いろは唄 | ナノ
学級委員長委員会委員長

>> ほ


と、いうわけで。やってきました、医務室です。

用のない生徒は医務室に入らないという決まりだが、ちょっとだけちょっとだけ。


「こーんにちは」

「あ! 都竹先輩、こんにちは!」

「あれ、数馬1人で当番か?」

「はい。伊作先輩なら今日はいらっしゃいませんけど」

「伊作に特別用事はない、大丈夫。保健委員会は大丈夫か?」


あんな奴ももうわりとどうでもいい、とは言わない。さすがに委員会の後輩の前では。


医務室は学園唯一の治療の場だ。んでもって情報収集にはもってこい。

何故って、治療されてる間って割りと気が抜けるから、普段なら言わないこともうっかり零すことがある。

だから俺がもし外出許可も出さずに行方をくらましてたら、案外医務室の天井裏にいるかも?

もしよかったら確認してみてね。って、誰に言ってんだ、俺。





「じゃあ、薬はあるんだな? 備品も大丈夫、で。後は開放時間かぁ」


そういや4年い組の保健委員は薬問屋の息子だったか。

大量納入だから格安だって、いつだったかに伊作が喜んでたっけ。

うんうん、そうだな、専門家には素人の俺じゃ敵うまい。

じゃあ保健委員は大丈夫ってことだな。

問題の開放時間は、新野先生に頑張っていただくしかないかなー。

軽症の治療や重傷の応急処置なら、俺もできるんだけども。


「でも、大丈夫です! 先輩もいますし、左近たちも頑張ってくれてますから!」

「んー、そっか。わかった、なんかあったらいつでも言いな。手ぇ回んないかもだけど、考慮すんよ」


とはいえ、俺が考慮してどれだけのことができるかはまったくもって不明。

だって俺は治療に関してはただのド素人だもの。何ができるって何もできないよ。


「ありがとうございます」

「んーん。俺も手ぇ回ってないし、不甲斐ない同輩に代わって謝るよ、ごめんな」

「いえ、先輩は尽くしてくださっていますから! 僕たちも頑張りますね」

「んん、上級生の埋め合わせに下級生使うなんて、酷いことしてるよなぁ。
 ごめんな数馬、でもお前がちゃんとやってることは、ちゃんと俺もわかってるよ」


あ、あーぁ、泣かせちゃった。俺が悪いのか? いや、違うよな、泣かせたのは俺でも元凶は違うよな。

べっちゃりと腹にはっついた頭を撫でてやった。腰の辺りに当たる肩が震えているのがよくわかる。

この分じゃあ、随分と無理してたんだろうな。

4年生以上はほとんど天女サマ大好きだから、3年生だからって頑張ったんだろうな。

後輩に心配かけまいって、頑張って普段どおりに振舞って、あるいは慰めてやって。

不安定な下級生を支えてやるのは上級生の義務なのに。数馬だってまだ支えられるべき幼い下級生なのに。


「泣け泣け、存分に泣くといいさ。お前の涙は誰も見ないよ」


最近じゃ藤内と一緒にいるとこ見かけないからな、寂しいよな、わかるよ、俺も寂しい。

6年も一緒だったのに、だーれも俺のことなんて気にしやしないんだ。

数馬は元々なんというか、影が薄いから、寂しいのは人一倍苦手だもんな。


「都竹先輩、もういいです、大丈夫です」

「そう? じゃあ、ここは見ておくから、顔だけ洗っておいで」

「じゃあ、お願いします」


酷いもんだ、脆いもんだ。ちょっと見目麗しい女が来たからって、積年の絆がこうも砕けるもんかな。

惨いもんだ、怖いもんだ。ひとりで泣いてる後輩を余所に、先輩どもは一体何をしているんだろうな。

がっかりだ。自分に厳しく他人に厳しくも優しい同輩たちを、同い年ながらひそかに尊敬してたのに。

あぁなんて不甲斐ないやつらだ。勝手に期待すんななんて言うなよ、期待なんて勝手にするもんだろ。


(明日以降も続くのか)


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