中編 | ナノ
 降谷さんと諸伏先輩の爆弾発言


学生時代、肌の色と目つきの悪さで同級生から敬遠され、両親がいないのも相まって中学では荒れた生活を送っていたある日、いつものように集団で襲ってくる不良たちを一人でボコボコにしている時、今は名探偵として名高い若き日の毛利小五郎に出会い俺の人生が変わった。

そこからの人生はほぼ割愛するが、見事警察学校を卒業し職務を全うしているところで、26歳の誕生日にヘッドハンティングされて元居た部署から公安に移動になって早1年。風見さんの足として現場を走り回り、培ってきた経験と持ち前の頭脳で数多の事件を解決したり、人々の平和を守ったり、その傍らで色んな事をもみ消しまくってきた。

黒の組織と呼ばれて公安の中でも最重要項目として取り上げられていた組織も、謎の小学生と喫茶店でアルバイトをしている探偵、そして行方をくらましていたFBIの男の活躍によって壊滅させられてしまったのであった。そして何よりも一番驚いたのが、ずっと自分の上司は風見さんだと思っていたのに、事件の度に邂逅していたその”喫茶店でアルバイトをしている自称探偵のお兄さん”こと「安室透」が「降谷零」と名乗り、今まで風見さん越しに指示を送っていたのは自分だったと明かしてきたのはもう3か月ほど前の話だ。結構な頻度でポアロに通っていたのに全く気付かなかった自分を恥じた。
そしてその3か月間俺が何をしていたのかというと、例の組織壊滅の真っただ中で現場で相も変わらず走り回っていたところ、組織の連中に撃たれたり爆発に巻き込まれたり倒壊する建物から飛び降りたりしたところで体はもうボロボロ、全治3か月の大けがを負って入院していた次第だ。鍛えてなかったら死んでたぞと医者に忠告されたのもあって復帰してもう1週間は経つものの、心配だからと事務作業に回されている。
これから作成した資料を降谷さんに持っていくところである。この部署の一番エライ人にあたる降谷さんは末端の俺たちとは違って自分の部屋を用意されており、分厚い扉をノックすると「どうぞ」と短く返事が来る。

「…ええと。あむ、いや、降谷、さん、次の会議の資料出来上がったので確認お願いします。」
「鴻か、どれ見せてみろ。」

彼を降谷さんと呼ぶのはまだ慣れない。1年近く安室さんと呼んで慕っていた部分もあるので、中々切り替えるのは難しい。部屋に入って資料を手渡すと、入室した際に見せていた柔らかい表情を消し、真剣に資料を見つめる降谷。その瞳が羅列する文章を素早く追っているところから、しっかり確認してくれている様子が伺える。最後まで見終わった彼が「ヨシ」と一言。

「よくできているな、修正もない。このまま使うから、風見に渡しておいてもらえるか。」
「ありがとう、ございます。了解しました。それでは、失礼します。」

もう一度頭を下げてから降谷に背を向け部屋を出る。新しい上司が追加されただけの、何も変わらない毎日。そう、何も、変わらない、………わけではない。
甘いマスクにレディーファーストを怠らない紳士的な態度、料理もできて運転もピカイチでなおかつ公務員。こんな良い男なら放っておいても女が10人くらい群がりそうなスーパー超人なのだが、ひとつだけ問題がある。俺も公安の端くれ、いや、端くれにしては中々重要なポジションを頂いているので中堅と自称しよう。その中堅の俺ですら気づいてしまうくらいの圧倒的違和感。

この上司、俺のケツをガン見してくるのである。



まず気のせいだと思っていたし、さすがに自意識過剰だな、降谷に申し訳ないと思っていたのは最初だけで、俺が背中を向けるタイミングで必ずケツをガン見してくる降谷に「あの、背中に何かついてますか」と聞けば「いや、綺麗だなと思って」と返された日にはどうしていいか分からず「ありがとうございます」しか言えなかった。――そういえば降谷さんって女っ気ないよな〜と同期が言っていたのは記憶に新しい。だからといって勝手に男が好きだと決めつけるヤツはおらず、理想が高いということでその場の話は収まった。――降谷さんが、俺の、ケツに、綺麗だなって…?
俺は中学時代に女の先輩に襲われて以来女はダメだし、だからといって男が好きっていうわけでもないので27年間恋愛というものは一切したことがない、その先にある体のアレソレなんてもっての外で。そこら辺の中高生の方が知識も経験も豊富なんじゃないかと言っていい程。というかそもそも俺はそこそこの良い体格をしている。浅黒い肌に釣り目で、真っ黒な髪の毛も特にオシャレにしているわけでもなく短くして放置、身長も、胸板も腕も、彼より少し上回っている。太っているわけではなく、ただ純粋に筋肉量が俺の方が多いということ。そう、俺はTHE・男。まさかそういう趣味があるんですか。
なんてずっと考えていると余計によくわからなくなってくる。降谷さん、俺のケツのどこが綺麗なんですか…。

