いろは唄 | ナノ
くのたま6年

>> 傲慢に笑むその横顔に焦がれてやまない


あの人はもう随分と来ない。

約束はしていないから、忍たまの子が顔を出すこともなくなった。

次に食べようと思っていたお菓子が増えていく。

後輩たちとお茶をするときに食べるのにちょうどいい。

最初は少し寂しかったけれど、これはこれで楽しいわね。


ある日、後輩の子に叱られてしまった。

曰く、あの人が私を悲しませている、と。


うーん、私ってばそんなに悲しんでいるように見えるのかしら。


「でも私、そんなに寂しくないのよ? あなたたちもいるし」

「そ、れは、嬉しいですけど……でも、」

「あの人は後輩を大事にしてるだけよ」


それっていいことじゃない?


くのたまの子たちには、意中の何某があの人に目移りしたって泣いている子もいる。

それに比べたら、後輩たちのお世話で忙しいなんて、かわいいものじゃない。

それに今、あの人が後輩たちを放ってこっちに来たら、私はきっとがっかりする。


泣いたり怒ったりと忙しい後輩を宥めて部屋に返す。

部屋の隅の文机には、つい昨日届いた手紙と、書きかけの返事。


家を継ぐはずだった兄が、流行り病に斃れたらしい。

父からの手紙には、帰ってきて婿を取るようにと書かれている。

思えば、ずいぶんな我儘を聞いてもらったと思う。

私は行儀見習いで、本当は上級生にはならず家に帰ることになっていた。


もう潮時だ。これ以上の我儘は言えない。


学園長に退学届を提出しに行った帰り、あの人が下級生に囲まれているのを見た。

私はあの人に、恋をしていた。


(さようなら)


前頁 / 次頁