛いと揶揄ってくること。真に受けてはいないものの、27年間の人生でそういったアプローチのようなものを食らったことがないのでどう受け流せばいいのか分からないとありのままを話す。最初はうんうんと聞いていた二人も、話し終わるころには眉間にかなり深いシワを作って前のめりになっていた。

「……そのイケメン上司っていうのはもしかして、降谷ちゃんって言う人かな。」
「あ、そうっすね。やっぱり降谷さん有名人なんすか?」
「んでそのイケメン先輩は諸伏ってやつじゃねえのか。」
「諸伏先輩も有名なんすね、さすが。」

本人については少しの情報しか提供していないのに、まさか名前を言い当てられてしまうくらいに有名だったのかあの二人は。テンポよく繰り出される萩原さんと松田さんの問いへ煙草片手に肯定すると、二人ははぁ〜っと深いため息をついた。

「公安に転属になったって聞いたときはあそこなら安心だなって思ったけど、逆に降谷ちゃんと諸伏ちゃんにターゲットされるとは…鴻ちゃんも目が離せないねえ。」
「とんでもねえ奴らに目つけられてんだなお前。」
「目つけられてるって…怖いこと言わないでくださいよ……。」

そうこう言っている間に注文した料理が届く。一旦話を切り上げて、仕事の疲れを癒すためにガツガツ食べ始めると、相変わらずの俺の食いっぷりに二人は笑っていた。大皿を開けたところで、二人のおかわりのついでに他に何か注文してやろうかと備え付けのタッチパネルを眺めていると萩原さんが切り出した。

「しかし鴻ちゃんも大変だねぇ、上司とはいえ女じゃなくて男二人に言い寄られるなんて、さすがに厳しいっしょ。」
「ああ、いや、俺ちょっと女性にトラウマがあるんで。だからといって男性が積極的に好きっていうわけじゃあないんすけど、まあ、そんな感じで。」
「ほぉーーーー…。」
「なぁるほどねぇ…。」

俺は率先して男が好きなわけでない―――というか、そもそも恋というものはまだしたことがない―――が、もう女性は恋愛的にも日常的にもあまり密接に触れ合いたくないレベルに無理なので、結果今後恋愛をするとなると同性とそうなる未来が見える。かなり偏見だと思うが警察関係者ってそういうの無理な人が多いと勝手に自分の中で思っているので、大っぴらに恋愛対象が男とは言いだしたくない。そんな気持ちもあってかなり濁した返事になってしまった。気持ちが伝わればいいのだが、とちらりと二人を見るとニヤニヤしながら何か考え事をしているようで、表情からしてネガティブな捉え方をしていないんだろうと思うとホッとする。

「そんなお困りの鴻ちゃんに良い案が一つあるんだよねぇ。」
「お困りってほどでは……って、まじすか!」
「おいハギ、お前またろくでもないこと考えてるんじゃねえだろうな。」
「まあまあ陣平ちゃん、聞いて驚け〜。」

そう言いながら萩原さんは立ち上がりどこか行くのかと思えば俺の隣に座った。

「俺と鴻ちゃんがソウイウ仲だって知ったらあの二人も大人しく引っ込むんじゃねえかな〜って!」
「へ?」
「おめー喧嘩売ってんのか。」
「陣平ちゃんこわーーい!鴻ちゃん助けて!」
「ちょ、ちょっと萩原さん!!!」

きゃーとふざけて俺の腕に絡みついてくる萩原さん、思わず接近してくる彼に驚きや恥ずかしさで顔が赤くなってしまう。そんな俺たちを松田さんは相当不機嫌そうな目で睨みつけている。

「って、そういえばさっき降谷さんたちのことちゃん付けで呼んでたの…あの二人とお知り合いなんすか?」

この空気をどうにかしようと話題を変えてみた。パッと腕を離した萩原さんが「そういえば言うの忘れてた〜。」と話し始めてくれた。

「俺と陣平ちゃん、降谷ちゃんと諸伏ちゃんって警察学校の時に同期だったんだよねえ。」
「へえ!そうだったんすね…!」
「あとはもう一人、お前が助けた奴がいんだよ。」
「助けた…?あ、もしかして伊達先輩…?!」
「そうそう!俺たちは癖で班長って呼んでんだけどさ、三人とも鴻ちゃんに助けられてるなんて神がかり的でウンメイって感じしね〜?」