ケツに感じる上司の視線を気にしないように意識しながら業務に追われる日々で、事件の後始末に忙しく共に三徹を越えた同期が急に「降谷さんお帰りなさいの会と鴻の歓迎会をしよう、酒を飲もう」と言い出した。



「どうした鴻、酒飲まないのか。無礼講だぞ。」
「いや、俺酒苦手なもんで…。」
「酒豪っぽい顔してるんだけどなぁ。」

そう言って笑いながら隣に座る諸伏さんに思わず苦笑いしてしまった。確かに見てくれだけだと酒が強そうな男に見えるんだろうが、実際その逆で俺はアルコールにめっぽう弱いことで俺の中で有名である。だからこうして酔っ払いの騒ぎから外れて部屋の隅でひとり寂しく烏龍茶を頂いているのだ。そしてこの諸伏さんというのも、降谷さんと一緒に組織に潜入し行方不明になっていたそうだが、色々あって裏方に回り組織崩壊の一端を担った立役者だ。その行方不明の事実を知らずに、誤解によってFBIの捜査官と降谷さんが喧嘩をしていたというのはウチの部署では有名な話。そして降谷さんの警察学校時代の同期の一人でもあるという。(他の同期の皆さんもそれはそれは大活躍だったそうで。)諸々の情報を一気に聞いた俺は、「その時は豊作だった感じッスね…」なんて気の利いた事も言えなかったが、逆にツボに入ったのか諸伏さんを爆笑を頂いてしまった。それからたまに顔を合わせれば軽い会話をする程度の、ただの先輩と後輩である。

「なので今日はちょっと烏龍茶だけで、すんません。」
「歓迎会なんだからそんな気にするなって、楽しければそれでいいんだ。」
「…うっす。」

トントンと肩を叩きながら微笑む諸伏先輩に安心すると、烏龍茶を飲みながら目の前の料理を食べ始める。食べることは寝ることの次に大好きなので、目の前にある大皿から唐揚げを大量に寄せてもくもくと食べ始める。しかも今日は主役2人のうちの1人だからタダメシを頂くというありがたい状況、こんなの食べないわけがない。

「良い身体してるから良く食うとは思ってたけど、すごい食うんだな。」
「趣味とか特にないんで…、筋トレするようになったらめっちゃ食うようになった…ッスね…。」
「じゃあ今度俺がめちゃくちゃ美味い飯作ってやるよ。」
「え、諸伏先輩が、作るんすか?そんな悪いっす。」
「まぁ〜いいからさ。先輩の好意はありがたく受け取ろうな。」

ポアロに通っていたこともあって降谷さんが料理もなんでもできるスーパーマンだったのは知っているが、まさか諸伏先輩までもが料理もできるスーパーマンだったとは。俺は自分で食べれる程度の、所謂独身メシしか作れないので少し羨ましい。天はイケメンに二物を与えたのか、彼らの努力のたまものなのか。そういえば今脳内で話題に上がった降谷さんはどうしているのかと部屋の反対側を見てみると、珍しく酔っぱらって顔が真っ赤になった風見さんや同じ部署のメンバーに揉みくちゃにされている所だ。風見さんは降谷さんが公安に来た時からサポートし続けていたらしいし、組織の潜入捜査もなくなり、普通の上司と部下として仕事が出来るのが嬉しいんだろうな。

「あ、すんません俺ちょっと煙草吸ってきます。」
「へえ、鴻って煙草吸うんだ?じゃあ俺もちょっと出ようかな、外の空気吸いたいしな。」
「その空気って…、一緒にきたら煙吸っちゃいますよ。」
「まぁまぁ。一人で出んのも寂しいだろ。」
「気を遣わせちゃったっぽいっすね、ありがとうございます。」

