いろは唄 | ナノ
くのたま6年

>> 醜く濁った感情は貴方の指先さえ染めあげる


ある朝のこと。行儀見習いだって課題はある。

課題を終えて、ぼんやりと空を眺めていたときのこと。


ふと近くで茂みががさりと揺れて、深緑の頭巾が覗いた。


それはこちらを見てはいなくて、どうやら何かを探しているようだった。

ちょっとした親切心を出して立ち上がると、少し離れたところに鈍く光る銀色が見えた。

見てみると、それはよく手入れのされた棒手裏剣だった。


「これ、あなたの?」


茂みの揺れがぴたりと止まり、おそるおそるといった様子で誰かが顔を出した。

拾ったものを差し出すと、男の子は嬉しそうに笑った。


「あ! それ! 探してたんだ、ありがとう。えぇっと、ごめん、怪我しなかった?」

「え、えぇ、大丈夫」


そしてその男の子は、垣根を見て眉根を寄せた。

忍たまはくのたま長屋には入ってはいけない。そういう決まりだ。

それに、あの子が知っているかは別として入るのは危険だ。

どんな罠が仕掛けられているか、くのたましか知らない。


「待って! 今持って行くから、入っちゃ駄目よ」

「うん、ありがとう!」


綺麗に手入れされた棒手裏剣を手渡すと、その男の子はまた笑った。

よく笑う男の子だと思った。


男の子は棒手裏剣を懐にしまうと、首を竦めて上目遣いでこちらを見上げた。


「本当に、怪我してない?」

「大丈夫よ。棒手裏剣はね、落ちてたの」

「そう。それならよかった」

「手裏剣の練習してたの?」

「うん、授業で失敗しちゃって」


男の子の後ろには、真ん中に十字手裏剣が、周囲に棒手裏剣の刺さった練習用の的。

……上手そうに見えるけど、あれでもまだ失敗なのかしら。


「君は、勉強してたのか? なぁ、くのたまってどんなことやるの?」

「今は座学ばっかりよ。毒とか、そういうの」


本当は体を動かしたりするのも好きだけど、くのいちが主に使うのは色と薬とか、そういうの。

行儀見習いの私は本格的な色の授業はきっと受けないけど。

でもそういう授業があることだけは、先輩から聞いて知っている。


「へぇ……そういう勉強もあるんだな」

「そっちはどんな勉強をしてるの?」

「んー、忍術は、最近五車の術を習ったよ」

「五車の術ならくのたまでも習ったわ」

「そうなの?」


同じことを忍たまも習っているのかと驚く。

男の子も同じように驚いているのが、少しおかしい。


「ねぇ、もしよかったら、他にも習ったことを教えてくれないかしら」

「君も教えてくれるなら、いいよ」

「もちろん、いいわ」


次のお休みの日にここで会うことを約束して、男の子は帰っていった。

肩より少し長い黒髪が揺れて遠ざかって、きれいだなって思った。


(握り返すの。きっとよ、きっと)


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