「なぁ〜陣平ちゃん」なんて言いながら萩原さんは正面にいる松田さんに話かけると、珍しく否定せずに「まあな。」なんて言っている。
伊達先輩というのは俺の一課時代の先輩のことで、公安に転属になる少し前、高木と三人で徹夜の張り込みを終えてフラフラしてる所を居眠り運転している車に轢かれそうになったところを首根っこ掴んで助けたのは覚えている。あの時はかなりヒヤヒヤしたし、後日彼女さんからお礼の連絡を頂いたのは記憶に新しい。

「運命ってのはアレっすけど、確かに偶然にしてはすごいっすね。同期の皆さんとこんなお知り合いになるなんて思ってなかったっす。」
「だろぉ?なな、陣平ちゃんもそう思うでしょ?」
「まあな。そこでハギと鴻が知り合ってなかったら俺も爆弾で逝っちまってたからなあ。」

萩原さんとは本当に偶然だ。
高卒で入った警察学校を卒業してすぐのまだ交番勤務だった時だ。近所で爆弾が設置されたと通達があって、近隣の住人に一室ずつ避難を呼びかけるために走り回っている時、最後の一部屋だと確認したそこで出会った。住民の男性が携帯片手に話していると勘違いした俺は、爆発したら大変だとアパートの部屋からその人を抱えて飛び降りたところで本当に爆弾が爆発した。萩原さんの方は下で待機してた仲間がマットで受け止めてくれたんだけど、彼を庇うように飛び出た俺は爆風で吹っ飛びすぎて近くの車のボンネットに落下してしまった。割とマジで死んだと思ったから、全治1か月で済んだのは奇跡だと嫌味のように医者に言われたのは苦い記憶だ。その時に感謝されて連絡先を交換したんだった。結局この事件をきっかけに一課までのし上がるきっかけになったからラッキーなんて思ってた。
松田さんとは、俺がインフルで病院に行ったときに偶然見つけた爆弾にビビって萩原さんに連絡を取ったのがきっかけで知り合った。萩原さんと出会った時と事件と同じ犯人だったらしく、松田さんが処理に手間取っていた原因のもう一つの爆弾が俺がいた待合室の椅子の真下にあるなんて誰が想像できるんだ。
まあそんなきっかけもあり、幼馴染という二人は仕事が終わってタイミングがあれば俺を「命の恩人」なんてもてはやしては餌付けをしてくるのがお決まりになっているのだった。

「まあそんなこんなで、あいつらとは腐れ縁ってこったな。」
「切っても切れない仲ってやつっすね!」
「俺は鴻ちゃんともそうなりたいけどねぇ。」

せっかく話題を変えたのにもうここに戻ってくるのか。まずいな、なんて思ってたら店員さんがラストオーダーの時間を伝えにやってきた。

「え〜もうこんな時間?まだ飲み足りないんだけどぉ。」
「とかいって萩原さんめっちゃ飲んでるじゃないっすか!ほら帰りますよ、車出しとくんでちゃんと出てきてくださいね。松田さん頼みましたよ!」
「あいよ。」

駄々をこねる萩原さんと松田さんに任せて、駐車場から店の前まで車を移動させる。以前は支払いの時まで財布を持って食い下がっていたのだが、松田さんに「天地がひっくり返っても払わせないから諦めろ」と言われてからは”払いますよいやいや今日は俺がだしますよ戦争”は終結し、二人の好意に甘えてご馳走になっている。
丁度車が店先についたタイミングで二人が仲良く肩を組んで――といっても萩原さんが一方的に組んでいるだけだが――出てきた。後部座席に二人が乗り込んだのを確認してから車を発進させる。

「今日も家まで送っていきますよ。」
「それなんだけどさぁ鴻ちゃん、明日って休み?」
「え、まあ明日休みですよ。もしかして二軒目行きたいんすか?」

家までのルートを思い出しながら聞くと、にんまりと笑った萩原さんが身を乗り出して運転する俺に顔を寄せる。酒臭いし危ないですよ萩原さん、シートベルトしめてください。

「鴻ちゃんの家で宅飲みしね〜?部屋にお邪魔してみたいんだけど。」
「俺の家、っすか…まあいいっすけど。」
「近所にコンビニあるよな、寄ってくぞ。」
「来客想定してないんでおもてなしとかできないっすよ。」
「独身一人暮らしの男なんてみんな似たようなモンだろ、さっさと行くぞ。」
「…へーい。」

どうせ帰ってもすることがないし、明日も特に用事もない。宅飲みなら酔っぱらって色んな人に迷惑かけることも無しい、車を運転するの必要もなくなるなら俺もちょっと酒を頂こうかな、なんて思いながら自宅まで車を走らせる。途中、近所にあるコンビニでアイスやら酒やらを買い込んで、マンション管理の駐車場に車を置いてから我が城まで三人仲良く歩いていく。







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