予約した部屋は禁煙だったし店内には喫煙所が無かったので、店からでて少し離れた路地に入る。なんで離れるのかって、店の目の前で公務員が煙草吸うなんてかっこ悪すぎるから。胸ポケットから煙草と携帯灰皿を用意して、路地に置かれたビールケースに座り込む。スーツが汚れるだろうけど、汚れたらクリーニングに出すだけだし、これ一本しかないわけではないので気にしない。諸伏先輩も同じみたいで、高そうなスーツを着ているのに正面に置いてあったケースに座り込んでいる。
一人だけ煙草を吸っているところをじっと見られているとなんだかちょっと気まずくなってしまって、話題がないかとぐるぐる頭を働かせる。伝家の宝刀ニコチンを投入したというのにこの出来の悪い頭は気の利いた話題ひとつ生み出すことすらできないのか。どうしようかと悩んでいると、この狭い路地で目の前に座った諸伏先輩が唐突に爆弾発言をした。


「鴻ってなんか、可愛いよな。」
「か、かわ…?」
「ホラ、そうやってすぐ顔が赤くなるところも可愛いと思うな。」
「なんか揶揄ってんすか、先輩。」

タバコを吸う反対側の手の甲を自分の頬にあてると、アツイ。2歳しか変わらないのにやけに子ども扱いされているみたいで気恥ずかしい。

「初めて会った時すごい不愛想な後輩だなって思ってたんだけどな。」
「初対面だとそういわれること多いっすね、喋ると印象違うって。」

なんとかこの顔の熱を散らそうと話題を広げようとすると、諸伏先輩の顔が急に目の前に沸いてきた。こんなに至近距離で人に見つめられたのは生まれて初めて―――中学のころ近所の不良のメンチ切られた時のはノーカンとする――で、贔屓目に見なくてもイケメンの諸伏先輩の顔がこんな目の前にあったら緊張してしまって顔に熱が集まるのが自分でもわかる。

「ほら、下睫毛とかもしっかりあって可愛い…、」
「ヒロ!!!!!!!!!」
「げ、バレちゃった。」
「あむ、ふ、降谷さん…!」

諸伏先輩の手が俺の目尻を撫でたところで、職場で毎日聞く声が路地の入口から響く。諸伏先輩からの視線から逃げ、バッと顔をそちらに向けると降谷さんが仁王立ちになってこちらを見つめていた。そういえば降谷さんと諸伏先輩は幼馴染で特に仲が良いと聞くし、この怒っている雰囲気から察するに”俺の幼馴染になにしてんだ”てきなアレではないのかと焦る。

「ああいや、これは、その、違うんです降谷さん。えっと、俺が煙草吸うのに付き合わせちゃって、それで、あの。」
「露骨に慌てるな。」
「めちゃくちゃ慌ててるな。」

すぐさま立ち上がり、あわあわと身振り手振りで言い訳を考えるも何も出てこない。よく見ると降谷さんはさっきの集団に結構飲まされたらしく、いつも冷静な彼もアルコールのせいで顔を赤くして少し上にある俺の目を睨みつけている。

「大体、鴻はいつも無防備でフラフラと誰にでも付いていくんだから…僕がいなかったらヒロに食われてたぞ!」
「食われてたって…俺男なんすけど…。」
「こんなに可愛かったら男も女もないだろう!!」

と言うが早いか、急に降谷さんが俺に飛びついてくる。鍛えているお陰でうまく受け止められたものの、背中までぎゅうぎゅうと抱きしめられ、首元顔を埋めた彼は呂律の回らない舌で何やらもごもご言っている。

「先輩、えっと、俺これどうすればいいんすか……。」
「ゼロがこんなに酔うなんて珍しいな。オレが連れて行くから、ほらゼロこっちこい。」
「僕はいっつも心配してるんらぞ……。」
「…すみません。ありがとうございます。」
「あ、それと。」

去り際に「オレは本当に鴻のこと可愛いと思ってるからな」と耳元で囁かれる。ベリッと俺から引きはがされた降谷さんはむにゃむにゃと寝ぼけ頭で未だに俺への文句を言いながら、諸伏先輩の肩を借りて店へ戻っていく。
あの二人、爆弾発言が好きなのかな。

27年間の人生経験があってしても、今夜の出来事はピチピチの童貞にはキャパオーバーすぎた。
店には戻らず、風見さんに「酔っちゃったので帰ります、すんません」とメールを入れてふらふらと歩きだす。酒なんて一滴も飲んでいないのに。




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