※獄寺が幽霊






時刻は刻々と夜へ進んでいるというのにこのリビングルームには照明が点いていない。陰気な雰囲気が立ち込めるこの部屋に彼女、ハルは居た。
魂が抜けたかのように只一点を見つめているハルは突然大きな涙を一粒ずつ流し、その度に俺の名前を呟く。そしてまた生気の無い人形の様に変わるという状態が先ほどから延々と続いていた。
何か一言だけでも伝わる事は無いかと「何泣いてんだアホハル」なんて何時も通りの調子で言葉を返してみたり試行錯誤をしているが反応は無い。零れた涙はじわりと服に染み込んでいった。



(くそ、何か方法は無いのか…)



当てのある方法などある訳が無い。生と死の境界は並大抵の事じゃ越えられないと承知しながらも俺は声を掛け続ける。
一言でも伝わる事があるかもしれないと、虚弱な可能性を信じながら只ひたすらに。




(なあハル、俺はここに居るんだよ)
(お前がこんなに暗いままじゃ俺は素直に逝けねえじゃねーかよ)
(浮遊霊化すると輪廻転生のサイクルに戻るのに時間掛かるらしいし)
(いや輪廻転生なんてしたらあの霧の術士組が何かするかもだが)

(――…おい、ハル)
(何で気づかねえんだよ)
(気づけよ、)










「…ッハル!!!」







ハルの瞳に、生気が宿るのを感じた。
存在しない心臓が、高鳴った気がした。





「……はやと、さん?」




嗚呼やっと気づいたか、やっぱりお前はいつまでも鈍い奴だな。困惑しながらも周囲を見回すハルは何処か滑稽で苦笑が漏れた。俺は彼女の唇と自分の触れる事の無い唇を重ね合わせ、耳元で彼女の名を呼んだ。

反応があったから多分声は届いているのだろう。きっとこれは神が与えた最期の時間なのだと勝手な解釈をして俺は言葉を紡いだ。



何処の神様だか知らないが、この時だけは本当に感謝する。





いるはずのないひと

―――――――――――


輪廻転生があるんだから神も存在しても良いんじゃないか。


2012 January


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